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2019年8月26日

「気候変動」と「大気汚染」の問題を同時解決!!

特集 世界を対象とした低炭素社会実現に向けたロードマップ開発手法とその実証的研究
【研究ノート】

花岡 達也

はじめに

 気候変動は、集中豪雨、干ばつ、熱波、強い台風などの異常気象が世界各地で観測され、地球規模で影響が現れている問題です。一方で、大気汚染は、健康に影響を与えるだけでなく、生態系や建造物などにも被害を及ぼし、地域規模で影響が現れる問題です。世界気象機関(WMO)の報告によると、2015年の地球全体の平均気温は産業革命前と比べてすでに約1℃上昇していると報告され、さらに、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第五次評価報告書によると、気候変動の原因となる温室効果ガスの排出削減対策を取らなければ「産業革命前と比べて2100年には地球全体の平均気温が2.6℃~4.8℃ほど高くなる」と報告しています。また、世界保健機関(WHO)によると、経済発展が著しい発展途上国における大気汚染が特にひどく、2016年に大気汚染を原因とする病気で亡くなった15歳未満の子供の数が世界で60万人を超えたと報告しています。すなわち、世界中の人々が現在の先進国の大量消費・大量生産型の生活スタイルを追従して消費水準をあげていくと、気候変動も大気汚染も悪化の一途をたどることになります。気候変動と大気汚染の問題を同時に解決できれば、地球規模でも地域規模でも、より良い環境を維持することができます。はたして、これらを同時に解決することはできるのでしょうか?我々の研究チームは、この課題の解決に向けて、現状および長期的な経済変動、人口動態、技術変遷、社会システムなどを考慮して、様々な対策とそれらの効果を分析する研究を進めています。

気候変動対策と大気汚染対策の組み合わせ方が鍵

 では、どのような対策が有効なのでしょうか?それを理解するためには、まず、気候変動と大気汚染の原因物質とそれらの発生源、および環境影響への特徴を把握する必要があります。気候変動に影響を及ぼす温室効果ガスには、二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、亜酸化窒素(N2O)、フロン類(CFCs,HCFCs,HFCs,PFCs,SF6,NF3)などがあります。また、大気汚染物質も、健康や生態系などへの影響だけでなく、気候変動にも影響を与えています。大気汚染物質は、ブラックカーボン(BC)、対流圏オゾン(O3)など温室効果を持つものと、硫黄酸化物(SOx)、窒素酸化物(NOx)などが粒子状物質(PM)となり冷却効果を持つものに分類されます。これらの中でも、大気中での寿命(大気中に残存する年数)が数日から十数年と比較的短く、かつ温室効果を持つ物質であるBC、対流圏O3、CH4およびHFCsは「短寿命気候汚染物質(SLCPs: Short-Lived Climate Pollutants)」と呼ばれています。SLCPは大気寿命が短いため、削減対策による温暖化抑制効果も短期間に表れるだけでなく、大気汚染物質でもあるSLCPを 削減すれば、大気汚染による健康や生態系などへの影響に対しても効果的です。一方で、CO2,PFCs,SF6,NF3などの温室効果ガスは数百年と大気中に留まるため長寿命温室効果ガスと呼ばれ、一度大気中に放出してしまうと長い間温暖化に寄与するため、短期的だけでなく長期的にも削減対策が必要とされます。

 ガスの種類によって主な発生源が異なりますが、特にCO2、大気汚染物質(SOx,NOx,PMなど)、SLCPであるBCに注目すると、それらの発生源は共通して化石燃料燃焼に由来する排出量の割合が大きいことが知られています。そのため、化石燃料消費に対する対策を取れば、気候変動対策にも大気汚染対策にもなる、といった共便益が得られる場合があります。しかし、対策の組み合わせ次第で、ある対策による削減効果を別の対策によって相殺してしまう場合もあります。例えば、世界で近年普及し始めている電気自動車を考えてみます。ガソリンやディーゼル(軽油)を消費する自動車・二輪車から電気自動車・二輪車に乗り換えた場合、CO2,NOx,BC,PMなどの直接的排出が削減され、沿道大気汚染は大幅に軽減される効果が得られます。しかし、アジア途上国の場合、発電部門において石炭火力発電の割合が大きいため、電気自動車・二輪車の利用増加に伴う電気消費量による間接的排出量(つまり、石炭火力発電所からのCO2,SO2,BC,PMなどの排出量)が増えてしまいます。よって、地域全体でみたときに、電気自動車・二輪車の普及による直接的排出の削減効果が、電気消費による間接的排出の増加効果によって相殺されます。特にSO2の場合、ガソリン・ディーゼルに由来するSO2排出量よりも石炭火力発電に由来するSO2排出量の方が大きいため、電気自動車・二輪車が普及しながら石炭火力発電の利用を継続すると、SO2排出量は増加します。一方で、電気自動車・二輪車の普及と同時に、発電部門における再生可能エネルギーの普及を組み合わせると、CO2,SO2,NOx,BC,PMなどを同時に大幅に削減することができます。他にも、大気汚染物質の排出源において特定の大気汚染物質を集中的に回収・除去する脱硫装置、脱硝装置、集塵装置など設置する対策を組み合わせることもできます。このように、ガスの種類別に主な発生源やその発生量が異なり、また対策の種類によってガス種別の削減効果が異なるため、発生源の特徴に応じた適切な対策の組み合わせが重要になります。

「気候変動」と「大気汚染」を同時解決する将来シナリオは?

