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2018年8月6日

北極と南極の雪を赤く染める藻類の
地理的分布の解明

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、文科省記者クラブ、文科省科学記者会、山梨県政記者クラブ、静岡県社会部記者室、三島記者クラブ、千葉県政記者クラブ、北海道教育庁記者クラブ同時配付)

平成30年8月3日(金)
 国立大学法人 山梨大学
 国立研究開発法人 国立環境研究所
 国立大学法人 千葉大学
 大学共同利用機関法人 国立極地研究所
 国立大学法人 北海道大学
 学校法人 東京農業大学
 大学共同利用機関法人 国立遺伝学研究所
 

   山梨大学総合分析実験センター 瀬川高弘助教、国立環境研究所 松崎令JSPS特別研究員、千葉大学理学部 竹内望教授らの研究グループは、国立極地研究所 秋好歩美技術専門員、北海道大学低温科学研究所 杉山慎教授、東京農業大学 米澤隆弘准教授、国立遺伝学研究所 森宙史助教とのチームと共同で、世界各地の雪氷環境に生息する雪氷藻類※1に対して遺伝子解析を行い、特定の藻類種が北極と南極の両極から共通で検出されること、またそれらは現在も分散、交流している可能性があることを明らかにしました。

1.概要

   雪氷藻類は、融解期の雪氷上で繁殖する光合成微生物で、世界各地の氷河や積雪上に広く分布しています。雪氷藻類の多くは緑色の藻類(緑藻)に分類されていますが、雪氷上の強光によるDNAの損傷を防ぐために、細胞内にアスタキサンチンなどの赤い色素を貯め込むので、高密度に繁殖すると雪が赤く染まったように見えます(図1)。この現象は「赤雪」と呼ばれ、日本をはじめ南極から北極まで世界各地の積雪でみることができますが、優占する藻類細胞はほとんど休眠胞子で、どこの赤雪でもほぼ似たような色とサイズであることから(図2)、顕微鏡で観察しても正確な種同定は難しいことが知られています。
   氷河や積雪といった雪氷圏は、極域や高山にそれぞれ地理的に独立して分布していることから、距離的に離れた各地の雪氷藻類が同一種なのかどうかは興味深い問題です。近年の研究から、北極域ではどこでも同じ種類の雪氷藻が分布していると信じられてきました。しかしながら、北極と南極の両極の赤雪試料を用いて、より解像度の高い手法による遺伝子分析を実施した結果、大部分の藻類は南極もしくは北極のどちらかに分布し、北極域においても特定の地域または氷河からのみ検出される事が分かりました。さらに、ごく一部の系統の藻類が両極に分布し、このようなタイプの藻類が積雪や氷河上で多くの割合を占めている事も示しました。本研究は,微生物の全球的な分散や、多様な微生物たちが相互作用する生態系を理解する上で、重要な知見になると期待されます。
   本研究成果は、Nature Communications 誌に掲載されます(日本時間平成 30 年 8 月 6日午後 6 時 オンライン版掲載予定)。

