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2019年6月28日

森林生態系における放射性セシウム分布の将来予測

特集 河川流域における放射性セシウムの今後を予測する
【研究ノート】

仁科 一哉

研究の背景

 福島第一原発事故直後に環境中へ飛散した放射性物質のうち、陸域での沈着域はおよそ7割が森林生態系となっており、最も広く汚染された土地利用形態です。チェルノブイリ事故後の研究、および近年の福島原発事故後における観測から、河川や土壌侵食による放射性セシウム(Cs)の系外への移動は総量としては大きくなく、放射性Csの大部分が森林生態系内に留まることが明らかになってきました。また、特に木材生産を目的とした人工林が優占しているのも大きな特徴です。137Csの物理半減期は約30年となっており、また人工林管理が数十年の時間スケールで行う必要があることから、今後の生態系への放射性Cs影響や森林施業に伴う外部被ばくを考える上で、中長期の視点での放射性Cs動態の予測が必要とされています。ここでは、森林生態系に沈着した放射性Csの森林生態系内循環に着目し、その予測を行うためのツール、すなわち数理モデルに関する研究を紹介します。

森林生態系における放射性Cs循環

放射性Cs循環の模式図
図1 森林内での放射性Cs循環の模式図

 モデルの紹介に入る前に、放射性Csの森林内での動態について簡単に説明します(概略を図1に示しました)。福島原発事故によって大気に放出された放射性Csは、ガスや粒子状の形態で大気の流れによって飛散し、そのまま、あるいは降雨によって森林生態系に沈着しました。スギ・ヒノキ林などの常緑樹では、初期沈着の多くは森林の樹冠(すなわち葉)に放射性Csトラップされ、その残りが直接地面(林床)に沈着しました。一方で、落葉樹の森林では、事故当時の3月には展葉がされておらず、多くはそのまま林床に沈着しました。常緑樹林では、葉面に沈着した放射性Csは、時間の経過に伴い、降雨や落枝落葉に伴い林床へと移行します。また同時に、葉が放射性Csを取り込むという移行プロセスも知られており、この沈着時の林冠の状態の違いが、常緑樹と落葉樹の間で、葉やその他の部位の放射性Cs濃度の違いや、生態系内での初期循環プロセスに異なる特徴をもたらすことになります。林床の放射性Csは落枝落葉が分解、堆積したリター層と呼ばれる有機物堆積層と、母岩が風化あるいは火山灰の堆積による鉱物主体となった土壌層に分布します。放射性Csは有機物と結合したり、土壌(特に雲母などの粘土鉱物)とは強く吸着しますが、その一部は植物の根を介して樹木や草本内に取り込まれます。取り込まれた放射性Csは再度、林冠から林床へと落枝落葉などによって移行して、放射性Csが生態系内で再循環されます。このような循環が進むことによって放射性Csは、時間の経過に伴い、初期の沈着直後の放射性Csの分布から変化していきます。ここで明示した移行プロセスの他、森林生態系では、認識されているだけでも50を超える放射性Csの移行プロセスが存在すると考えており、数理モデルでは個々のプロセスを関数化して、森林生態系でおきる放射性Cs動態を再現することを目指しています。

森林生態系放射性Cs動態モデル“FoRothCs”の開発

 筆者らはFoRothCsと名付けた放射性Cs森林動態モデルを開発しました。このモデルでは上記で紹介したプロセスを考慮して、森林内の放射性Csを予想するために作成されたものです。この新しいモデルの特徴は、バイオマス生産や炭素収支についても計算した上で、放射性Cs動態を予測できることです(図2)。沈着域には木材生産を目的とした人工林が広く分布しているため、森林経営にとって重要な、立木密度、幹の太さや樹高を用いて使える材積の見積もりが必要になりますが、FoRothCsではこうした変数も計算できるモデルとなっています。これによって、森林の樹木成長に伴う、放射性Cs循環の再分配をより正確に再現することが可能になりました。

FoRothCsによる放射性Csの将来予測のグラフ
図2 FoRothCsによる放射性Csの将来予測のシミュレーション例。左から各生態系要素の地上部バイオマス、放射性Cs蓄積量、放射性Cs濃度を示す。
(上)森林施業を行わないケース、(下)事故10年後に極端な強度間伐を入れたケースを示している。間伐を入れたケースでは、間伐で持ち出しされたバイオマスに応じた放射性Cs蓄積量の減少に加え、リター画分の放射性Cs濃度の上昇が見られる。

