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2021年10月29日

大気観測はCOVID-19 感染拡大による二酸化炭素排出減少を捉えられるか?

特集 温室効果ガスや大気汚染物質の排出実態を迅速に把握する
【研究ノート】

遠嶋 康徳

温室効果ガスの大気観測が目指すもの

 米国の故チャールズ・キーリング博士が大気中の二酸化炭素(CO2)濃度の精密測定をハワイ・マウナロア島と南極点で開始し、その増加傾向を世界で初めて明らかにしてから60年以上の月日が経過しました。彼の発見は温室効果ガスの増加による地球温暖化に警鐘を鳴らすことになったのですが、その懸念は今や現実のものになろうとしています。温室効果ガスの精密観測はその後世界各地で実施され、地上での観測だけでなく船舶や航空機、さらに近年では人工衛星を用いることで、地球をくまなく観測する体制が整ってきました。一方、2015年末に採択されたパリ協定では、全球平均気温上昇幅を産業革命前と比べて2℃未満(可能な限り1.5℃未満)とするために、今世紀後半までに人為的な温室効果ガスの排出量を実質的にゼロにすることが合意されました。これにより各国は温室効果ガス排出量の削減が義務付けられたわけですが、各国が約束した排出削減量を検証するための科学的な知見をもたらすことも大気観測に期待されるようになってきました。つまり、単に大気中の濃度増加をモニターするだけでなく、国別・地域別に排出量の削減量を検証することも大気観測のミッションとして求められているのです。

COVID-19の影響を捉えることはできるのか?

 ところが我々人類は地球温暖化とは別の問題に直面することになりました。2019年12月に中国武漢で最初に確認された新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は瞬く間に中国全土、さらには世界中に拡大し、パンデミックの恐ろしさを思い知ることになったのです。各国は大規模な都市封鎖やワクチン接種等の対策を進めていますが、完全な感染終息にはまだ時間が必要な状況です。ところで、各国はCOVID-19の拡大阻止のために都市封鎖や社会・経済活動の一時的な制限を課すことで対応しましたが、こうした対策は化石燃料起源CO2の排出量を減少させたと推定されました。そして研究者の間では、果たして大気観測はこうしたCO2排出量の減少をきちんと捉えることができたのか、ということが大きな問題となったのです。

 しかし、考えてみるとこれはなかなか難しい問題です。例えば、マウナロアでのCO2の観測結果からCOVID-19の影響を検出することができるかどうか考えてみましょう。現在、化石燃料の燃焼によって排出するCO2の量は世界全体で年間約370億トンですが、今回のCOVID-19の影響によっておよそ7%程度減少したと推定されています。仮に10%減少したとしてこれを大気中の濃度に換算すると約0.5ppmの減少に相当します。つまり、マウナロアで観測されるCO2濃度が予想よりも0.5ppm低いことを示すことはできるか、という問題になります。しかし、大気中のCO2濃度は化石燃料の燃焼からの排出だけでなく、海洋や陸上生態系の吸収・放出量のバランスで決まります。こうした自然の吸収・放出量は大きな季節変動に加えて年々変動もしているため、0.5ppmの違いを検出するのは至難の業です。COVID-19の影響がある場合とない場合で予想された大気中CO2濃度と実際の観測結果を比較した図が英国気象庁のホームページに掲載されていますので、そちらをご覧いただくと、このことがよく分かると思います。(https://www.metoffice.gov.uk/research/news/2021/record-co2-levels-despite-lower-emissions-in-2020)

「お前の解析で検出できるんじゃない?」

 日本でもCOVID-19の足音が次第に近づいてきたころ、私は春の学会発表のため波照間島(北緯24度、東経124度)でのCO2とメタン(CH4)の観測結果を解析していました。図1を使ってその概略を説明しましょう。冬の間、波照間島は東アジアモンスーンの影響により主に大陸から空気塊(エアマス)が輸送されてきます。この時大陸から放出されるCO2やCH4も一緒に輸送されてくるのですが、波照間島で観測されるCO2やCH4の濃度は非常に似たような時間変化をすることが分かっています。例えば、図1の中で示したようにピーク状の高まりが観測されるのですが、それぞれのピークの高さの比(もしくは変動比(ΔCO2/ΔCH4))は、風上、つまり中国の排出源における放出量の比率と等しい関係にあると考えることができます。したがって、変動比の時間変化を調べることで、中国のCO2とCH4の放出量の関係がどのように変化したかを推定できる可能性があるのです。実際には数時間から数日の周期で生じる濃度変動の変動比は、かなり大きく変動するのですが、例えば冬季に観測された変動比の平均値を調べることで、中国が著しい経済発展を遂げた2000年代に化石燃料起源CO2の排出量が急増することでΔCO2/ΔCH4変動比が著しく増加したことが分かってきました。

