重点4 アジア自然共生研究プログラム（平成 19年度）
Priority Programs 4 [Asian Environment]

研究概要

[目的]
　我が国は世界の社会経済活動の中で大きな地位を占めており、高度な技術力と社会システムを有しているとともに、かつての深刻な公害問題を克服した経験も有する。我が国と地理的、経済的に密接な関係にあり、かつ今後の急速な発展が見込まれるアジア地域を対象としてその環境を保全し、自然共生型社会を構築していくことは我が国の環境安全保障及び国際貢献の観点から、また地域全体の持続可能な社会を実現する観点からも極めて重要である。
本研究プログラムでは、アジア地域の大気環境・広域越境大気汚染、陸域・沿岸域・海域を対象とした持続可能な水環境管理、大河川を中心とした流域における生態系保全管理に関する研究を行うことによって、国際協力によるアジアの環境管理と自然共生型社会構築のための科学的基盤を確立することを目的とする。
[目標]
　アジア地域の大気環境・広域越境大気汚染、陸域・沿岸域・海域を対象として、国際協力によるアジアの環境管理を通した自然共生社会構築に向けて、科学的知見を蓄積し、必要となる評価手法、評価システムを開発し、政策提言に資することをプログラムの目標とする。そのために、以下の具体的なプロジェクトの目標を設定する。
（１）東アジアを中心としたアジア地域について、大気環境に関する科学的知見の集積と大気環境管理に必要なツールの確立を目指して、観測とモデルを組合せ、大気環境評価手法の開発を行う。
（２）長江、黄河を中心とした東アジア地域の流域圏について、水環境に関する科学的知見の集積と持続的な水環境管理に必要なツールの確立を目指し、水・物質循環評価システムの開発を行う。
（３）東南アジア・日本を中心とした流域生態系における環境影響評価手法の開発を行い、メコン川流域に関連した国際プログラム間のネットワークを構築し、国際共同研究による流域の持続可能な発展に必要な科学的知見を提供する。