2.背景

   赤い色素を細胞内に貯め込んだ雪氷藻類が残雪や氷河上で増殖することによって引き起こされる「赤雪」現象は、日本をはじめとした世界各地の山岳地帯や極域などで見られます(図1、図2)。このような現象は、古くは紀元前のアリストテレスの時代から知られており、19世紀の博物学者ダーウィンのビーグル号航海記でも、アンデス山脈で靴底を真っ赤に染める赤い雪氷藻類に出会ったことが印象的な出来事として記されています。
   雪氷藻類の一般的な生育温度は1~5℃程度の低温環境であり、積雪や氷河上に生息する他の従属栄養生物へ有機物を供給する一次生産者として、氷河や積雪の生態系で重要な役割を果たしています。雪氷藻類の多くは緑色の藻類(緑藻)に分類されていますが、増殖の過程でアスタキサンチンなどのカロテノイド色素を合成して細胞内に貯め込むので,高密度に繁殖すると雪が赤色に見える原因となります。雪氷上は強光であるため、細胞内に蓄積されたカロテノイド色素でサングラスのように紫外線をカットし、DNAの損傷を防ぐと考えられています。また,赤雪は残雪や氷河表面の太陽光反射率を減少させ、それらの融解を促進しているという研究結果が近年報告されており、雪氷藻類が地球環境に大きな影響を与えていることも示唆されています。
   雪氷上の生態系の理解、および生物を介した氷河や積雪の融解過程を理解する上で、雪氷藻類の正確な種分類と、それぞれの種の繁殖および分散過程を理解することは必要不可欠です。赤雪に優占する雪氷藻類は、主に野外サンプルの形態観察から緑藻クラミドモナス属や緑藻クロロモナス属などの種として分類されてきました。しかしながら、実際に赤雪中にみられる藻類細胞はほとんどが休眠胞子で形態的にもよく似ており(図2)、顕微鏡で観察しても種同定は困難です。一方、18S rRNA遺伝子※2や光合成に関わるルビスコ遺伝子の塩基配列データを用いた分子系統解析は、雪氷藻類がその形態から推測される属とは異なる、様々な系統に属することを示唆しました。加えて、氷河や積雪といった雪氷圏は、極域や高山にそれぞれ地理的に独立して分布していることから、距離的に離れた場所の雪氷藻類は同種なのか違うのか、またそれぞれの地域の雪氷藻類はどこから来るのか、どのくらいの距離を分散可能なのか、分かっていませんでした。

赤雪の写真の1枚目
図1 赤雪の写真
アラスカで観察された赤雪現象。
赤雪の写真の2枚目
赤雪を構成する主な雪氷藻類の画像
図2 赤雪を構成する主な雪氷藻類
赤い色素をもった雪氷藻類の増殖により、雪が赤く染まる。

3.研究成果

   北極および南極から採取した複数の赤雪試料からDNAを抽出し、PCR法で18S rRNA遺伝子とITS2領域※3をそれぞれ増幅後に塩基配列を解読し、配列情報を使って系統解析を行いました。ITS2領域の比較解析に基づいて種を識別した結果,南極と北極の赤雪には少なくとも緑藻綱13種とトレボウクシア藻綱9種からなる、全部で22種の藻類が含まれていると推定されました。これら22種のうち、15種は北極もしくは南極のみに存在するものでしたが、今回解析によって得られた配列データの6%しか占めないマイナー種であることが分かりました。一方、残りの7種は解読した塩基配列の94%を占め、北極および南極の両極から検出されました。今回の種分類は進化速度の速いITS2領域に基づくことから、この7種は現在も両極の集団間で交流、分散していると考えられました。
   さらに、ITS2領域の塩基配列が100%一致している完全一致配列を探査した結果、全部で64047種類の完全一致配列が見つかりました。これらの完全一致配列のほとんどは特定の地域または氷河のみに存在し、南極もしくは北極のどちらかに分布する事が分かりました(図3)。一方、今回解析した両極の全ての地域(南極および北極域のスヴァールバル諸島、グリーンランドおよびアラスカ)から検出された完全一致配列は912種類でした。この912種類の配列が全ての種類の完全一致配列に占める割合(種類数に占める割合)は1.4%で、地域別にみても3-9%と低頻度でした。しかしながら、912種類の完全一致配列が全塩基配列数に占める割合(≒全個体数に占める割合)は平均で37.3%と、高い割合である事が明らかとなりました(図4)。従って本研究から、雪氷藻類の限られた系統が全球に共通して分布しており、現在も分散、交流していること、また、そのような藻類が赤雪上では優占していることが示唆されました。

