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2018年12月27日

終わりなき侵略者との闘い~国立環境研究所におけるヒアリ対策研究

特集 自然共生社会の実現をめざして いま私たちが取り組んでいること
【調査研究日誌】

五箇 公一

 昨年(2017年)夏以降、外来種ヒアリが日本に上陸したというニュースが相次ぎ、大きな騒動となりました。英語でFire antと書くこのアリは南米原産で、近年、アジア太平洋地域でその分布を広げており、世界的にも侵入が警戒されている種です。

 ヒアリは、大変増殖力が強く、地下トンネルで結ばれたかたちの巨大な巣をつくります。その大きさはひとつの巣で最大1haを越えるとされます。この巨大な巣から絶え間なく大量の働きアリ(ワーカー)が生産され、地表に存在するありとあらゆる餌を独占して、在来のアリ類や昆虫類を駆逐します。

 何より危険なのは、その攻撃性です。巣に近づくものには相手構わず大量のワーカーが襲いかかり、強力な毒針で刺してきます。人間も刺されると強烈な痛みが走り、刺された部位が腫れ上がり、痛みと痒みが長期間続きます。そしてこの毒に対してアレルギーがある人の場合、刺されて20分以内に蕁麻疹や動悸、呼吸困難といった全身症状が発症し、放置すれば最悪死に至る、いわゆるアナフィラキシー・ショックを引き起こすのです。

 ヒアリは1930年代以降北米に侵入して分布を拡大していましたが、2000年代に入ってから経済のグローバル化が進む中、急速にアジア・太平洋地域の国々にも飛び火的に侵入し、2005年までに、台湾および中国南部まで到達しました。この急速な分布拡大で、日本に上陸するのも時間の問題と予測されていました。

アリ塚の写真
写真1 フロリダでヒアリの巣(アリ塚)に手を突っ込み、無数の働きアリに襲われているところ
手の主は調査のガイドをしてくれたアメリカの昆虫学者(今で言うところの「インスタ映え」を狙ってご本人が志願された・・読者の皆さんは絶対に真似しないでください)。このあと、彼が振り払ったアリが、撮影していた筆者の腕に降ってきた・・

 実際に筆者も、この危険外来アリの生態を調べるべく、今から10年前にアメリカのフロリダに調査に行ったことがありました。現地ではあちこちにヒアリがアリ塚を作っていて、マイアミ・ビーチでもヒアリの働きアリが砂浜の上を歩き回っているのを観察して驚きました(写真1)。

 この調査中に筆者自身、20匹ほどのヒアリに腕を刺されるアクシデントに遭い、大変痛い思いをしたことがありました。幸い自分はアレルギー体質ではなかったことから、大事には至りませんでしたが、こんな痛いアリが日本中に蔓延ったら大変だと強く思ったことを今も覚えています。

 そして、2017年5月26日神戸市で中国からのタンカーで運ばれてきたコンテナの中からヒアリが集団で発見されたことで予測は現実となってしまいました。その後、ヒアリは、名古屋港、大阪港、東京港、横浜港、博多港と日本を代表する国際港全てから立て続けにコンテナによる持ち込みが確認され、さらには荷物と共に内陸部の倉庫にまで移送されていたケースも多数報告されました。

 環境省は緊急にアリ研究者や外来種研究者を招集し、ヒアリ対策のための有識者会合を設置して対策に乗り出しました。殺虫剤メーカー勤務の経験のある筆者も防除薬剤の専門家として本会合に参画し、ヒアリ発見時の殺虫処理方法をアドバイスしてきました。

 これらのヒアリはほとんどが中国広州市の港から運ばれてきたコンテナおよびその積荷から発見されていることから、どうやら中国が日本のヒアリの「震源地」であろうと予測し、侵入は元から絶つのが一番、ということで、中国から輸出される前のコンテナ内部にベイト剤と言われる殺虫成分を含む餌剤を設置する計画が有識者会合で提案されました。

 本計画の実行には、当然中国政府の協力が不可欠ということで、筆者ら研究者2名と環境省外来生物対策室、そして中国の日本大使館の面々で、中国に赴き、広州市で中国環境部(環境省)および中国ヒアリ対策研究所の方々と協議する機会を作りました。

