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2019年2月28日

化学物質が小児・将来世代に与える健康影響のメカニズム解明と評価手法の確立に向けて

特集 化学物質が小児・将来世代に与える健康影響の評価とメカニズムの解析
【研究プログラムの紹介:「安全確保研究プログラム」から】

小池 英子

環境要因の図
図1 子どもの健康にかかわる変化と環境要因

 近年の健康にみられる変化として、生活習慣病やがん、アレルギー疾患、精神・神経疾患等の増加が挙げられますが、子どもに関わる変化についてみても、早産や性比の変化、不妊などの妊娠・生殖関連に加えて、免疫・アレルギー疾患や代謝・内分泌系疾患、精神神経発達障害などが増加しています(図1)。病気の発症や進展は、「遺伝要因(対象者の遺伝的背景)」だけでなく、「環境要因」により大きな影響を受けます。これより健康の変化は、遺伝要因と環境要因の複合的な影響の結果と考えられますが、急に起きるものではない遺伝子の変化に対し、時代とともに急速に変化してきた環境要因の寄与は大きいといえます。特に胎児期~小児期の発達期における感受性は高く、この時期に曝露された環境要因によってその後の免疫系や神経系などに影響を及ぼす可能性が指摘されており(図1)、「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」でも注目されています。

 環境が健康に与える影響は複雑化しており、単純に評価することは難しく、この問題に対する各国の政策対応も十分とはいえないのが現状です。その中に、多種多様な化学物質の開発・使用に起因する蓄積性の高い物質の影響や内分泌かく乱物質などによる低用量曝露影響の問題があります。化学物質の健康影響を迅速に予測し対策につなげるためには、疫学的な知見に加えて実験的な検証による地道なデータの積み重ねが重要です。さらにそのデータを詳細に解析し、病態メカニズムの解明および有用な影響評価指標の抽出を行うことで、短期曝露実験から長期曝露影響の予測や実験動物または培養細胞を用いた実験からヒトへの外挿へと評価手法を発展させていく必要があります。

 今回紹介する「安全確保研究プログラム」のプロジェクト1では、化学物質の小児・将来世代に与える健康影響について、生体高次機能(免疫系、代謝・内分泌系、脳神経系等)や将来世代に影響が及ぶ多世代・継世代影響に関する実験的研究を展開することにより、「環境研究・環境技術開発の推進戦略について(平成27年8月中央環境審議会答申)」で重点課題となっている安全確保領域の「化学物質の生体高次機能や継世代影響へのリスク評価・管理」に資する知見を創出することを目標としています。本プロジェクトは、環境リスク・健康研究センターを中心に、環境計測研究センター、生物・生態系環境研究センターのメンバーで、(1)免疫・代謝疾患に与える影響とメカニズムの解明、(2)発達期の脳に与える影響評価手法の開発、(3)多世代・継世代影響とメカニズムの解析の3つの課題に取り組んでいます(図2)。次に、それぞれの研究概要を紹介します。

プロジェクト構成図(クリックで拡大表示)
図2 化学物質の小児・将来世代に与える健康影響評価研究プロジェクトの構成

サブテーマ1:化学物質曝露が免疫・代謝疾患に与える影響とメカニズムの解明

 ここでは、近年増加しているアレルギー疾患や生活習慣病に注目し、胎児期~小児期における化学物質の低用量曝露がこれらの疾患に与える影響の検出とメカニズムの解明をめざしています。病気の発症・進展には、生体システム(免疫系、代謝・内分泌系、脳神経系等)や臓器間・細胞間の相互作用が重要な役割を果たしていることから、化学物質がこれらをかく乱することにより病態を悪化させる可能性があります。そこで、本研究では、標的臓器や標的細胞に限定した従来の評価に留まらず、例えば、免疫疾患であるアレルギー動物モデルにおいて神経系の変化も解析するなど、生体システムの相互作用や化学物質の体内動態との関連性にも注目しています。現在、実環境中における化学物質の曝露量・曝露形態を考慮した影響について、小児期~成人期曝露あるいは胎児期~乳児期曝露による影響の検出とメカニズムの解明を進めています。本研究は、化学物質管理において新たな課題となっている「低用量曝露影響」を視野に入れたリスク評価に役立つことができると考えています。

サブテーマ2:化学物質曝露が発達期の脳に与える影響評価手法の開発

 ここでは、近年増加している精神神経発達障害に注目し、化学物質曝露が発達期の脳に与える影響評価手法の開発をめざしています。本研究では、化学物質が脳の発達に及ぼす影響を評価するため、「動物モデル」と「細胞・胚モデル」を用いた実験に取り組んでます。現在、動物実験では遺伝子改変技術等による動物モデルの作製および新規行動試験法の確立や体内動態とバイオマーカーの解析手法の確立に向けて検討を進めています。また、ES細胞(胚性幹細胞)等の培養細胞や鳥類胚を用いた脳神経系影響評価の代替法の確立に向けた検討も進めています。本研究のめざす化学物質曝露と「子どもの行動異常」との関係性および行動異常と体内動態との因果関係の提示や代替法の開発は、疫学調査に有用な情報を提供するとともに迅速なリスク評価に活用できると考えています。

サブテーマ3:化学物質曝露の多世代・継世代影響とメカニズムの解析

 ここでは、生殖細胞のゲノム機能解析法を構築し、化学物質曝露による多世代・継世代影響とそのメカニズムの解明をめざしています。多世代・継世代影響とは、化学物質に曝露された親世代から、直接曝露を受けていない子どもや孫、それ以降の世代に影響が及ぶことを意味しています。近年、化学物質によるこれらの影響が懸念されていますが、その実体とメカニズムはほとんど未解明というのが現状です。多世代・継世代影響の原因としては、生殖細胞のエピジェネティック変化とde novo突然変異の2つの機構が候補として挙げられます。エピジェネティック変化は、DNAのメチル化やヒストンの化学修飾など、DNAの塩基配列の変化によらない遺伝子発現や表現型の変化であり、生殖細胞のde novo突然変異は、一般的な突然変異とは異なり、次の世代以降に引き継がれる変異を意味しています。本研究では、この重要な2つの機構に着目した解析を行うことにより、生殖細胞を介する多世代・継世代影響のメカニズムの解明と評価法の構築を行います。現在、生殖細胞のゲノム解析法の確立や化学物質曝露でみられる肝腫瘍の増加に関連するエピジェネティック変化に注目した多世代影響経路の探索を進めています。本研究は、これまで解析できなかった多世代・継世代影響に関するリスク評価に活用できると考えています。

 最後に本プロジェクトから期待される成果をまとめますと、実環境における化学物質の曝露量・曝露形態を反映した生体高次機能への影響およびメカニズムの解明や、生体システムおよび体内動態を考慮した影響評価の提案、有害性を迅速かつ簡便に評価可能な代替法の構築、多世代・継世代影響のメカニズムの解明と評価法の構築が挙げられます。本研究により、疾患の予防やリスク低減、エコチル調査を念頭においた疫学調査に有用な知見を提供するとともに、化学物質の健康リスク評価に資する新たな影響評価体系を提案し、小児・将来世代の健康保全につながる化学物質管理に貢献したいと考えております。

(こいけ えいこ、環境リスク・健康研究センター 病態分子解析研究室 室長)

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