研究の性格

• 主たるもの：-
• 従たるもの：-

全体計画

　本プログラムは、３つの中核プロジェクト及び２つの関連プロジェクトによって構成されている。中核研究プロジェクトの概要は以下のとおりである。
（１）アジアの大気環境評価手法の開発
　エアロゾルおよびガスの大気汚染物質と黄砂の地上観測、航空機観測、ライダーネットワーク観測等を行い、国際的にも観測の連携を進めるとともに、モデルと排出インベントリの精緻化を進めて、観測データ・モデル解析の両面から日本国内を含むアジア地域の大気環境施策立案に必要な科学的知見とツールを提供する。具体的な研究内容は下記のとおりである。
・アジアの広域越境大気汚染の実態解明；沖縄辺戸ステーションをベースにした地上通年観測による、長距離輸送されたガス・エアロゾルの解析を行うとともに、辺戸を中心として対流圏大気変化観測の連携を進める。また、航空機観測による広域汚染分布の解明とモデルとの突き合わせを行って、東アジア地域全体の広域大気汚染の実態把握を行う。さらに大気観測の国際協力を推進し、これによるアジア域の大気環境のデータベース化を行う。
・アジアの大気環境評価と将来予測；マルチスケール大気汚染モデルと化学気候モデルを開発し、観測データをもとに検証するとともに、観測データや数値モデルを用いて大気汚染物質の排出インベントリを改良する。開発・改良したモデルと排出インベントリおよび観測データベースを活用して、アジア広域から国内都市域における大気汚染の全体像を把握する手法を確立する。更に、将来シナリオに基づく排出予測結果と化学気候モデルを使って、2030 年までのアジアの大気環境（気候と大気汚染）変動を予測する。
・黄砂の実態解明と予測手法の開発；東アジア地域で増大している黄砂の発生から輸送・沈着を把握するための、ライダーを中心とするリアルタイム観測ネットワークを展開・整備すると同時に、化学分析のための黄砂サンプリングを行う。これらのリアルタイムデータをモデルに取り込むデータ同化手法を確立し、黄砂予報モデルの精度を向上する。また、黄砂による汚染物質の変質過程をモデリングする。最終的に、砂漠化や気候変動などによる黄砂の将来変動を予測する。
（２）東アジアの水・物質循環評価システムの開発
　長江等の東アジア地域の流域圏について、国際共同研究による水環境に関する科学的知見の集積と持続的な水環境管理に必要なツールの確立を目指し、観測とモデルを組合せ、水・物質循環評価システムを開発する。また、都市・流域圏における環境管理の技術インベントリを整備し、持続性評価指標体系を構築することにより、技術導入効果に基づく適切な技術システムと政策プログラムの設計を含む流域の長期シナリオ・ビジョンの構築の方法論を開発することを目指して研究を進める。具体的な研究内容は下記のとおりである。
・流域圏における水・物質循環観測・評価システムの構築；広域的な水・物質循環を評価するためのリモートセンシングデータ、新しい計測手法等による観測システムを活用し、衛星データ、GIS、観測データ等に基づく、水・熱・物質循環を考慮した東アジア地域の流域圏環境情報データベースを構築する。また、気象・地形・土地被覆の条件が互いに影響し合う複雑な過程を考慮した水・物質循環評価モデルを適用することによって、人間生活の変化や土地改変、気候変化などが、水不足・流出等の水循環、炭素・窒素等の物質循環に及ぼす影響を評価する。
・長江起源水が東シナ海の海洋環境・生態系に及ぼす影響の解明；東シナ海の水質浄化機能の定量的評価のため、沿岸域の漁獲量の経年変化、干潟の面積等のデータを収集する。さらに、当該域の富栄養化等の実態理解のため、東シナ海陸棚域における航海調査を継続し、長江起源水により輸送される栄養塩類の藻類群集による取り込み過程及びその行方に関する検討を行う。さらに、長江から東シナ海における汚濁元素の輸送循環を評価するための水・熱・物質循環及び低次水界生態系モデルを構築し、長江起源水が東シナ海の海洋環境・生態系に及ぼす影響を解明する。
・拠点都市における技術・政策インベントリとその評価システムの構築；地域における環境管理の技術インベントリを整備し、流域圏の持続性評価指標体系を構築することにより、技術導入効果に基づく適切な技術システムと政策プログラムを評価し、設計する。
（３）流域生態系における環境影響評価手法の開発
東南アジア・日本を中心とした流域生態系における環境影響評価手法の開発を行い、メコン川流域に関連した国際プログラム間のネットワークを構築し、国際共同研究による流域の持続可能な発展に必要な科学的知見を提供する。主にメコン川の淡水魚類相の実態解明、流域の環境動態の解明を行うこと等により、ダム建設等の生態系影響評価を実施する。具体的な研究内容は下記のとおりである。
・流域生態系・高解像度土地被覆データベースの構築；メコン川流域の高解像度土地被覆分類図・湿地機能評価図を作成し、流域生態系の自然劣化実態を把握する。
・人間活動による生物多様性・生態系影響評価モデルの開発；代表的生物の多様性・生態情報及び気象・水質等の環境データを取得し、流域生態系環境データベースを構築する。
・持続可能な流域生態系管理を実現する手法の開発；環境影響評価に不可欠な水環境の情報データの取得とモデル化並びに好適生息地評価のための景観生態学的手法や河口域生態系への影響評価手法を開発し、流域生態系管理手法を検討する。

　関連プロジェクトの研究課題は以下のとおりである。
（１）省エネルギー型水・炭素循環処理システムの開発
（２）湿地生態系の時空間的不均一性と生物多様性の保全に関する研究

