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2003年9月30日

海域の油汚染に対する環境修復のためのバイオレメディエーション技術と生態系影響評価手法の開発
平成11〜14年度

国立環境研究所特別研究報告 SR-53-2003

1.はじめに

表紙
SR-53-2003 [3.6MB]

 1997年に日本海でナホトカ号による重油流出事故が発生して以来、その後も内外において、規模の大小にかかわらず断続的に海洋流出油事故が発生している。流出油で汚染された海岸を浄化するために、汲み取りや掘削のような物理的手法や薬剤を用いる化学的手法が適用されてきた。これらに加えて、近年、汚染現場に生息する石油を分解する微生物を活用した原位置での環境修復法、いわゆるバイオレメディエーション法の適用が検討されてきている。石油の微生物分解にとって一般的な油汚染海域では窒素・リン等の栄養塩が不足している。海洋流出油のバイオレメディエーションの場合、これら栄養塩を外部から付与する手法が主にとられててきている。しかし、我が国での汚染現場における本手法の実施例は僅少で、学術・公的機関により公正に評価された事例はほとんど皆無であった。
 以上のような状況に鑑み、本研究では、我が国の沿岸部における小規模流出油バイオレメディエーションの現場試験を通じて、その有効性と影響評価について調査・実験を行った。

2.研究の概要

 本研究では、海岸に漂着した石油などの除去技術としてバイオレメディエーション法に着目し、その有効性と安全性を評価する手法の開発を実施してきた。石油バイオレメディエーションの有効性に関しては、実験室内での石油とその分解菌だけからなる単純な閉鎖系における検討において、窒素・リン等の栄養塩添加による分解促進効果が確認されている。しかし、実際に漂着油で汚染された現場は事情が大きく異なり、開放形であって、石油分解微生物以外の多種多様な生物が生息する。実海域にこの手法を適用するためには、その有効性と影響評価について検討する必要があり、適用に先立ち、現場での小規模実証実験が必要であると考えられる。そのために、兵庫県の日本海沿岸部と種子島の太平洋沿岸部に実証実験場を設置し、流出油バイオレメディエーション技術の現場における有効性と安全性につき、その評価技術の開発を目標に研究を遂行した。栄養塩添加による石油分解の促進効果(有効性)について2-1節に、微生物や小型甲殻類への影響(安全性)について2-2、および2-3節に、さらに底生生物への影響を2-4節にまとめた。

2-1. 日本海および太平洋沿岸部における石油バイオレメディエーション現場実証試験

 石油で汚染された砂や小石に栄養塩供給のため肥料を混合して海岸に数ヶ月に渡り埋設し、定期的にその一部分を採取して石油の分解過程を成分別に調査した。日本海沿岸部(兵庫県香住町)、および、太平洋海岸(種子島東岸部)で小規模実証実験を行ったが、石油試料と肥料は共通のものを使用した。まず石油試料については、我が国が中東より大量に輸入しているアラビアンライト原油を予め海水と共に強制撹拌することによりムース化し、試験現場の海砂と混合したものを使用した。栄養塩供給のため用いた肥料は、実験現場において、ある程度の期間に渡って栄養塩供給能を持続させるために、市販されている汎用の農業用緩効(徐放)性合成窒素肥料を使用した。この石油海砂混合物と肥料を、海水交換が可能でかつ、外部への石油の漏出を抑制するために、微細孔の網袋に充填し、実験現場に設置した。設置に当たり、日本海沿岸部では、海水交換をよくするために側面に多数の小孔を開けた円筒型のアクリル容器を採用し、その内部に石油試料を入れ、アクリル容器をプラスチック製の網籠に固定し、現場海岸部の磯場で波浪が緩衝されている浅場に設置した。種子島東岸部では、日本海沿岸部で用いたようなアクリル容器を設置するのに適した波浪が緩衝された場所が無かったので、箱型のステンレス製網籠を採用し、その内部に上記の石油試料を入れ、隙間を現場海岸の小石、礫、海砂で埋め合わせた後に、汀線に沿って浜に埋設した。埋設場所は、海水による浸潤を確保するため、平常潮位時に一日二回冠水と干出を繰り返すような位置に調節した。設置したアクリル容器、ステンレス製網籠それぞれから、試験期間(3~4ヶ月)中2~3週間毎に石油試料を取り出し、研究所に輸送し、石油成分の減少、栄養塩濃度、海砂付着細菌数等の経時変化を調べた。

