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2003年9月30日

ダイオキシン類の体内負荷量および生体影響評価に関する研究(ダイオキシン類対策高度化研究)
平成12〜14年度

国立環境研究所特別研究報告 SR-50-2003

1.はじめに

表紙
SR-50-2003 [1.7MB]

 ダイオキシン類のヒトの健康への影響、ことに感受性が高いと考えられる胎児、新生児への影響が懸念されている。ヒトがダイオキシン類にどの程度曝露されており、またそれによってどの程度影響が起きているかについてはほとんど分かっていない。特に胎児、新生児への影響については、それを評価する適切なバイオマーカーがないことが大きな原因である。ヒト(特に妊婦、胎児、新生児)でどの程度のダイオキシンの体内負荷量があるのか、その場合、どの程度の反応が起きているのか、どの程度の生体影響のリスクがあるのかを明らかにする必要性がある。本研究では1)ダイオキシン類の曝露量、体内負荷量を評価し、2)生体影響指標(バイオマーカー)の検索・開発を行い、3)体内負荷量との関係を検討し、その中で感受性の決定要因を明らかにする。これらにより、ダイオキシン類の生体影響、特に胎児、新生児への影響にかかわるリスク評価のための基礎資料を提供することを目的とした。(本研究におけるヒト試料の採取に際しては、医学倫理委員会の承認及び提供者のインフォームドコンセントを得て行った。)

2.研究の概要

(1)ダイオキシン類の曝露量、体内負荷量の評価に関する研究

 胎児期の曝露を知る目的で、羊水、胎脂中のダイオキシン類濃度を測定した。湿重量あたり平均濃度はそれぞれ、0.016 pg TEQ/wet-g、2.39 pg TEQ/wet-gであった(図1、2)。脂質あたりに換算すると、それぞれ成人の血清、脂肪と同等のレベルであり、胎児はダイオキシン曝露を受けていることが明らかとなった。また、羊水、胎脂の異性体組成は、成人の脂肪組織のそれと異なり、体内に蓄積するダイオキシン類と、体外に排泄されるダイオキシン類の組成が異なることが示されたことは興味深い。
 新生児の曝露を評価する目的で母乳中のダイオキシン類濃度の測定と、母乳中濃度に与える食事の影響を日本の3つの地域で調べた。3地域の母乳中のダイオキシン類濃度は、平均で7.2~13.1 pg I-TEQ/g-fatでこれまで報告されている日本人の母乳中レベルの範囲内であった。食事との関係では、魚摂取の多いところが必ずしもダイオキシン類濃度が高いわけではなかった。しかし、3つの地域をあわせて解析すると、魚類と肉類の摂取が多いことが母乳中のダイオキシン、Co-PCB濃度に寄与している傾向が示された(図3、4)。

図1 羊水中ダイオキシン類の湿重量あたりの濃度
平均値をバーで示す(0.016 pg TEQ/wet-g)。n=16
図2 胎脂中ダイオキシン類の湿重量あたりの濃度
平均値をバーで示す(2.39 pg TEQ/wet-g)。n=18
図3 3つの地域のデータをあわせた魚摂取と肉摂取の多少の組み合わせと母乳中Co-PCB濃度との関係
魚・肉共に摂取の多いグループが、共に少ないグループに対して有意に濃度が高かった ( *p < 0.05)n=18
図4 3つの地域のデータをあわせた魚摂取と肉摂取の多少の組み合わせと母乳中ダイオキシン濃度との関係
魚・肉共に摂取の多いグループが、共に少ないグループに対して有意に濃度が高かった ( *p < 0.05)

