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2013年11月6日

外来生物マングース防除が、外来種クマネズミではなく在来ネズミ類の回復に寄与したことが明らかに

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、鹿児島県大島支庁記者クラブ同時配布)

平成25年11月6日(水)

独立行政法人 国立環境研究所
生物・生態系環境研究センター
研究員:深澤 圭太
東京大学
農学生命科学研究科
教授:宮下 直
一般財団法人 自然環境研究センター
上席研究員:橋本 琢磨
鑪 雅哉* (環境省自然環境局
生物多様性センター 総括企画官)
阿部愼太郎(環境省那覇自然環境事務所
野生生物課 課長補佐)
* 研究開始時は環境省奄美自然保護官事務所に所属
 

  国立環境研究所、東京大学、自然環境研究センター及び環境省那覇自然環境事務所の研究グループは、環境省那覇自然環境事務所が実施する「奄美大島におけるジャワマングース防除事業**」で収集・蓄積されたデータを解析し、マングース防除が固有種である在来ネズミ類(ケナガネズミ、アマミトゲネズミ)の回復に寄与したことに加えて、当初懸念されていた外来種クマネズミの増加にはつながらなかったことを明らかにしました。また、マングースの捕食圧から解放されたとしても、森林伐採や都市化によって在来ネズミ類の回復が阻害されることが検証されました。
  本研究をまとめた論文は、2013年11月6日発行の英学術専門誌「英国王立協会紀要(Proceedings of the Royal Society B)」オンライン版に掲載されました。
 

**日本に定着したマングースは、これまでジャワマングースといわれていましたが、その後の遺伝的な研究からジャワマングースとフイリマングースの2種に分割されることが明らかになっています。日本に導入されているのは後者(フイリマングース)に当たります。この結果を受けて、外来生物法上の特定外来生物に政令改正を経てフイリマングースが指定され、今年9月1日より規制が開始されました。

1. 背景

 外来生物侵入と人為的な生息地改変は、世界各地の島しょで生物多様性の脅威となっています。それらの島しょ生態系では、複数の栄養段階に外来種が侵入していることが多いため、特定の外来種の防除が在来種だけでなく他の外来種にも影響を与えることがあります。海外では実際に、外来捕食者の除去がその餌資源となっていた外来種クマネズミの増加を引き起こし、それにより本来保全すべき在来種がさらに減少してしまった事例が知られています。このような現象は「メソプレデター・リリース(中間捕食者の解放)」と呼ばれ、これまで多くの理論・実証研究の対象とされてきました。外来捕食者のインパクトから在来種を保全し、かつその対策が他の外来種を増やしてしまうことにつながらないようにするためには、在来種と外来種が外来捕食者や餌資源、環境条件など、さまざまな要因に対してどのように反応するかを明らかにする必要があります。特に、人為的な生息地改変は外来種にとって住みやすい環境を作り出すことが多く、外来捕食者を除去することによる結果を大きく変える可能性があります。しかし、これらの複合要因の効果を中間捕食者の在来種と外来種で比較した研究はありませんでした。

 世界自然遺産候補地の奄美・琉球では、特定外来生物フイリマングースの捕食圧が固有野生動物の存続を脅かしていました。在来種から成る生態系を再生するため、マングースの防除が2000年から環境省那覇自然環境事務所により実施されています。

 本研究では、奄美大島のマングースの防除によって収集・蓄積されたデータを用いて、マングース捕食圧の低下が外来および在来ネズミの個体群増加率に与える影響を明らかにしました。また、人為的な生息地改変の大きさや餌資源の量が、ネズミの生息可能な最大個体密度(以後、環境収容力という)に与える影響を明らかにしました。

2. 方法

 ネズミの量に関するデータとして、2002年度から2009年度までにマングースの防除において、マングース捕獲用の生け捕りわなで混獲されたクマネズミ、アマミトゲネズミ(奄美大島固有種)、ケナガネズミ(奄美大島・徳之島・沖縄本島固有種)それぞれの数を年度ごと、2kmメッシュごとに集計しました。また、それらの変化を説明する要因として、マングース個体群密度(相対値)、土地利用タイプから計算した生息地改変の大きさ、および餌資源の指標として堅果(ドングリ類)の豊凶を用いました。

 本研究では、上記データから、ネズミの個体群増加率に対するマングース捕食圧・生息地改変・堅果の豊凶の効果や、環境収容力という未知数を推定しました。一般に、わな日あたりの捕獲数は個体群密度におおよそ比例しますが、捕獲には偶然性が伴うため、個々の値は観測誤差が加わってばらついた値になります。そして、個体群増加率はマングース捕食圧・生息地改変・堅果の豊凶によって決まると考えられますが、生物の動態は様々な要因の影響を受けるので、これらだけでは説明できないばらつき(個体群増加の過程に伴う誤差なので、過程誤差と呼ばれます)が生じます。このような因果関係を想定した時、観測誤差と過程誤差がいずれも小さくなるような未知数の値が、データから見て「もっともらしい」値になります。本研究ではギブスサンプリングと呼ばれるコンピュータによる探索アルゴリズムを用いて、そのような値を探索しました。

