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2007年12月28日

トキシコゲノミクスを利用した環境汚染物質の健康・生物影響評価法の開発に関する研究(特別研究)
平成16〜18年度

国立環境研究所特別研究報告 SR-77-2007

1 研究の背景と目的

表紙
SR-77-2007 [1.3MB]

 環境汚染物質の悪影響からヒトの健康や生物を守るためには、種々の汚染物質の毒性を迅速に評価し、悪影響を防ぐ対策を講じることが望まれる。しかし現在、影響評価が行われていない環境汚染物質は数千種類にものぼるといわれている。トキシコゲノミクスはヒトや生物の全遺伝子の反応を短時間に網羅的に検出することを可能とする技術であり、この技術を用いることによって健康・生物影響の高効率・網羅的評価が可能となることが期待される。本研究は、環境汚染物質のヒトを目標とした健康影響および植物・微生物・魚類に対する生物影響に関してトキシコゲノミクスを活用した新たな影響評価法の開発研究を行い、多種多様な環境汚染物質の健康・生物影響評価法の飛躍的効率化や悪影響予防のための科学的データの提供に資することを目的とした。

2 研究成果の概要

課題1.トキシコゲノミクスを利用した環境汚染物質の健康影響の実験的予測法

1-1. 環境汚染物質の免疫系への悪影響の遺伝子発現変化からの検出・予測に関する研究
 胸腺は、重要な免疫細胞であるTリンパ球(T細胞)の分化・成熟の場となる免疫臓器である。また胸腺は環境からの影響を受けやすく、多くの環境中に存在する化学物質が胸腺萎縮作用をもつことが知られている。胸腺萎縮作用をもつ化学物質の多くは免疫機能抑制作用を示すことが報告されている。そこで、各種環境化学物質による免疫系への悪影響を、トキシコゲノミクスを利用した胸腺の遺伝子発現の網羅的解析から予測する方法を検討した。

 マウスに胸腺萎縮作用を持つことが知られているダイオキシン、無機ヒ素(NaAsO)、PFOS、有機スズなどの環境汚染物質や、エストロゲン(E2)、合成グルココルチコイド(GC)ホルモンであるDEXを、胸腺重量が50-70%に低下する用量で投与し、胸腺の遺伝子発現変化の網羅的解析を行った。得られたデータについて、パスウェイ解析や、細胞株での影響経路の裏づけ実験を行った。その結果、図1に概要を示したように、各汚染物質やホルモンがそれぞれ異なる経路や、異なる細胞群を標的として、胸腺萎縮をおこすことを明らかにすることができた。これらの結果から、胸腺での遺伝子発現変化の網羅的解析が、環境汚染物質の胸腺および免疫系への悪影響の検出や、影響の分子経路、標的となる細胞群の同定に有効であることが示された。

図1
図1 各種化学物質による胸腺萎縮の誘導経路

1-2. ヒト、マウス、ラットリンパ球における遺伝子発現を指標としたダイオキシン感受性の比較
 動物実験のデータをヒトへ外挿するためには感受性の種差が重要な要素となる。ダイオキシンに対する感受性は、主にダイオキシンの受容体であるAhR分子とダイオキシンの親和性によって決定され、ヒトはダイオキシンに対して低親和性のAhRをもつことから、ダイオキシンに対する感受性が低いと考えられている。実際にヒトと実験動物のダイオキシン感受性を直接比較するために、活性化AhRによって誘導される代表的な遺伝子であるCYP1A1について、ヒト、マウス、ラットでCYP1A1 mRNAを同一の効率で増幅できるPCRプライマーを設計し、また各動物の血液リンパ球でダイオキシンによるCYP1A1発現量を測定するための至適条件を明らかにした。この実験系を用いてCYP1A1発現量を比較した結果、ヒトのリンパ球では、ダイオキシンに対する感受性が高いと考えられているC57BL/6マウスやSDラットよりも発現量が高いことが明らかとなった(図2)。すなわち、ヒトのリンパ球はダイオキシンに対する感受性が高いことが示唆された。また、リンパ球にはAhRの親和性以外にダイオキシン反応性を決定する因子があることが示唆された。

図2
図2 ヒトと実験動物リンパ球のCYP1A1 mRNA誘導量の比較
ヒトおよび各動物の血液からリンパ球を調製し、培養前、およびdimethyl sulfoxide(DMSO)または10nMダイオキシン存在下で培養した後、それぞれのCYP1A1 mRNA量をリアルタイムPCRによって測定した。

