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2020年6月30日

化学物質放出事故における排出シナリオの類型化

特集 災害に伴う環境・健康のリスク管理戦略に関する研究
【研究ノート】

小山 陽介

1.背景

 火災や爆発、流出など、有害物質の放出を伴う事故が、例年多数報告されています。消防庁が公表している消防白書においても危険物施設における事故件数は1994年(287件)から増加傾向にあり、2000年以降は年間500件を超える高い水準で推移しています。このように多くの事故が発生する中で、事故時に放出された化学物質について、周囲の一般環境における環境リスクの観点から現象を詳細に解析した事例は限られています。近年多発する自然災害等を含む緊急時の迅速な対応を考えた場合、健康・環境への影響を把握するため、放出された化学物質が曝露に至るまでに環境中でどのような挙動を示すのか(排出シナリオ)を想定しておく必要があります。そのためには様々な種類の事故を類型化し、その後に起こり得る事象を想定し、一般化しておくことが重要と考えています。

 本研究では、近年発生した事故の中から化学物質が放出された可能性のある事例を選定し、当該事業者へのアンケートやヒアリング調査により、物質の放出や事故対応に係る各種情報を収集し、その特性を解析しました。また、これらの解析結果に基づき、排出シナリオの一般化を試みています。

2.近年の事故に関するアンケート調査

 工場等において発生した事故事例について、化学物質関連の事故の類型化の基礎とする情報集約を目的として、環境中への化学物質の排出や事故時及び事故後の対応に関するアンケート調査を実施しました。調査実施にあたり、特定非営利活動法人災害情報センターが収集している「災害情報データベース」に集載された事例から、近年発生した化学物質の放出の可能性のある事故事例(100件)を選定しました。これらの事故当事者に対し、事故発生時の事業所における取扱物質やそれらの環境中への排出状況等に関してアンケート調査(表1)を行い、さらに一部の事業者に対して、追加的なヒアリング調査を実施しました。

 アンケートの回答が得られた事例(29件/100件)は、化学工業(7件)に関する事故が最も多く、続く石油製品・石炭製品製造業(4件)、廃棄物処理業(4件)及び輸送用機械器具製造業(4件)で全体の約7割(19件/29件)を占めていました。回答があった事故の種類としては、火災(爆発を含む)が27件と大半を占めており、火災以外の2件は、いずれも工場敷地内での化学物質の漏洩でした。

 一般環境への化学物質の排出有無については、把握できていないとの回答(「不明」又は無回答)が3割程度(10件)で、「不明」の場合を除くと半数弱(7件/19件)が「環境中への排出あり」との回答でした。しかし、排出物質を詳細に把握できていたケースは少なく、推定等に基づく何らかの回答は得られても、「取扱物質」としては、化学分析等の分野での「化学物質」としては通常扱われない物質(例えば「~樹脂」、「シンナー」など)が多く見られました。排出継続時間については、爆発等による瞬間的な排出であった場合以外の多くは、火災の発生から鎮火までの時間が回答されており、数時間程度という回答が多くを占めていました。

 事業所で取り扱っている化学物質と異なる物質が生成した可能性(事故に伴い燃焼や意図せぬ化学反応によるもの)については、「不明」である場合を除くと3分の1(7件/21件)が「その可能性がある」との回答でした。事故後に何らかの形で環境中の濃度測定を行ったケースは、29件中7件(24%)であり、環境中濃度の推定(シミュレーション等)を行ったという回答はありませんでした。アンケート調査の結果から、全体として一般環境における環境調査等の対応事例は少ないことが明らかになりました。ヒアリング調査においても、当事者としては「発災時には緊急の対応に追われ、環境調査を行う余力は無かった」との意見が聞かれました。

アンケート調査票における質問事項(概要)の表
 

3.事故時の調査対象物質の把握手法

 今回のアンケート調査結果で、事故時及び事故直後に排出される化学物質の情報については十分に把握できていない事例が数多く存在することが明らかになりました。したがって、環境中での化学物質の状況を推定する手法を構築することは重要な課題といえます。現状、発災時に適用可能な排出物質の推定に係る基礎情報の収集方法及びそれらの長所・短所を表2に整理しました。