 人工林にはバイオマス生産だけでなく、炭素吸収源としての役割や水源かん養機能などの森林の公益的機能を最適な状態に維持することも期待されています。しかしながら、健全な人工林の公益的機能の維持には、枝打ちや間伐などの森林施業を計画的に行う必要もあります。例えば、間伐などの施業が適切に行われない人工林では林分が過密になり、光、水や栄養などを競合して、肥大成長が抑制されて、立木がやせ細った林分が形成するようになります。このような状況では樹木の立ち枯れが起きやすくなります(モデルでは、図2(上)の森林施業を行わないケースで15年後から見られるような、バイオマスが頭打ちでガタガタになっているような状態)。このような林分では下層植生も少なく、土砂の流出が多くなることが知られています。しかし、福島原発事故後は、もともと不十分であった森林施業が以前にもまして十分に行われていない現状があります。また、森林施業を行うことによる長期的な放射性Cs動態の変化についても、まだ十分に調査されているわけではありません。こうした日本の人工林の特徴に適した予想が必要となるため、間伐等の人為要因を定量的に評価できるような新しいモデルを開発する必要がありました。

観測とモデルの融合による予測精度改善の試み

 事故から8年が経過し、森林生態系における137Cs濃度や蓄積量の時系列データが様々な研究者や行政によって蓄積されてきました。その一方で、各森林要素間の移行プロセスについては、そもそも測定自体が困難であるプロセスが多いため、森林生態系の中での放射性Cs循環の全容を掴むことは容易ではありません。移行プロセス速度やその駆動要因がわからなければ、それはそのままモデル予測の不確実性に直結します。例えば、根を介した樹木の放射性Cs吸収速度は直接定量することが困難です。

 近年、データ同化や逆推定などを使って観測データの情報をモデルに活かす研究が盛んにされています。モデルの出力を観測に合わせるように、パラメータを調整して、モデルの不確実性を制限する方法です。ここには2つのメリットがあり、ひとつは予測精度の改善、2つ目は調整後のパラメータを見ることで、観測では得づらいパラメータを推定することができることです。

 我々は近似ベイズ計算という手法を使って、観測データに計算結果を近づけさせることによってFoRothCsモデルの137Cs移行プロセスに関連するパラメータを推定し、また予測精度(再現精度)の改善を試みました。その結果、予測精度の向上とともに、実測では把握することが困難な、樹木根からの137Cs吸収速度のパラメータや葉面吸収の割合や、落葉時の引き戻しなどの放射性Cs移行プロセスのパラメータを間接的に推定することに成功しました(図3)。なお観測データについては、林野庁および森林総合研究所の調査によって得られた、福島県内の異なる4つのスギ林分で得られた時系列データを使用しています。4つの個々のサイトで推定されたパラメータは、多くのサイトで同じような範囲で推定される傾向があるものの、地域差がありました。これらの違いを説明する要因については、今後より詳細な研究で明らかにしていく必要があります。

FoRothCsの予測精度の改善例のグラフ
図3 近似ベイズ計算を使ったFoRothCsの予測精度の改善例。
調整前では枝や幹の放射性Cs濃度の時系列変化は大きく実測とずれていたが、調整後にはうまく再現されている。

今後の展望と取組みについて

 モデルの開発、観測を利用したモデルの改善を通して、森林生態系—特に人工林—の最適管理に向けた取り組みを進めているところです。またFoRothCsモデルを利用して、除染を含めた初期の管理方法についても検討しています。これらの知見は、未だ見ぬ今後の事故への対応や、林業従事者の判断の材料になることが期待されます。モデルの改良には、メカニズムの解明も重要であり、引き続き様々な野外観測の推進が必要とされています。

 現在、モデル開発をしているフランスなど欧州のグループ、日本の研究グループとともに、複数のモデル相互比較を行うプロジェクトを開始したところです。依然として将来予測に対する不確実性は大きく、例えばFoRothCsモデルでは事故数年後の濃度増加の後、数十年先にかけて、材木の濃度が低下傾向にありますが、そのような傾向がモデル間で一致するかは不明です。複数モデルによる将来予測により、より頑健な将来予測が可能になることを期待しています。

(にしな かずや、地域環境研究センター 土壌環境研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール:

先日、マレーシアで現地調査を行っていたおり、車のラジオからNew Radicalsの曲が流れてきました。20年前に一枚だけAlbumを出して解散した、俗に言う一発屋です。音楽性が好みとかそういう理由ではないのですが、何故かたまに聴きたくなる不思議なアーティストです。かろうじて未成年のときにアルバムを購入しました。そう、気がつけば不惑という年齢に近づいてきました。が、その境地には程遠いというのが正直なところです。ただ若い頃に考えていたよりも、世の中の動きはとても早く、不惑というのが現代においての最適解なのか?というのは疑問に思います。少なくともNew Radicalsの曲に共感できるくらいには、まだ精神は子供のようです。Don't let go!

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