ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方
2006年12月28日

生物多様性の減少機構の解明と保全プロジェクト(終了報告)
平成13〜17年度

国立環境研究所特別研究報告 SR-72-2006

1 研究の背景と目的

表紙
SR-72-2006 [5.0MB]

 地球上の自然は人間活動の影響をさまざまな形で受けている。これまでにないスピードで生物の種が絶滅しつつあるなど,生物多様性の危機の緊急性は1992年にリオデジャネイロで開かれた地球サミットで指摘され,生物多様性を保全し、生物資源を持続的に利用するために生物多様性条約が締結された。生物多様性を守るには,その変化のメカニズムを理解することが必要となる。このような背景のもと,本研究プロジェクトでは,生物多様性の減少をもたらす多くの原因のなかで,生息地の破壊・分断化と侵入生物・遺伝子組換え生物に着目し,生物多様性減少の防止策並びに適切な生態系管理方策を講じるための科学的知見を得ることを目的とした。

2 報告書の要旨

 本プロジェクトの内容は多岐にわたるが,生息地推定モデルと分子遺伝学的な解析が研究手法の大きな柱である。以下に本プロジェクトの主な成果をまとめた。

課題1 地理的スケールにおける生物多様性の動態と保全に関する研究

 生物多様性の現況を推定するため,植生,標高,気温等の周辺環境の情報から野生生物種の生息確率を示すモデルを構築し,そのモデルを広い地域に適用し評価した。特にトンボ,鳥類,淡水魚などを対象に,生息地推定モデルを作製した。鳥類については,自然環境基礎調査「鳥類生息分布調査」の関東地区データを利用し,3次メッシュベースのモデルを開発した。詳細な分布データが得られているのはごく一部のメッシュだが,そのデータにもとづいて作製したモデルを使い,広域にわたる生息状況を推定した(図1)。全国レベルで生物の生息確率モデルを構築すれば,不完全なセンサスデータをもとにして,生息地の現状の面的な記載が可能になり,生物多様性モニタリングに役立つ。また,こうしたモデルは土地利用形態の変化などの環境改変が生物多様性へ与える影響の予測や,自然再生や保全施策がどの程度,生息確率の改善をもたらすかの評価に活用できる。

図1
図1.関東甲信越で繁殖する鳥類の種数分布推定図

課題2 流域ランドスケープにおける生物多様性の維持機構に関する研究

 ため池とその周辺環境は,人の手により管理されることで,多様な動植物が生活する豊かな二次的自然として維持されてきた。しかし,農業形態の変化や都市化などに伴い,人の関わりが減少していることなどにより,そこで生活してきた多くの動植物が絶滅の危機に瀕している。ため池を象徴する生物であるトンボ群の多様性を支配している要因を解析したところ,トンボの種類は,餌場・ねぐら・避難場所などとなる森林が池から数百メートル以内にどれだけ残っているかに強く影響されていた。また,池内の環境を反映する水生植物の量も重要な要因だった。

 ダム建設による河川の分断は生物の移動,特に河川遡上の障害となり,淡水生物の多様性を低下させている。北海道全域を対象に,ダムによる河川分断のサクラマスへの影響を,生息適地モデルを用いて解析した。北海道においてどの流域がいつからダムによって海と分断されていたかを把握し,サクラマスの分布との関係を調べたところ,ダムによって分断された年数が古くなるほど,その上流域でのサクラマスの生息確率は低下していた。特に,分断後30年以上が経過した水系では目立って生息確率が低下した。これは古い時代に建設されたダムの多くに魚道がない,あるいは魚道の機能が低いのに対し,近年のダムにはサクラマスに対して比較的有効な魚道が設置されていることを反映している可能性がある。