今年度の研究概要

　平成19年度は、平成18年度の成果の基礎の上に、具体的な共同研究を発展させること、観測データの蓄積と解析を進めると共にモデル研究との協働の効果を具体的なものとすることに力点を置く。また、大気−水−生態系の相互作用のモデル化を含んだ研究、プログラム横断的な研究協力の具体化について検討を開始する。各中核プロジェクトでは、下記の計画によって研究を進めると共に、関連プロジェクトによる研究を行う。
（１） アジアの大気環境評価手法の開発
1) アジアの広域越境大気汚染の実態解明
　沖縄辺戸岬ステーションを充実させ、多成分・連続観測を継続するとともに、中国等の研究機関と共同して中国沿岸地域での地上観測と、東シナ海上空での航空機観測を実施する。国内外の観測データを集積したデータベースの構築に向けた作業を開始する。
2) アジアの大気環境評価と将来予測
　アジア地域の排出インベントリと大気質モデルを開発し、観測データを用いて検証し、広域大気汚染の空間分布、過去四半世紀における大気質の経年変化、越境大気汚染による日本へのインパクトを評価する研究を継続する。アジア地域の気候・大気質変動を評価するために、全球化学気候モデルを用いた解析を進める。大気質モデルと観測データを用いて、排出インベントリを検証・修正する手法の開発を継続する。
3 )黄砂の実態解明と予測手法の開発
　ライダーを中心とする黄砂のモニタリングネットワークを更に整備すると共に、観測データベースの設計を継続する。特に本年は、モンゴル国においてJICAとの連携によるモニタリングステーション４カ所（ウランバートル、サインシャンド、ザミウード、ダランザドガド）の完成を目指す。
（２）東アジアの水・物質循環評価システムの開発
1) 流域圏における水・物質循環観測・評価システムの構築
　衛星データ、GIS、観測データおよび現地調査等に基づく、長江流域等における水・物質循環情報データベースの構築、水・物質循環を評価できるモデルの統合化を継続的に行うまた、長江水利委員会と共同で漢江流域において栄養塩の自動観測システムを設置する。さらに、5月に第二回日中流域水環境技術交流会を日本で開催する。
2) 長江起源水が東シナ海の海洋環境・生態系に及ぼす影響の解明
　長江河口域及び沿岸域の漁獲量の経年変化、埋め立て面積等のデータ収集、浙江海洋大学等との共同調査の可能性の検討等を行う。また、東シナ海陸棚域における航海調査による、長江起源水により輸送される栄養塩類の藻類群集による取り込み過程等に関する検討、海洋流動・低次生態系モデルに必要な環境情報データのデータベース化を行う。
3) 拠点都市における技術・政策インベントリとその評価システムの構築
　統合型陸域生態系モデル（NICE）モデルを基にした、都市スケールの水・物質・エネルギー解析の鉛直一次元建築・都市・土壌連携モデルのプロトタイプの構築、シミュレーションのテストを行う。また、環境フラックス分析の方法の開発、都市と産業を包括する環境技術・政策・ビジネスのインベントリの定量的評価を実施する。また、都市環境のデータを統合的なGISデータとして整備すると共に、拠点都市を対象として、水・物質・エネルギー統合型モデルを構築するためのフレームワークを作成する。
（３）流域生態系における環境影響評価手法の開発
1) 流域生態系・高解像度土地被覆データベースの構築
　メコン河流域上中流域（タイ北部，東北部）を対象とした多時期衛星観測データの整備、過去の河川地形変化に関する解析、当該流域における河川環境の変化と人間活動との因果関係のモデリングを行う。
2) 人間活動による生物多様性・生態系影響評価モデルの開発
　メコン河流域中流域の魚類画像データベース及び耳石データベースを作成し、GIS環境に対応する形で空間情報（土地利用，流域基盤，生物捕獲等）を整備する。昨年度に続き淡水魚類に関する既存データ、またダム建設に伴って実施される環境アセスメントの報告書などを収集し、データ整備を行う。
3) 持続可能な流域生態系管理を実現する手法の開発
　メコンデルタの広範囲に生育しているマングローブ樹種の根圏酸化機能が底質中の物質代謝機構へ及ぼす影響を、野外調査、及び圃場での実験から明らかにする。また、開発に伴う堆積物の量・質の変化と機能へ及ぼす影響についての検討、メコン河流域の水環境の情報データの取得を行う。タイ北部及びメコンデルタにおいて、河口域生態系への影響評価技術を開発する。