本研究での解析手法の基本概念図
図1 本研究での解析手法の基本概念。冬季、波照間島は中国大陸の風下に位置し、東アジアモンスーンの影響で大陸から空気が輸送される。その際、観測されるCO2とCH4の変動比は大陸でのそれぞれの放出量の比を反映すると考えられる。

 2020年2月26日、共同研究者の一人である海洋開発研究機構のプラビール・パトラ氏から突然メールが届きました。「ヤスノリさん中国の化石燃料起源CO2の放出量が2月に25%減少したって言っている人がいるみたいだけど、お前の解析で検出できるんじゃない?」なるほどと思い、早速波照間の最新のデータを入手し(その時は2月26日までのデータでした)、CO2とCH4の変動比を解析してみました。図2に1998年から2020年までの観測に基づく1~3月の変動比の月平均値を示したのでご覧ください。変動比は2000年代に明瞭な増加傾向を示した後2011年以降はほぼ一定の値を示しています。図2には同時に中国における化石燃料消費量もプロットされていますが、変動比の変化傾向と似ていることが分かります。ここまではこれまでの解析で既に分かっていることでした。そして、2020年の2月にΔCO2/ΔCH4変動比が過去10年間には見られなかった減少を示していたのです。

 それからは、最初の緊急事態宣言が出されている中、パトラ氏とマンツーマンでデータ解析を進めました。解析を進めている中、COVID-19によって世界の化石燃料起源CO2排出量がどれだけ減少したかを社会・経済指標を用いて推定した論文がイースト・アングリア大のレ・クエレ教授らによって発表されました。そこで、その論文の補足資料として掲載されていた各国の経済活動がどれだけ制限されたかを示す指標を用いて、中国における化石燃料起源CO2の排出量の推移を推定し、波照間で観測されたΔCO2/ΔCH4変動比の時間変化(30日間の移動平均値)と比較しました。レ・クエレ教授の研究に基づき推定されたCO2排出量は1月から2月にかけて急減するのですが、驚くことに波照間で観測された変動比の減少パターンとよく似ていることが分かったのです(図3)。

波照間島で観測された大気中CO2とCH4濃度の変動比の月平均値の時間変化の図
図2  波照間島で観測された大気中CO2とCH4濃度の変動比の月平均値の時間変化。青、赤、橙色のシンボルおよび縦棒はそれぞれ1、2、3月の平均値および標準偏差を表す。また、灰色曲線は変動比のトレンドを、付随する明灰色陰影部はトレンド曲線からの変動範囲(95%区間)を表す。黒実線は中国における化石燃料消費量についての推定値を表す。変動比のトレンドは化石燃料消費量の増加傾向とよく一致している。さらに、2020年2月の変動比はそれまでの観測に見られた変動範囲を超えて減少したことが分かる。(Tohjima et al. (2020) の図を改変)
 2019年12月から2020年4月までのΔCO2/ΔCH4変動比の変化(24時間移動平均)の図
図3  2019年12月から2020年4月までのΔCO2/ΔCH4変動比の変化(24時間移動平均)。比較のため、Le Quéré et al.(2020) の研究に基づいて推定された中国における化石燃料起源CO2放出量の変化も同時にプロットした。(Tohjima et al.(2020) の図を改変)

モデル計算を用いたCO2放出量変化の推定

 研究結果をより説得力のあるものにするため、観測された変動比の減少量を中国の化石燃料起源CO2排出量の変化に何とか結び付けることはできないか、ということが最後の問題となりました。そこで、物質循環モデリング・解析研究室の丹羽さんにNICAM-TMという最新の大気輸送モデルを用いて波照間でのCO2とCH4を再現してもらい、観測結果との比較を行いました。計算では中国のCO2排出量を何通りか変化させることで、中国のCO2放出量とΔCO2/ΔCH4変動比の関係を調べ、両者の関係と観測された変動比の減少量から中国の排出量の変化を推定することができました。その結果、少々荒っぽい推定ではありますが、2月に約30%、3月に約20%の減少と推定されたのです。そして、最終的には10月に論文として発表することができました。

 その後、中国の放出量の推定としては、GOSAT・OCOといったCO2観測衛星が取得するデータを用いた解析等が報告されています。推定精度はまだ十分とは言えませんが、今後こうした手法はさらに洗練されて、国別・地域別の温室効果ガス排出量の削減効果を検証できるように手法の開発が進むものと期待されます。

出典:
Tohjima et al. (2020)
https://doi.org/10.1038/s41598-020-75763-6
Le Quéré et al. (2020)
https://doi.org/10.1038/s41558-020-0797-x

(とおじま やすのり、地球システム領域動態化学研究室 室長)

執筆者プロフィール:

筆者の遠嶋康徳の写真

小学生の頃に映画館で見た「ゴジラ対ヘドラ」や、中学生の頃に雑誌で読んだフロンガスによるオゾン層破壊の記事で環境問題に興味を持ち、大学ではフロンガスの観測や氷床コア試料に閉じ込められた過去の空気の分析を行っていました(あまり成果を上げることはできませんでしたが・・・)。

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