 情報把握の方法としては、今回実施したようなアンケートやヒアリングによる当事者への確認のほか、関連する平時の排出量・取扱量等のデータを利用することが考えられます。事故の当事者への確認(表2の①)については、精度が高い情報を把握できる可能性があるものの、事故の発生直後には当事者が対応不可な場合や、確認に相当程度時間を要する可能性もあり、緊急対応の面では必ずしも現実的ではないかもしれません。PRTR届出データ(表2の②)は、利用が容易で、環境リスクが比較的高い物質及び事業者の両面について大枠はカバーできていると考えられます。しかし、今回の調査では、環境中への排出があったと回答した事業者のうち、半数程度はPRTR届出事業者ではなく、PRTR届出事業者においても、回答物質とPRTR届出物質が合致する(あるいは関連性が予測できる)事例はほとんどなく、事故時の放出物質との関連性は必ずしも高くありませんでした。

 比較したいずれの方法も短所があり、単独の方法で事故発生時に必要となる情報を迅速に把握することは容易ではありません。これらの情報を適宜、参照・収集しつつ排出された可能性のある物質に対して、環境調査を実施していくことが現時点では最善の方法と考えられ、事故時に関連情報を迅速に入手することが可能になるよう情報収集と整備を進めていくことが重要となります。

事故に伴う化学物質の排出に関する基礎情報の収集方法の表
注:例えば、化管法PRTRに係るパイロット事業における調査結果3)
(http://www.env.go.jp/chemi/prtr/archive/keii/H13/h13ref4.pdf)や、(独)製品評価技術基盤機構による取扱量調査。





4.排出シナリオの一般化の検討

一般環境への放出後の排出シナリオ及びアクションの整理(緑:把握、橙:低減)の図 
図1 一般環境への放出後の排出シナリオ及びアクションの整理(緑:把握、橙:低減)

 事故に伴う事業所等からの化学物質の排出による一般環境のリスクを考えるためには、化学物質の排出後、曝露に至るまでの環境中の物質挙動を整理しておくことが有用と考えられます。起こりうる様々なケースを網羅することを念頭に、環境中の物質挙動と想定される対応(ここではアクションとする)を整理しました(図1)。

 また、排出時には、起こり得る状況に応じて様々なアクションが想定されます。ここでは、これらのアクションを「把握」と「低減」の2つに大別し、さらに、それぞれのアクションについて、「媒体」に対して行うものと「媒体間移動」に対して行うものに別けて整理しています。媒体に対する把握アクションとしては、「目視(煙、農作物被害等)」、「大気モニタリング」、「モデル計算」などがあり、低減アクションとしては、「除染作業」などが挙げられます。媒体間移動に関する把握アクションとしては、「異臭(味の異常)の感知」や「曝露量測定」、低減アクションとしては、「消火活動」、「オイルマット設置」、「マスク着用」、「屋内退避」、「給水停止」などが挙げられます。

 低減アクションの中には、例えば、消火活動のように大気への移動量を軽減する一方で、河川等への移動量を増加させ、あるいは別の物質の排出を伴う可能性を持ったアクションも存在します。このような点も含めて、環境中での現象を整理するとともに、時間経過やアクションによる現象の変化を整理しておくことが重要になります。また、曝露に至るまでの排出シナリオは、排出形態や事業所の立地状況により異なり、アクションも排出形態や対象物質により変わってくることにも注意が必要です。しかしながら、このように排出後に起こり得るシナリオと、把握と低減に関するアクションを網羅的に整理することで、過去事例において実施された(されなかった)措置やその理由を検討することが可能となります。対応に人を割けない、測定の義務が無い、物資が無いなど様々な理由が考えられますが、事故の規模や状況に応じた環境測定等の対応主体を整理しておくことで、今後の発災時における適切な対応に繋げることができると考えています。

(こやま ようすけ、環境リスク・健康研究センター リスク管理戦略研究室 研究員)

執筆者プロフィール:

筆者の小山 陽介の写真

事業者の方々に実際に会って話を聞いてみると、事故に備えた様々な企業努力をされていることを実感します。事故時の環境リスクの評価は難しい問題ですが、適切なリスク管理の在り方を考えつつ、研究を進めてまいります。

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