各地域間の微生物—微生物ネットワーク図の画像
図3 各地域間の微生物—微生物ネットワーク図
雪氷藻類の完全一致配列は、ほとんどが地域固有のものであり、地域間で共通する配列は少なかった。完全一致配列(点)につながった線の色が、その配列が検出された地域を示している。図中の矢印が全ての地域から検出された完全一致配列。
両極から検出された雪氷藻類の割合を表した図
図4 両極から検出された雪氷藻類の割合
完全一致配列の多くは特定の地域のみに存在するエンデミックなものであり(平均55.1%)、両極から検出された(=コスモポリタンな)完全一致配列(912種類の配列)が全ての完全一致配列に占める割合は、地域別で3-9%(平均1.4%)と低頻度だった(図A)。一方、コスモポリタンな完全一致配列(912種類の配列)が全塩基配列数に占める割合は平均で37.3%と高く(図B)、限られた系統の雪氷藻類が全球に共通して分布しており、それらが赤雪上では優占していることが明らかとなった。

4.今後の展開

   微生物の分散の研究は、1930年代にバース=ベッキング博士が提唱した、"Everything is everywhere, but the environment selects"の仮説(環境要因が選択しなければ、すべての微生物がどこにでもいる)以来、長年論争が続いていました。近年の分子データから、微生物の種にも、世界中のどこにでも生息するコスモポリタン種と、分布域が特定の地域に限られるエンデミック種がいることが示唆されていましたが、それぞれの分散過程については、よく分かっていませんでした。本研究によって、赤雪上には雪氷藻類におけるコスモポリタン種とエンデミック種の両者が生息しており、コスモポリタン種は地球上の両極を分散し、交流している可能性が示唆されました。今後、地球温暖化の影響が大きい中低緯度のサンプルを加えて全球レベルでの定量評価を行うことにより、多様な微生物が相互作用する生態系の系全体への理解が明らかになると期待されます。

5.問い合せ先

<研究に関する問い合せ>
   国立大学法人 山梨大学 総合分析実験センター
   瀬川高弘 E-mail: tsegawa@yamanashi.ac.jp

   国立大学法人 千葉大学 理学部地球科学科
   竹内望 E-mail: ntakeuch@faculty.chiba-u.jp, Tel: 043-290-2843

<報道に関する問い合わせ>
   国立大学法人 山梨大学 総務部総務課広報企画室
   Tel: 055-220-8006, Fax: 055-220-8799
E-mail: koho@yamanashi.ac.jp

   国立大学法人 千葉大学 企画総務部渉外企画課広報室
   Tel: 043-290-2018, Fax: 043-284-2550 E-mail: bag2018@office.chiba-u.jp

6.発表論文

Takahiro Segawa*, Ryo Matsuzaki, Nozomu Takeuchi, Ayumi Akiyoshi, Francisco Navarro, Shin Sugiyama, Takahiro Yonezawa, Hiroshi Mori (2018) Bipolar dispersal of red-snow algae phylotypes. Nature Communications. *責任著者
掲載 URL: http://www.nature.com/ncomms
※ 下線で示した著者が国立環境研究所所属です。

7.用語解説

(※1)雪氷藻類
雪氷上で繁殖する光合成微生物には真核生物の藻類と原核生物のシアノバクテリアが知られており,前者を雪氷藻類と呼ぶ.雪氷藻類は世界各地の氷河や積雪上に広く分布し,1~5℃程度の低温環境でも生息可能な極限環境微生物である.

(※2)18S rRNA遺伝子
細胞内でタンパク質やペプチド鎖の合成を行っているリボソームは大小2つのサブユニットからなり,どちらもタンパク質とリボソームRNA(rRNA)から構成されている.真核生物では,小サブユニットを構成するリボソームRNAの遺伝子を18S rRNA遺伝子と呼ぶ.リボソームRNA遺伝子は配列の保存性が高く,遠縁の生物同士でも配列の比較が可能であることが知られている.

(※3)ITS2領域
真核生物のリボソームRNA遺伝子において,18S,5.8S,28Sの各リボソームRNAをコードする遺伝子の間に存在するスペーサー領域をInternal Transcribed Spacers(ITS)領域と呼び,5.8Sと28S rRNA遺伝子の間をITS2と呼ぶ.進化速度が18S rRNA遺伝子よりも速いため,種間や種以下などの詳細な分類階級の類縁関係を調べるのに適している.