フイリマングース Herpestes auropunctatus
(写真提供:環境省那覇自然環境事務所)
クマネズミ Rattus rattus
(写真提供:一般財団法人自然環境研究センター)
アマミトゲネズミ Tokudaia osimensis
(写真提供:奄美マングースバスターズ)
ケナガネズミ Diplothrix legata
(写真提供:奄美マングースバスターズ)

3. 研究成果

 防除によりマングース密度が低下する過程で、在来ネズミ類は顕著な増加がみられましたが、クマネズミの増加は不明瞭でした(図1)。解析の結果、マングースが減ってもクマネズミ個体数の増加は起こりにくいことがわかりました。また、生息地改変に対する在来ネズミ類とクマネズミの反応は逆で、在来ネズミ類は天然林における環境収容力が農地や市街地より高かったのに対し、クマネズミでは農地や市街地のような人為的環境でより高い密度になることがわかりました(図2)。これらの結果から、マングース防除による捕食圧からの開放はアマミトゲネズミやケナガネズミにより有利に作用し、生息に好適な自然林を中心に急速な回復が見られたと考えられました。このことは、在来ネズミ類を保全し、クマネズミを増やさないためには森林環境の保全もまた重要であることを意味します。

図1
図1 マングースと3種のネズミ類の経年変化。ネズミ類の図の実線は自然度の高い地域、破線は生息地改変が進んだ地域の値を示す。
図2
図2 生息地改変に対する環境収容力の変化。エラーバーは推定値の不確実性の度合い(±事後標準偏差)を示す。

4. 今後の展望

 奄美大島、沖縄本島北部地域においてはマングース防除が進展し、多くの在来種が回復しつつあります。このたび、本研究論文とほぼ同時に、東京大学などの研究グループによる奄美大島の固有種アマミノクロウサギ、および固有カエル類の回復過程に関する研究論文も国際誌「Ecology and Evolution」に掲載されました。マングース防除事業は世界でも例を見ない大規模な生態系再生の取り組みであり、その成果は海外からも注目されています。また、本研究で使用したデータのように、マングースや保全対象種、その他の外来種に関する詳細な捕獲データが蓄積されモニタリングが実施されていることも特徴的で、全国各地で実施されている外来生物対策のモデルケースになると言えるでしょう。

 奄美・琉球の世界自然遺産への指定に向けては、マングース対策だけでなく、自然生態系の保護担保措置の拡充やノネコなど他の外来生物への対処など、さまざまな課題を解決していく必要があります。それらについても、長期的なモニタリングに基づく対策効果の実証研究を進展していくことが期待されます。

 なお、本研究は、環境省環境研究総合推進費(課題番号:D-1101)の助成を受け、国立環境研究所生物多様性研究プログラムの一環として実施されました。

 また、本研究で使用したデータは環境省那覇自然環境事務所が実施する「奄美大島におけるジャワマングース防除事業」により得られました。

5. 問い合わせ先

独立行政法人 国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター
深澤圭太(ふかさわ けいた)
電話: 029-850-2676
FAX: 029-850-2587
e-mail: fukasawa(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
http://www.nies.go.jp/biology/aboutus/staff/fukasawa_keita.html

国立大学法人 東京大学 農学生命科学研究科
宮下直(みやした ただし)
電話: 03-5841-7544
FAX: 03-5841-8192
e-mail: tmiya(末尾に@es.a.u-tokyo.ac.jpをつけてください)
http://www.es.a.u-tokyo.ac.jp/bs/miya.html

6.発表論文

  • Fukasawa, K., Miyashita, T., Hashimoto, T., Tatara, M., and Abe, S. (in press) Differential population responses of native and alien rodents to an invasive predator, habitat alteration, and plant masting. Proceedings of Royal Society B: Biological Sciences.

7.関連論文

  • Watari, Y., Nishijima, S., Fukasawa, M., Yamada, F., Abe, S., Miyashita, T. (in press) Evaluating the “recovery-level” of endangered species without prior information before alien invasion. Ecology and Evolution.

※本関連論文は、奄美大島におけるマングース防除によってマングースが減少したことに伴うアマミノクロウサギ、固有カエル類の回復過程を解明した研究に関するもので、共同研究者の宮下直氏、阿部愼太郎氏が参画しています。

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