図2
図2.ダムによるサクラマスの生息確率低下の分布図。色の濃い地域ほど生息確率が大きく低下している。

課題3 侵入生物の生物多様性影響機構に関する研究

 ヨーロッパ産のセイヨウオオマルハナバチは,我が国でも1991年よりハウストマトの授粉用に輸入が始まり,大量に輸入・販売されている。輸入されたセイヨウオオマルハナバチの雄と,日本在来のエゾオオマルハナバチ,オオマルハナバチおよびクロマルハナバチ女王との交尾実験を行ったところ,いずれの組み合わせにおいても交尾が成立した。交尾後に産卵された卵はふ化せず,雑種卵は胚発育できないことが示された。すなわち,種間交雑のリスクは低いが,セイヨウオオマルハナバチ雄が在来マルハナバチと交雑することにより,健全な卵の産出を阻害して,実質的に在来マルハナバチ女王の増殖能力を奪い取る可能性がある。野外で採集した在来種マルハナバチの女王蜂の体内に蓄えられている精子の遺伝子型を調べたところ,一部の個体で,セイヨウオオマルハナバチの遺伝子型と一致する精子が発され,実際に在来種と外来種が交尾していることが確認できた。これらの研究成果はセイヨウオオマルハナバチの外来生物法特定外来生物指定(2006年2月)における科学的根拠として活用された。

図3
図3.在来オオマルハナバチ女王の,受精嚢内精子DNA分析の結果。丸の大きさは各地点でのサンプル個体数,黄色がセイヨウオオマルハナバチの精子が見つかった個体の比率を表す。

課題4 遺伝子組換え生物の生態系影響評価手法に関する研究

 関東地方で遺伝子組み換え(GM)セイヨウアブラナの分布調査を行った。2004年度の調査では,遺伝子操作で導入された除草剤耐性遺伝子を持つGMセイヨウアブラナが鹿嶋港周辺では5地点,国道51号線沿いに7地点で確認された。さらに鹿嶋港で1地点,国道124号線沿いで1地点,国道51号線沿いの少なくとも1地点で,除草剤耐性遺伝子を持つGMセイヨウアブラナが見つかった。現在国内ではGMセイヨウアブラナの商業栽培は行われていないことから,これらは輸入された種子が輸送途中でこぼれ落ち生育したものと考えられる。その後の調査でも,国道51号線沿いの多数の地点でGMセイヨウアブラナを確認した。これらが定着・分布拡大しているかどうかを継続して調査している。セイヨウアブラナは個体内の受粉では種子ができないため,近縁種と交雑しやすい。セイヨウアブラナが発芽・定着して花を咲かせた場合,野外に生育しているアブラナ科植物と交雑して何らかの影響が生ずる可能性が考えられる。

図4
図4.国道51号線沿いにおけるGMセイヨウアブラナの分布。 は2004年度,   は2005年度の調査で発見された地点

課題5 生物群集の多様性を支配するメカニズムの解明に関する研究

 多種共存系のメカニズムの研究では実際の生態系での実験が困難なことも多い。それに代わるものとして,コンピュータシミュレーションを使った研究を行った。森林の樹木の多種共存メカニズムの解明に関する研究では,一本一本の木を区別して扱うモデルを開発した。環境変動への反応を調べた実験では,環境の変動に応じて樹木の分布域が移動するとき,多種が共存しやすい状態ではスムーズな移動がおきるが,共存しにくい状態では,既存の植生が分布域の移動を遅らせるという結果が得られた。また,生態系を構成する種の進化のプロセスも組み込み,互いの「食う・食われる関係」を表現した食物網のモデルを構築し,あらたな種の侵入がどのような影響を与えるかを実験した。比較的頻繁に侵入を受けながら構成種が進化した生態系,まったく侵入を受けていない生態系(陸地から遠く離れた島をイメージ),構成種の進化が起こっていない生態系,特定の餌しか食べない種が多い生態系を構築して実験したところ,特殊化した生物が多い生態系と,まったく侵入を受けずに成立した生態系では,あらたな生物が侵入してきたときに大規模な絶滅が起こる確率が高かった(図5)。この結果は,島の生態系の脆弱性と関係している可能性がある。

図5
図5.侵入生物が大規模な絶滅を起こす確率。基本の系は,頻繁に侵入を受けながら長期間を経て成立したもの。

関連新着情報

関連記事

関連研究報告書