 兵庫県の日本海沿岸及び種子島東岸部における実証実験で、以下の事柄が明らかになった
・アルカン類、ナフタレン類、フルオレン類、ジベンゾチオフェン類、フェナンスレン類といった石油に含まれる半揮発性化合物については、肥料非添加区でも有意な分解が見られたが、石油全体の除去量に関しては、肥料非添加区と比較して肥料添加区では大幅に増加していた(図1)。
・添加肥料量の増加に伴って、上記のような石油中の半揮発性化合物の分解速度も上昇した。
・硝酸、アンモニア、尿素といった異なる窒素形態を有する肥料の添加効果を比較したところ、無機態窒素(硝酸、アンモニア)よりは有機態窒素(尿素・架橋型尿素)の方が高い石油分解促進効果を有することが示された(図1)。
肥料添加により、石油の分解と汚染担体である海砂からの剥離が共に有意に促進された。
石油除去の収支を試算したところ、実質上の微生物による分解の寄与率が肥料添加区で約2割であり、剥離に伴う物理的除去が4~6割程度と考えられた(図2)。

 種子島における実証実験では、さらに次のことが明らかになった
・干満差の小さい日本海沿岸部より潮汐の大きい太平洋沿岸部の方が、石油の分解活性が高く、特にアルカン類に対して顕著であった(図3)。

図1 日本海沿岸部(兵庫県香住町)での現場試験における異なった窒素形態の肥料添加による石油除去促進効果
図2 石油被汚染担体(海砂・礫)からの石油の剥離・分解量の収支
図3 太平洋沿岸部(種子島東海岸部)現場試験における原油中に含まれるアルカン分解に対する肥料添加の効果

2-2. 石油分解に伴う微生物群集構造の変化と炭化水素分解遺伝子の挙動

 海洋流出油のバイオレメディエーションにおいて行われる肥料添加が土着の微生物群集に及ぼす影響を調べるため、兵庫県の日本海沿岸で行った現場実証試験で得られた試料につき、まずPCR-DGGE法を用いて土着細菌の群集構造の変化を調査した。次いで、これを16S rDNA塩基配列決定法(クローンライブラリー法)にて、具体的にどのような細菌が優占化、または減少したかを同定した。また、幾つかの炭化水素化合物の分解に関わる酵素遺伝子について、上記の現場実証試験で得た試料を用いて、それらの経時変化を解析した。検出には、定量的な測定も可能なリアルタイムPCR法を用い、各酵素遺伝子の定量化を試みた。
 その結果、以下のことが明らかとなった。
石油の分解の活性化には微生物群集の多様性の低下(すなわち、特定菌の優占化)を伴った。
土着の微生物群集構造は栄養塩の付与により大きく変化し、多様性は低下したが、時間が経つにつれ復帰し、結果的には栄養塩添加区と非添加区とでは、微生物群集組成は相似したものとなった(図4)。
幾つかの代表的な炭化水素化合物酸化酵素の遺伝子量は、栄養塩付与により大幅に増加した。

図4 各調査点での細菌相の多様性変化
DGGEパターン中のバンド数およびその相対的輝度より各調査点細菌相の多様性指数を算出した。各シンボルは、それぞれ ●肥料添加点、▲肥料非添加を表す

2-3. 石油バイオレメディエーション実施時の生物影響

 実海域でのバイオレメディエーション実証試験の安全性を評価するために、本研究では培養や飼育が容易である試験海域に生息していた小型甲殻類や、毒性試験としてよく使用されている植物プランクトンを使用した生物影響評価試験を実施した。小型甲殻類としては、当研究所において室内での繁殖法が確立している海洋性小型甲殻類ヨコエビの1種であるフサゲモクズ(Hyale barbicornis)と、植物プランクトンとしては、我が国の周辺海域に広く分布し、かつ代表的な優占種である珪藻(Skeletonema costatum)を用いた。その結果、日本海沿岸部と太平洋沿岸部で実施した石油分解現場試験で得られた海水試料を、上記の試験生物に供試したところ、石油の微生物分解促進のために添加した肥料の添加による悪影響は見られなかった(図5)。

