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2014年3月26日

ユスリカ標本DNAデータベースの公開について

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ同時配付)

平成26年3月26日(水)
独立行政法人国立環境研究所
   生物・生態系環境研究センター
      フェロー:高村 健二
 

   国立環境研究所は、淡水域生態系の指標生物として注目されてきたユスリカ科昆虫について、種を判別するための基礎情報となる種固有DNA塩基配列(DNAバーコード)情報を整備し『ユスリカ標本DNAデータベース』として公開します。
   このDNAバーコードを基準とすれば、従来、オス成虫標本でしか信頼性のある同定ができなかったユスリカの種を、専門家でなくとも比較的簡便に同定できるようになります。
   これにより、淡水域生態系の評価・保全に役立つものと期待されます。
 

1. 背景

 ユスリカ科昆虫(以下、ユスリカ)は、世界に広く分布し幅広い環境に生息しています。ユスリカは、幼虫が生息環境の水質に対して敏感に応答するために水質指標生物として、また、水中の有機物を分解することから水質浄化機能を持つ生物として世界的に注目されてきました。日本でも全国的に分布し、全体で1500種ほどいると推定されています。

 ユスリカ幼虫の種構成と河川や湖沼の水質汚染の程度(栄養状態)に相関があるということは古くから指摘されており(文献1)、日本でも同様の観点から研究が行なわれてきました。
 国立環境研究所においても、長きにわたり淡水生態系環境研究の一環としてユスリカの生態・分類の研究を進め、霞ヶ浦や多摩川等での調査により、水質の栄養状態のユスリカの種構成による類型化(文献2、3)、湖底に沈殿した有機物の分解による水質浄化の解明(文献4)などを実施してきました。さらに、100種以上の国内の新種を記載し、ユスリカの基礎知見の充実に貢献してきました。
 しかしながら、水質モニタリングや環境アセスメントの現場では、ユスリカの種同定の困難さのため実際には種よりも高次な分類群(亜科、属など)でしか分類できない場合が多く、これまでの知見の応用が課題となっています。
 ユスリカを水質指標として扱うには、水中の幼虫を調査する必要がありますが、幼虫の形態は特徴に乏しいため、専門家でも種の同定は困難です。幼虫の種を簡便に同定する方法があれば、より高い情報量を持つ有用な水質指標生物としてユスリカを扱うことができると考えられます。

 そこで、国立環境研究所では、これまでの知見に加えて、近年普及してきたDNAによる精度の高い種同定技術(DNAバーコーディング)を取り入れ、ユスリカの種ごとに同定の基準となるDNA塩基配列の決定を進めてきました。DNAを基準とすることで幼虫での種同定が簡便になります。
 これらの情報を広く活用していただくために『ユスリカ標本DNAデータベース』を作成・公開します。

※本研究は、JSPS科研費課題24241078「DNAバーコーディングを適用したユスリカ科昆虫の水質指標性と多様性の研究」の助成を受け、国立環境研究所生物多様性研究プログラムの一環として行われました。

2. 方法

 2010年より、既存の標本の収集及び新たなユスリカ個体の採集を、主として関東地方、関西地方で行いました。標本を形態学的基準に基づいて種同定するとともに、同じ標本からDNAを抽出して種に特異的な塩基配列(DNAバーコード)を決定しました。
 対象とした遺伝子は、動物について国際的な標準として定められているミトコンドリアDNAのCOI(チトクロームcオキシダーゼI)領域です。種名とDNA塩基配列を組み合わせた上で、採集地・採集日・採集者などの情報を加えて、標本毎の情報をまとめました。
 DNAを用いて種同定を行うことにより、形態的特徴では同種としていたものの中に、複数種が含まれることが明らかになったものがあることから、これらについては引き続き分類の整理等の研究を進めています。
 2014年3月時点で43種267件を公開いたします。

3. データベース利用方法

 データベースは平成26年3月26日よりウェブサイトで一般公開します。
 データはダウンロード可能となっており、利用規約に基づいて利用することができます。検索システムでは、条件を入力すると該当標本の標本番号・種名・採集地・アクセッション番号・ハプロタイプ・標本写真の一覧が抽出されます。

4. 今後の課題・展望

 今後、国内でみられる普通種約100種の情報を整備しデータベース化することを目標としてDNAバーコードの作成と情報整備を進めていきます。
 本データベース内の情報は、生態系管理、水質管理の研究及び応用現場での活用が期待されます。例えば、池などの水を採取して、その中に含まれる生物の破片などのDNAを分析することによりその環境の生物相を調べる技術(環境DNA)などにも利用できると考えられます。
 また、ユスリカは、河川・湖沼や工場などで大量発生する害虫としての側面もあるため害虫防除などの分野でも活用できると考えられます。さらに、最近は学校教育の場でDNA配列分析技術と知識の活用が進められていることから、教育の場での利用も期待されます。

5. データベース

ユスリカ標本DNAデータベース
http://www.nies.go.jp/yusurika/index.html

6. 共同研究者

信州大学繊維学部        平林公男  教授
広島大学生物圏科学研究科    河合幸一郎 教授
国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター 
                フェロー  高村健二
                主任研究員 上野隆平
                主任研究員 今藤夏子

7. 問い合わせ先

独立行政法人国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター
高村 健二
電話:029-850-2470
E-mail: takaken(末尾に@nies.go.jpをつけてください)

8. 参考文献

(1)Wiederholm T. (1980) Use of benthos in lake monitoring. Journal of the Water Pollution Control Federation, 52, 537-47.
(2)Sasa M,, Yasuno M., Ito M., Kikuchi T. (1980) Studies on chironomid midges of the Tama River. Part 1. The distribution of chironomid species in a tributary in relation to the degree of pollution with sewage water. Res. Rep. NIES, 13, 1-8.
(3)安野正之、岩熊敏夫、菅谷芳雄、佐々学(1983)日本の各種栄養段階にある湖沼の底生動物−特にユスリカについて、環境科学研究報告集B182-R12-17、21-48.
(4)Iwakuma T., Otsuki A. (1991) Role of chironomidd larvae in reducing rate of nutrient release from lake sediment: evaluation by a mathematical model. Verh. Int. Ver. Limnol., 24, 3056-3062.

写真1. 水質汚濁が進んだ湖に特徴的なアカムシユスリカ(左:オス、右:メス)
平均体長(頭部前縁から腹部末端までの長さ)は8~9.5mm。

写真2. アカムシユスリカの幼虫
霞ヶ浦や児島湖のような富栄養湖の指標種で、霞ヶ浦の場合11~3月に見られる。
体長は十分成長した終齢幼虫で2cm前後。


図1. 検索結果の1例(アカムシユスリカ)