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2013年10月10日

地球温暖化のメカニズム解明に重要な北太平洋表層の二酸化炭素の分布を解明(協力貨物船による海洋表層観測の成果)

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ同時配布)

平成25年10月10日(木)
独立行政法人国立環境研究所
地球環境研究センター
    野尻上級研究員室
             上級主席研究員  野尻幸宏
             特別研究員    安中さやか
    大気・海洋モニタリング推進室
             研究員      中岡慎一郎
 

 国立環境研究所は、トヨフジ海運(株)の協力により貨物船2隻(北米航路 Pyxis、オセアニア航路 Trans Future 5)において北太平洋の海洋表層連続観測を行い、広範囲にわたる二酸化炭素(CO2)分圧*1を高頻度に測定しています。そのデータを使って、CO2分圧と全炭酸濃度*2の時空間分布を北太平洋全域にわたって明らかにしました。これまでの研究では、広域のCO2分圧と全炭酸濃度の年々変動の推定は困難でしたが、本研究はそれを初めて可能とし、地球温暖化のメカニズム解明に重要である地球規模CO2循環における北太平洋の役割の理解が進みました。

*1 海水中に溶存ガスとして存在するCO2の量を、圧力を単位として示す指標
*2 海水中にガス・分子・イオンとして存在しているCO2の総量

1.背景

 海洋は地球上で最大の自然CO2吸収源であり、人為起源CO2の約3割に相当する毎年2.3GtC(ギガトン=10億トン炭素換算CO2)程度が海洋に吸収されていると見積もられています。海洋が大気との間でCO2を交換して平衡になるには長い時間がかかるため、人間活動によって急に高まった大気CO2濃度に対して海水中のCO2濃度の上昇は追い付いていません。すなわち、海洋表層CO2分圧の平均は、大気CO2分圧の平均より低くなっています。ただし、海洋による吸収は一様に起こっているわけではなく、海域や季節によって、吸収したり、放出したりしており、全体でみると吸収になっています。このCO2を吸収する状況やその仕組みを明らかにするためには、海洋全域を観測して、表層CO2分圧の空間分布とその時間的変動を知る必要があります。しかし、海洋は膨大に広いために、観測船による従来型の観測で埋めることは難しく、表層CO2分圧の空間分布とその時間的変動は十分に理解されてきませんでした。

 国立環境研究所(以下、「国環研」という。)は、協力貨物船での海洋CO2分圧を長期にわたって継続的に観測し、そのデータと広域に推定する手法を組み合わせることで北太平洋海域(北緯10度から60度、東経120度から西経90度)のCO2分圧の分布推定を行いました。さらに、CO2分圧の分布推定の結果から、海洋中に溶け込んだCO2の総和である全炭酸濃度の分布推定を行い、その時空間変動を明らかにしました。今回論文で発表した解析期間は、2002年1月から2008年12月の7年間です。

2.海洋二酸化炭素分圧の観測

 国環研では、1995年以来、太平洋域を運航している貨物船で、洋上大気と表層海洋のCO2観測を実施しています。論文の解析期間においては、北米航路貨物船Pyxis(2002年7月より観測開始)と、オセアニア航路貨物船Trans Future 5(2006年6月より観測開始)の2隻(ともにトヨフジ海運(株)所属)で海洋表層のCO2観測を行ってきました。Pyxisでの観測は2013年4月で終了し、現在、後継協力貨物船での観測を準備中です。国環研の貨物船を利用する観測は、船社の協力とともに、港湾関係諸機関の理解の下で18年来の長期にわたって継続しています。

 計測項目は、大気と海洋(表層海水と平衡にした空気)のCO2濃度、塩分、海面水温、および正確な観測値とする補正のために必要な温度・圧力などで、連続に計測されるので、空間・時間的に密なデータが得られます。北太平洋域では、これまでに約35万点(10分平均値として)のデータが得られています。1995年以降の全観測データは、品質管理の後に表層海洋CO2分圧の国際共同データベース(SOCAT; Surface Ocean CO2 Atlas)に収録されています(図1a,b)。

図1(a)
図1(b)

図1 国際共同データベースSOCATに収録された世界の海洋CO2分圧観測データ(a)と国立環境研究所による観測データ(b)の分布

3. 海洋二酸化炭素分圧・全炭酸濃度の分布推定

(1)CO2分圧時空間分布推定

 協力貨物船による観測で、CO2分圧観測データが観測船と比べて飛躍的に多く得られるようになったうえに、同じ海域の繰り返し観測が可能になりました。しかしながら、北太平洋全域を粗いグリッド(例えば緯度経度5度格子)で分けてみても、毎月のデータが存在するかといえば、十分ではありません。そこで、衛星観測やデータ解析から全域がカバーされる海洋表層パラメータ(海面水温、海面塩分、クロロフィルa濃度*3、混合層深度*4)とCO2分圧の関係性から、CO2分圧の分布を推定しました。各パラメータとCO2分圧の関係は単純な関数で示すことが難しいので、自己組織化マップを用いたニューラルネットワーク法を採用しました。この手法は、北大西洋のCO2分圧推定に有用であることが知られており(Telszewski et al. 2009)、本研究で初めて北太平洋に適用されました。今回の手法では、緯度経度1/4度の解像度でCO2分圧の分布を表すマップができました。

*3 クロロフィルaは植物プランクトンの主要な光合成色素であり、人工衛星から海色を観測してクロロフィルa濃度を算出し、植物プランクトンの量として示される。
*4 海洋表面から深さ方向に密度が変化しない(水温・塩分が一定)層の深さを混合層深度といい、その深さまで海水は良く混合しているとされる。