1-3. ヒトとマウスにおけるダイオキシン感受性の種差決定因子に関する研究
 ダイオキシンに対するヒトと実験動物の感受性の決定に関与する、AhR-ダイオキシン親和性以外の因子を明らかにすることを目的として、高親和性のAhRを発現するC57BL/6マウス肝由来のHepa1c1c7細胞と、低親和性AhRを発現するヒト肝由来のHepG2細胞に関して研究を行った。その結果、Hepa1c1c7では核内に移行したAhRの分解速度がHepG2より速く、Hepa1c1c7でのCYP1A1 mRNA誘導の抑制に関与していることが示唆された。転写制御に関与するヒストン脱アセチル化酵素HDAC1分子のCYP1A1プロモーター領域への結合タイムコースが異なることもCYP1A1 mRNA誘導を調節している要因の1つであることが示唆された。ダイオキシンに対する感受性の種差については、これらの因子を考慮する必要があると考えられた。

課題2.トキシコゲノミクスによる生物影響の検出に基づく環境影響評価法

2-1. DNAアレイを用いた植物への環境ストレス影響評価手法の開発
 種々の環境汚染物質が植物に及ぼす影響を、毒性が現れる以前に定性的に検出するのに適した遺伝子群を選抜してDNAアレイを作成し、環境ストレスを生物影響に基づいて検出・評価するための実験系を開発した。まず4種類の環境ストレスに特異的に応答する遺伝子を単離し、特異性の高い植物の環境診断用のDNAアレイの作製を試みた。シロイヌナズナにおいてオゾン、紫外線、酸性雨、SO2の各ストレスでストレス処理していない植物(コントロール)に比べ発現量が1時間で3倍以上増加し、かつその増加が6時間目まで続いた遺伝子を多数単離することが出来た。そのうち、それぞれのストレス特異的に発現上昇する遺伝子がオゾン、紫外線、酸性雨、SO2曝露により10個、7個、19個、25個あることが明らかになった。

 次にこれらの遺伝子を用いて植物へのストレス診断ができるかどうかの検証を行った。各ストレスで特異的に発現増加すると考えられる遺伝子のうち、コントロールに対して発現上昇の割合が高い遺伝子を3または4種類選択してミニマクロアレイを作製した。その結果、オゾンで1種類、SO2で2種類、紫外線で2種類の遺伝子が明らかに特異的に応答する遺伝子があることが判った(図3)。違うロットのサンプルでもほぼ全て問題なく使用できることから今回作製したミニマクロアレイは少なくともオゾン、SO2、紫外線ストレスを区別できる事がわかった。

 以上の結果から、遺伝子発現指標が植物へ各種ストレスの検出に有効であることを示すことができた。

図3
図3 ミニマクロアレイによるストレス診断
ミニマクロアレイを用いた様々な環境ストレスによる遺伝子発現パターンを示す。ミニマクロアレイに載せた遺伝子は酸性雨誘導性遺伝子 (A1-4)、オゾン誘導性遺伝子 (B1-4)、SO2誘導性遺伝子 (C1-4)、紫外線誘導性遺伝子 (D1-3)である。D4にはコントロール遺伝子(Elongation Factor 1α)が載せてある。

 課題2では、この他に、環境微生物DNAマイクロアレイの開発とDNAマイクロアレイを用いた有害化学物質の影響評価に関する研究、培養可能な微生物遺伝子の網羅的解析による土壌生態系への影響評価法の開発に関する研究、PPAR結合性化学物質の魚類への影響の遺伝子発現解析からの探索を行った。

課題3:環境研トキシコゲノミクスデータベースの作成

3-1. ダイオキシン応答性遺伝子データベースの開発
 本研究では、ダイオキシン類曝露による遺伝子発現変動解析を集積し、外部閲覧者が容易に実験データを検索できるシステムを公開データベースとして構築することを目的とした。開発のコンセプトとして、単に2つのマイクロアレイ比較結果ファイルを格納するだけではなく、多岐にわたる体系的データマイニング機能を搭載した。本データベースプロトタイプは、平成17年12月に国立環境研究所ホームページより公開した。今回開発したデータベースはマイクロアレイデータベースの中でも、化合物による各動物、臓器、細胞の反応性を集積している点で、公開データベースとして世界初のものと言える。今後、環境汚染物質に特化した形で、外部研究者の多様なマイクロアレイ情報をさらに収集し、データ量を増加させ、また一括して体系的にマイニングできるシステムにすべくバージョンアップを図っていきたいと考えている。

3-2. NIESトキシコゲノミクスサイトの作成
 本特別研究で得られた成果を中心に、環境汚染物質の健康・生物影響研究におけるトキシコゲノミクスの利用例や有効性を紹介し、また上述のダイオキシン応答性遺伝子データベースもコンテンツとして掲載したNIESトキシコゲノミクスサイトを作成し、国立環境研究所ホームページにサイトをもつ公式ホームページとして公開した【公開終了しました】。このサイトは、環境汚染物質の健康影響と生物影響の両方に関してトキシコゲノミクス研究の成果を紹介している点で、国立環境研究所の特徴を生かしたものであり、また世界的にも先駆けとなるサイトであると考えている。これを核として、今後さらに内容を充実させ、有用性の高いサイトとしていく計画である。

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