 ところが驚いたことに(というよりも薄々予感していた通り)中国政府側は、「中国国内の港湾管理は徹底しており、アリは1匹もいない。中国から日本にヒアリがコンテナで移送されることなどあり得ない」として、日本側の要求には全く耳を貸してくれませんでした。それどころか日本国内で政府や学者がメディアを通じて「中国からヒアリが侵入した」という発表をしていることに対して非科学的であると厳しく批判されてしまいました。

 一見身勝手とも言えるこの中国側の主張も、グローバル化社会においては理にかなったものであり、何処の国も自国への外来生物の侵入に対しては目くじらを立てても、他国への外来生物の持ち出しには無関心・無責任なことに変わりはありません。外来生物対策の国際協調という大きな目標は長期的に目指すべきものとして、現時点で我々が喫緊に取り組むべき課題は自分たちの手でヒアリから自国を守るための具体な対策をたてることとなります。

 幸いにしてこれまで日本ではヒアリが営巣しているところは見つかっていません。しかし、ヒアリは地下に巣を作り、その動きは地表からはわかりにくく、巣の特徴である「アリ塚」も営巣初期には目立たないので、すでに国内で営巣を開始していたとしても、すぐには見つからないと考えられます。従って、現時点でヒアリは定着していないと断言することはできず、油断は禁物となります。

 もともとヒアリは南米の熱帯~亜熱帯原産の昆虫であり、日本の寒い冬を越すことはできないであろうという意見もありますが、今の日本は、都市化や宅地化が進む中、冬でも熱帯性の生物でも暖かく過ごせる空間が人為的に提供されるようになっており、ヒアリも日本中のどこで野生化するかわからないと考えなくてはなりません。

 国立環境研究所では昨年1年間の発見事例と経過を踏まえ、今後のヒアリ対策について検討を進めています。まず、海外から運ばれてきたコンテナ内部あるいはその外側にヒアリが随伴してきていないかを確認して、素早く処理することが水際で侵入を食い止めるために必要となります。次に港での水際対策の目を逃れて国内に運ばれたヒアリ集団が営巣に成功するという最悪の事態も想定して対策を準備しておく必要があります。我々はこれらの防除場面に応じた薬剤の選定および的確な処理方法について研究を進めています。

 またヒアリをいち早く発見するためのツールとしてLAMP法(Loop-mediated isothermal Amplification)というDNA技術を活用したヒアリ検出技術を新たに開発しました。LAMP法とは、特定の種のDNA断片を特異的に増幅して検出する技術で、我々はヒアリのDNAにだけ反応する試薬を開発して、ヒアリが1匹でも(足1本でも)存在したら検出できるというシステムをパッケージ化することに成功しました。

 このヒアリDNA検出技術を使用すれば、野外において捕獲されたアリが、ヒアリであるか否かを、数時間のうちに確認することが可能となります。国立環境研究所ではLAMP法に必要な器材や試薬をセットにした「ヒアリDNA検出キット」を作成し、この秋から全国に配置する準備を進めています(図1)。

ヒアリ検出試験方法図と結果写真
図1 LAMP法を用いたヒアリDNA検出プロセスおよび試験結果
写真左から1.蒸留水、2.在来アリのDNA抽出液、3、ヒアリのDNA抽出液、4.ヒアリ1個体と在来アリ9個体のDNA抽出液、をそれぞれ混入した際の試験結果。ヒアリのDNAが含まれる3,4のみが白濁することがわかる。

 グローバル化が進行する中、我が国へのヒアリ侵入リスクは今後もますます高まり続けます。国立環境研究所では、7月から「ヒアリ対策研究プロジェクト」を立ち上げ、専門の研究チームを編成して、ヒアリのモニタリング体制の強化、早期発見技術の高度化、防除手法・戦略の開発、および日本全国レベルおよびアジアレベルでの防除連携システム構築などヒアリ対策のための課題を網羅的に推進しています。

(ごか こういち、生物・生態系環境研究センター 生態リスク評価・対策研究室 室長)
 

執筆者プロフィール:

筆者の五箇公一の顔写真

富山出身。専門は保全生態学、農薬科学、そしてダニ学。主な著書に「クワガタムシが語る生物多様性(集英社)」、「終わりなき侵略者との闘い~増え続ける外来生物~(小学館)」など。テレビや新聞等マスコミを通じて生物多様性・生態リスクの啓蒙にもつとめる。趣味はCG作画。好きなダニのCGはいつも以上に力が入る・・・。