 本研究で再現されたCO2分圧値を7年間平均して得たマップとTakahashi et al. (2009)によって示された月毎のCO2分圧平年値を比較しました(図2)。Takahashi et al.によるマップは、海洋のCO2吸収の研究をするとき、標準的な海洋CO2分圧値を与えるマップとして、頻繁に用いられる有名なものです。両者の分布は似ていますが、本研究のCO2分圧推定は解像度が高く、海洋循環の特徴をより正確にとらえています。たとえば、2月の北太平洋高緯度域において本研究の推定は、ベーリング海から北日本沿岸にかけて、東カムチャツカ海流に沿うように、連続した高いCO2分圧が見られています。また、アリューシャン列島からカルフォルニア沖にかけての沿岸域で、生物活動が盛んになる春から秋にかけての低いCO2分圧が再現されています。

図2

図2 本研究とTakahashi et al. (2009) で得られたCO2分圧平年値の分布

 太平洋赤道域東部で数年おきに起こるエルニーニョ・ラニーニャ現象は、北太平洋の気候に大きな影響を与えます。赤道域のCO2分圧がエルニーニョ・ラニーニャ現象に伴って大きく変化することは知られていましたが(Feely et al. 2006)、北太平洋全域のCO2分圧に影響を及ぼすかどうかは知られていませんでした。そこで、典型的なエルニーニョの年である2003年とラニーニャの年である2008年冬季(1月から3月)のCO2分圧の平年値からのズレ(偏差)を調べてみたところ、2003(2008)年は平年に比べて、亜熱帯域西部で分圧が低く(高く)、亜熱帯東部では分圧が高い(低い)ことがわかりました(図3)。そして、前者は海面水温の変化に対する応答、後者は混合層深度の変化に対する応答と解釈できました。

図3

図3 2003年冬季と2008年冬季のCO2分圧の偏差

(2)全炭酸濃度の分布推定

 次に、CO2分圧の推定結果を用いて、海洋中の全炭酸濃度の分布推定を行いました。CO2分圧は、水温に依存して大きく変化するのに対し、全炭酸濃度は、海洋CO2の挙動をより直接的に表現するパラメータで、主に海洋表層の生物生産や鉛直混合で変化します。全炭酸濃度の連続計測は難しいため、CO2分圧に比べて観測データ数が非常に少なく、その広域マッピングは不可能でした。

 まず、推定値の妥当性を調べるために、公開されている観測船による海洋観測定点データとの比較を行いました。その結果、今回の推定値は、現場ボトル観測の値と非常によく一致し、誤差は季節変化より十分小さいことが確認されました。図4に、7年間で平均した2月と8月の全炭酸濃度の推定値を示します。全炭酸濃度は、湧昇流のある亜寒帯域(北海道北東沖など)で年間を通して高く、亜熱帯域で低い特徴があります。また、冬季に深い鉛直混合により、ほぼ全海域で極大値をとり、春の生物生産により、夏に多くの海域で極小値をとります。

図4

図4 2002~2008年の7年間で平均した2月と8月の全炭酸濃度分布

 さらに、冬から夏にかけての全炭酸濃度の低下に対して、塩分変化や海面でのCO2交換を考慮することで、生物生産(正味群集生産)を見積もりました。その結果、中緯度域や沿岸域において生物生産が活発であることが分かりました(図5)。この分布は、衛星海色データに基づく生物生産(正味基礎生産)と非常によく似た分布でした。なお、全炭酸にみられている年々変動については、近い将来、報告する予定です。

図5

図5 冬から夏にかけての全炭酸濃度の低下から見積もられた正味群集生産

4. 今後の展望

 CO2分圧の推定は、海域のCO2の放出・吸収の空間的分布やその時間的変化を見積もるのに有用です。また、全炭酸濃度の時空間変化をより詳しく解析すれば、海洋中のCO2循環メカニズムの解明に貢献できると考えています。さらに、本研究で使用した手法を、全球のCO2分圧分布推定に拡張できれば、温暖化予測に用いられる地球規模炭素循環モデルのよい指針にもなると期待されます。海洋のCO2吸収やCO2循環が、増加する大気CO2濃度や変化する気候のもとでどう推移するかを明らかにすることは、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)をはじめ、今後の地球温暖化を考えるために必要な科学的知見です。

5.発表論文

  • Nakaoka, S., M. Telszewski, Y. Nojiri, S. Yasunaka, C. Miyazaki, H. Mukai, and N. Usui (2013), Estimating temporal and spatial variation of ocean surface pCO2 in the North Pacific using a self-organizing map neural network technique, Biogeosciences, 10, 6093-6106, doi:10.5194/bg-10-6093-2013.
  • Yasunaka, S., Y. Nojiri, S. Nakaoka, T. Ono, H. Mukai, and N. Usui (2013), Monthly maps of sea surface dissolved inorganic carbon in the North Pacific: Basin-wide distribution and seasonal variation, J. Geophys. Res. Oceans, 118, 3843–3850, doi:10.1002/jgrc.20279.

6.お問い合せ先

国立環境研究所 地球環境研究センター
   野尻 幸宏 上級主席研究員
       電話:029-850-2499
      E-mail:nojiri (末尾に@nies.go.jpをつけてください)
   中岡 慎一郎 研究員
       電話:029-850-2554
      E-mail:nakaoka.shinichiro(末尾に@nies.go.jpをつけてください)

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