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カドミウムはいかにして毒性を発現するか

経常研究の紹介

青木 康展

 “昨日と今日のあなたは全くあかの他人ですよ”と突然言われたら、“変なことを言うな”と思うのが普通の感覚であろう。しかし、生物学的に言えば人の体は、一瞬間一瞬間、目まぐるしく変化しているのである。なぜなら、生体のすべての構成成分は、絶え間なく合成され、分解されているからである。この合成と分解の平衡の上に人体の生体恒常性が成り立っている。重金属、合成化学物質などの生体異物は、この生体恒常性を崩してしまうからこそ毒なのであると考えられる。では、生体異物は体の中のどこをいたずらして生体恒常性を崩しているのであろうか。

 経常研究「カドミウムの肝毒性発現に係わるタンパク質の構造と機能に関する研究」(昭和62年度〜平成元年度)においては、強い肝細胞毒性を持つことが知られている重金属であるカドミウム(Cd)が毒性を発現する際に作用する点を明らかにしようとした。このCdの作用点の第1の候補として、Cdに対して親和性の高いタンパク質(Cd結合タンパク質、Cd-BP)が考えられた。まず、このCd-BPをウェスタンブロッティング法を用いて検出する手法を開発した。この方法の原理は図のとおりである。肝臓中の数百のタンパク質を電気泳動法を用いて、ポリアクリルアミドで調製した親水性のゲル中で分離した後、ニトロセルロース膜に転写する。このニトロセルロース膜をCdの放射性同位元素を含む緩衝液中に浸すとCd-BPのみに放射性Cdが結合する。ニトロセルロース膜とX線フィルムを重ねてオートラジオグラムを取れば、放射性Cdの結合したCd-BPを黒化したバンドとして検出することができるのである。この方法を用いてラット肝臓中に3種類のCd-BPを見い出した。

 次に、これらのCd-BPがどのようなタンパク質であるかを同定しなければならない。そのために、最もCdと親和性が高いと考えられるCd-BPを精製した。と一口に言うのは簡単だが、前述のように肝臓中には数百のタンパク質が存在するのである。精製には一年を要した。精製したCd-BPのアミノ酸配列を決定し、タンパク質の構造のデータベースと照合したところ、このCd-BPはアンモニアの解毒に関与する酵素であるオルニチンカルバモイルトランスフェラーゼ(OCTase)であることが分かった。確かに、OCTase1分子には1個のCdが結合可能であり、Cd存在下ではこの酵素は活性を失った。短絡的には、Cdの毒性発現の原因の一つは、アンモニアの代謝、解毒過程の阻害であると言える。では、肝臓中でCdによりアンモニアの解毒の障害は本当に引き起こされているのであろうか。残念ながらその充分な証拠はまだ得られていない。

 本研究の成果は、4報の原著論文として報告した。第1報目のCd-BPの検出法は昭和61年に発表した。この方法は思わぬ副産物を生んだ。それは、重金属結合タンパク質としてよく知られる、メタロチオネインの検出法として、そろそろ認知され始めたことである。かれこれ4年たってしまった。これから推し計れば、この研究全体の評価は大げさに言えば歴史の評価を待つしかないのかもしれない。ともあれ、きちんと論文にできるように仕事をしておくことが重要であると、しみじみと感じているところである。

 実験屋にとって、成果として後に残るものは論文しかない。このことをよく分かってほしいものである。科学の概念とは個々の事実の積み上げでしかない。もし、我々の論文が環境科学の“概念”の進歩に少しでも役立つことができたら、望外の幸せである。

(あおき やすのぶ、環境健康部病態機構研究室)

図 カドミウム結合タンパク質の検出法の概略