(2)生体影響指標の適用可能性の検討および新規指標の検索・開発に関する研究

 ダイオキシン類の曝露が生体にどのような反応を引き起こしているかを知る目的で、ダイオキシン曝露の鋭敏な生体影響指標と考えられている薬物代謝酵素CYP1A1、CYP1B1の発現をヒト血液サンプルで調べた。まず、リアルタイムPCRによりCYP1A1、CYP1B1の発現を高感度に検出する系を確立した。この方法を用いて、埼玉と大阪の住民の血液サンプルについて、CYP1A1、CYP1B1の発現を測定し、血中ダイオキシン類濃度との関連を検討した。血中ダイオキシン類濃度は、埼玉、大阪でそれぞれ平均25.1、27.8 pg I-TEQ/g-fatで、両地域で差はなかった。CYP1A1の発現と血中ダイオキシン濃度との間に正の相関はみられず、埼玉では弱い負の相関が認められた(図5、6)。このことは、今回測定された血中ダイオキシン濃度は、CYP1A1発現に影響を与えるレベルではないと考えられた。血液中のCYP1A1の発現は、バックグラウンドレベルの曝露の生体影響指標とはなりにくいようである。
 CYP1A1はダイオキシンにより誘導されるもっとも鋭敏な酵素であるが、血液中のリンパ細胞においては発現はCYP1B1より低い。一方、母乳は血液に比べてダイオキシン類濃度も高く、母乳に含まれる細胞においてはCYP1A1の発現はCYP1B1よりも高い。CYP1A1はCYP1B1よりもダイオキシンに対する反応性が高いため、母乳細胞は血球系の細胞よりも曝露影響を調べる上で有利な試料かもしれない。そこで、母乳細胞からのCYP1A1、CYP1B1発現の解析法を確立した。今後、母乳細胞の生体影響指標の試料としての可能性について検討を行う予定である。
 新たな生体影響指標を探る一環として、新規のダイオキシン応答遺伝子の探索をエストロゲン応答遺伝子の中から、マイクロアレイを用いて行った。TCDD曝露により、MCF-7細胞(ヒト乳がん細胞由来)で74遺伝子、RL95-2細胞(ヒト子宮内膜がん由来)で67遺伝子の発現が変化した。この中から実際の細胞でのTCDDへの応答性をリアルタイムPCRで確認し、31の遺伝子の発現変化を見いだした(図7)。エストロゲン応答遺伝子をスポットしたマイクロアレイを用いることにより、効率よく新規のダイオキシン応答遺伝子を同定することができた。これらの遺伝子にはさまざまな機能のものが含まれ、いくつかのものについては胎児組織でTCDDへの応答性を確認している。これらの結果は、新規指標の開発、生体に及ぼすダイオキシンの影響、その作用機序の解明に役立つものと期待される。

図5 埼玉全体における血中ダイオキシン濃度とCYP1A1発現との関係
図6 大阪全体における血中ダイオキシン濃度とCYP1A1発現との関係
図7 エストロゲン応答遺伝子発現変化に及ぼすTCDD濃度および細胞種の影響。
a)MCF-7細胞におけるTCDD濃度と発現変化した遺伝子数。
b)RL95-2細胞におけるTCDD濃度と発現変化した遺伝子数。
c)発現変化した遺伝子数の細胞による違い。

(3)ダイオキシン類に対する感受性の決定要因に関する研究

 ダイオキシン類の毒性に対しては、動物種や系統によって感受性差が存在することが知られている。感受性要因を明らかにすることは、リスク評価にとって重要である。このような観点から感受性を規定する要因として、CYP1A1の多型およびAhレセプターのリガンド結合部位に注目して分子レベルでの検討を行った。すなわち、ヒト血液サンプルからのCYP1A1遺伝子多型の検出法を確立した。
 また、細胞は、細胞周期のどの位置にあるかでTCDDに対する感受性が異なることが示唆された。すなわち、細胞分画の存在比に関する実験結果から、BeWo細胞(胎盤絨毛がん細胞由来)はG1/S期の移行の時にTCDDの影響を受けやすいことが示された。