 では、国際的に気候変動や大気汚染などの将来シナリオに対して、どのような議論が進んでいるのでしょうか?2015年の国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)では「産業革命前と比べた地球全体の平均気温上昇を2℃未満に抑える」目標(2℃目標)が、国連気候変動枠組条約に加盟する国々によって合意されました。「2℃目標」を実現するには、世界各国が協力して技術の高効率化・省エネ化を推進していく必要がありますが、化石燃料から再生可能エネルギーへ転換も重要です。再生可能エネルギーへの転換は、化石燃料の燃焼によって排出されるSO2,NOxなどの大気汚染物質を減らし、健康や生態系などへの影響は軽減します。しかし、SO2,NOxなどの大気汚染物質には地域的な冷却効果があるため、同時に温暖化をある程度促進してしまう可能性もあります。したがって、「気候変動と大気汚染の同時解決」を検討する際には、大気汚染物質による気候変動への影響と健康や生態系などへの影響を総合的に考慮する必要があります。特に、大気寿命が短く温室効果のあるSLCPsを早期に大幅削減することは、温暖化の抑制にも大気汚染の軽減にも効果的だと考えられています。そのため、「2℃目標シナリオの達成に向けた気候変動対策と健康影響や環境影響の軽減対策を同時に実現し、さらに2℃目標の実現性を高めるための早期のSLCPs削減」を実現するような将来シナリオを国際的に議論していくことが重要になります。

 そこで、世界多地域多部門の技術積み上げ選択モデル(AIM/Enduseモデル)を用いて、そのような将来シナリオを「探索」しました。国別・部門別・ガス種別に排出増減の傾向が異なり、またガス種別に大幅削減にむけた有効な対策の組み合わせが異なるため、様々な対策の組み合わせを分析し、最終的に表1に示すような9つのシナリオについて、相乗効果・相殺効果の傾向を解析しました。その結果、世界全体およびアジア全体でみたとき、CO2排出経路は類似していても、対策技術の組み合わせ次第で、大気汚染物質(SO2,NOx,PM,オーガニックカーボン[OC],一酸化炭素[CO],非メタン揮発性有機化合物[NMVOC])およびSLCP(特にBC)の排出経路は大きく異なることが分かりました。特に、SLCPsの早期の削減シナリオとして、BCやCH4の排出源に対する「直接的な削減対策」と、NOx,CO,NMVOCの排出源に対して対策を取ることで対流圏O3生成を抑制する「間接的な削減対策」に注目すると、1)発電部門における電源構成、2)発電・産業部門におけるCO2回収貯留、3)家庭・業務・運輸部門における電化率の促進、4)発電・産業・運輸部門における除去装置導入の促進、に関する将来シナリオの設定が、結果に大きな影響を与えることが分かりました。表1に基づいて対策の導入強度および組み合わせを考慮して試算したアジアにおける主要なガス種の排出経路の違いを図1に示します。その結果、1)BCを大幅削減しつつ、健康影響を考慮してSO2も十分に削減し、2)対流圏O3の抑制のために前駆物質であるNOx,CO,NMVOCを削減し、また大気中CH4増加の抑制のためにNOxとCOを同時に削減し、かつ3)SO2,NOx,NMVOC削減による地域的な冷却効果の低減(=温暖化影響の増加)による相殺効果、を考慮すると、「2℃目標と実現する対策を取りつつ、特に再生可能エネルギー強化、民生・運輸での電化促進、汚染除去対策は強化継続を進める(2D-EoPmid-RESBLDTRT)」シナリオが、総合的に気候変動と大気汚染を同時解決するシナリオとして有効ではないかと考えられます。

 この研究で開発したモデルの結果の解釈を簡略化させて、タブレット上でも挙動する簡易評価ツールAIM/SLCP(Scenario Lookup by Coalition for Protecting environment tool)を開発しました。このツールによって、政策決定者を含めた一般ユーザーが独自に将来シナリオを検討し、ガス種別の排出量、削減量だけでなく、環境影響や健康影響を簡易に評価できるようになります。http://www-iam.nies.go.jp/aim/data_tools/S12/にて公開しています。主要な対策の組み合わせ方によって、どのガス種が、どのように増減するのかを把握することができますので、独自に将来シナリオを検討してみてください。

シナリオの概要をまとめた表(クリックで拡大表示)
表1 複数の将来シナリオの概要
将来シナリオの検討結果の例(クリックで拡大表示)
図1 複数の将来シナリオの検討:アジアのSLCP,大気汚染物質の排出経路の例

(はなおか たつや、社会環境システム研究センター 統合環境経済研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール

筆者の花岡達也の写真

幼稚園生の娘が私の似顔絵を描いて持ってきた。絵のタイトルを見ると「おひげのなかのおひげのとっと」と書いてある(とっと=お父さん)。よく見ると顎のあたりに、点がたくさん書きなぐってあった。うん、髭が濃いのも悪くないなと思った瞬間です。

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