図5 日本海沿岸部における石油バイオレメディエーション現場試験用アクリル容器内海水を用いたヨコエビの生残性試験

2-4. 底質を含む簡易モデル生態系(マイクロコズム)による油分解と生態系影響評価

 流出油の干潟生態系への影響評価手法の開発を目的として、浅海域に生息する典型的な底生生物であるゴカイと二枚貝のアサリを用いて簡易疑似生態系を作成し、実験室内での干潟模擬飼育装置により、石油による生物や干潟の浄化能力に及ぼす影響について評価を行った。その結果、底生生物に対する重油の影響は、毒性よりも生息空間の物理的閉塞の寄与が大きいこと、また、ゴカイが存在する系では、存在しない系と比較して、系内の細菌数と重油成分の分解活性が高いことが判り、底生生物による石油浄化能への間接的な寄与が示された。

 以上、本研究で、石油による汚染現場に肥料を添加すると石油分解が促進されることが確かめられた。同時に、本研究を行った2つの現場では、肥料を添加しない試験区でも、ある程度の石油分解が進んだことから、天然の分解能力が高いことも明らかになった。一方、肥料の添加による微生物や甲殻類への影響は小さかった。これらから、バイオレメディエーションが石油汚染現場の修復技術として有効であることが確かめられた。

3. 今後の検討課題

(1) 本報告における現場試験は、我が国の比較的温暖な海域における事例が主たるものであったが、北海道沿岸域の寒冷海域など、異なる海域環境における石油分解活性について検討する必要がある。
(2) 石油分解活性化を高めると、土着の微生物群集構造が大きく変化するという結果を得たが、、このことが異なった海域においても共通した現象であることを確認し、優占化する石油分解菌について比較・検討する必要がある。
(3) 本報告では、ヨコエビ、珪藻による影響評価を行ったが、他の多様な水産資源生物を利用した生物影響評価についても検討すべきである。
(4) 現状では、海洋環境における石油汚染に関しては、具体的な達成すべき濃度基準が設定されていない。そのため、バイオレメディエーション実施時において、例えば石油の毒性の軽減や生物生息地の回復等を指標とした浄化の目標設定の検討が必要である。

〔担当者連絡先〕
独立行政法人国立環境研究所
東アジアの流域圏における生態系機能のモデル化と持続可能
な環境管理プロジェクトグループ海域環境管理研究チーム
木幡邦男(e-mail kohata@nies.go.jp 電話 029-850-2438)
牧 秀明(e-mail hidemaki@nies.go.jp 電話 029-850-2394)
〒305-8506 つくば市小野川16-2 fax 029-850-2576

用語解説

  • バイオレメディエーション(Bioremediation)
     生物による環境修復法。ここでは、汚染物質分解微生物による汚染現場の原位置浄化法のことを指す。バイオレメディエーションには、汚染現場に栄養塩、酸素などを外部から供給し、現場に生息している微生物の分解活性を高めるバイオスティミュレーション(Biostimulation)と外部で分解能力に優れた分解菌を単離したものを大量調製し、これを汚染現場に供給するバイオオーグメンテーション(Bioaugmentation)とがある。
  • ムース
     水面に浮いている原油が、波や風の作用で水分を含んだ泡状の状態となり膨潤したもの。
  • PCR-DGGE:
    PCR
     Polymerase Chain Reactionの略。耐熱性のDNAを合成する酵素(DNAポリメラーゼ)を利用し、昇降温のプログラムが可能な専用の装置で、DNAの特定部分のみを増幅させる反応。
  • DGGE
     Denaturing gradient gel electrophoresisの略。二本鎖DNAを一本鎖に変成させる作用を有する尿素の濃度勾配を作成したアクリルアミド樹脂製のゲルを用いて、DNA断片の電気泳動を行うことにより、普通の電気泳動では分離不可能な同じ長さを有するDNA断片を、その塩基組成・配列により分離することが出来る。本研究では、同じ長さを有するDNA部分を、環境中の混合微生物試料から上記のPCRにより増幅し、DGGEにより分析することにより、その混合微生物相の多様性を調べることに応用した。
  • 16S rDNA
     細菌の細胞内でタンパク質合成を司る小器官であるリボゾームを構成する小亜粒子(16S)内に含まれるRNA部分をコードするDNA部分のこと。このDNA部分は、どの細菌でも同じ長さとある程度相似した塩基配列を有するが、それを解析することにより、細菌の同定を行うことが出来る。
  • クローンライブラリー法
     環境中の土着細菌を単離・培養することなく、16S rDNAの塩基配列を解析することにより同定する手法。