3. 今後の検討課題

 ダイオキシン類の曝露量については、羊水、胎脂、母乳、血液中の濃度の測定を通して、胎児、乳児、一般住民の曝露の実態を概ね把握することが出来た。一方、生体影響指標については、もっとも鋭敏とされるCYP1A1の発現を血液サンプルについて測定したが、今回対象とした住民の曝露レベルでは、影響指標としての利用は困難であった。血液中ではCYP1A1の発現は低いことから、他の生体試料の利用可能性、新たな生体影響指標の探索・適用可能性の両面からの検討が必要である。感受性に関する研究については、ヒトのサンプルについて、感受性にかかわる遺伝子の多型にどのような種類のものがあり、それがどのような頻度で存在するかをまず把握する必要がある。さらにこれらの検討をふまえ、感受性の高い胎児期、乳児期のリスクを評価するための評価手法の開発に関する研究が必要とされる。

〔担当者連絡先〕
独立行政法人国立環境研究所
内分泌かく乱化学物質及びダイオキシン類 のリスク評価と管理プロジェクト
健康影響研究チーム 米元純三
Tel. 029-850-2553, Fax. 029-850-2570

用語解説

  • 生体影響指標(バイオマーカー)
      ある物質への曝露によって引き起こされる生体側の反応を鋭敏に示す指標。ダイオキシン類への曝露によって誘導される薬物代謝酵素P450 1A1は、ダイオキシン類に対する鋭敏な生体影響指標とされている。
  • TEQ(毒性等価量)
      ダイオキシン類は、塩素の数と入る位置により多くの異性体、同族体が存在する。それらの存在量や毒性を個別に表すのは大変煩雑なので、アリルハイドロカーボン(Ah)レセプターという受容体を介して、その作用をおよぼすという共通の作用メカニズムをもつ化合物については、一番毒性の強い 2,3,7,8-四塩化ジベンゾ p-ダイオキシン(TCDD)を1として、それに対する相対的な毒性の強さ、「毒性等価係数(TEF)」が定められている。現在のところ、ダイオキシン7種類、ジベンゾフラン10種類、コプラナーPCB12種類にTEFが付与されている。環境中のダイオキシン類は単独の物質として存在していることはまれで、多くの場合、混合物として存在している。混合物としてのダイオキシン類の量は、個々の化合物のTEFに存在量をかけたものの和、毒性等価量(TEQ)として表される。1998年、WHOは1994年のinternational TEFを改訂した。過去との比較のために、1994年のTEFを用いて計算されたTEQはI-TEQと表し、区別している。
  • CYP1A1、CYP1B1
      薬物代謝酵素シトクロムP450類に属する薬物代謝酵素。CYP1A1、CYP1B1は、ダイオキシン類により誘導されることが知られている。
  • リアルタイムPCR
      PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)によって増幅される特異的PCR鎖の量を蛍光プローブによってリアルタイムに検知し、そのPCR反応曲線の初期変化をプロットしてサンプル中のmRNA量を測定する方法。
  • マイクロアレイ
      スライドグラスなどの上に多数の相補DNAもしくは、オリゴヌクレオチドを高密度にスポットしたもの。遺伝子発現の動向を網羅的に観察することが出来る。
  • 多型(遺伝子多型)
      遺伝子は、DNAと呼ばれる4種類の異なる塩基の配列からなっているが、個人間で異なる塩基を持っている現象及びその部位のことを多型と呼んでいる。
  • Ahレセプター
      Arylhydrocarbon (Ah)レセプター、アリル炭化水素レセプターの略で、ダイオキシン類の生体影響の多くは、このレセプターと結合することにより引き起こされる。
  • リガンド
      レセプターと呼ばれる機能タンパク質に特異的に結合する物質。レセプターが鍵穴でリガンドが鍵の関係。両者が結合すると、両者の関係に特異的な信号が発生し生理反応が引き起こされる。
  • 細胞周期
      細胞は、ゲノムDNAの複製によって遺伝情報を倍加させ、細胞分裂により2つの娘細胞に均等に分配することによって、一定の遺伝情報を維持しつつ増殖を続ける。そのサイクルのことを細胞周期といい、通常、G1期、S期、G2期、M期に区切られる。

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