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2020年9月10日

共同発表機関のロゴマーク
霞ヶ浦流域の大気中アンモニア濃度分布を初調査 湖面沈着量も推計
冬季に濃度高い傾向 富栄養化対策に継続的観測を

(文部科学記者会、科学記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、茨城県政記者クラブ、筑波研究学園都市記者会、京都大学記者クラブ同時配布)

令和2年9月10日(木)
茨城大学
国立環境研究所
気象研究所
京都大学
森林総合研究所
 

   茨城大学大学院農学研究科大学院生の久保田智大氏(論文執筆当時/現・日本原子力研究開発機構所属)、茨城大学の堅田元喜講師(論文執筆当時/現・一般財団法人キヤノングローバル戦略研究所主任研究員 兼 茨城大学特命研究員)をはじめとする茨城大学、国立環境研究所、気象研究所、京都大学、森林総合研究所などによる研究グループが、茨城県の霞ケ浦流域における調査により、同流域の大気中アンモニア濃度が季節風の影響によって空間的に不均一となり、とくに冬季に高くなることを明らかにしました。
   流域の農業・畜産に由来する養分(窒素やリン)の河川などを通じた湖沼への流入が進むと、湖沼のアオコなどが発生しやすくなる富栄養状態となることから、茨城県霞ヶ浦流域でも窒素化合物の流入を減らすためのさまざまな対策が行われてきました。しかし、この他にも、大気を介した窒素流入プロセスとして、大気中アンモニア(NH3)などの反応性の高い窒素化合物が植物の葉や湖沼水面に吸着・吸収(沈着)することが知られていますが、その実態は国内ではほとんど調査されていませんでした。
   そこで研究グループは、霞ヶ浦流域の36地点に大気サンプラーを設置し、そのうち17地点で最長1年4か月にわたって大気中アンモニア濃度を観測しました。その結果、夏季よりも冬季に農地と湖上で大気中アンモニア濃度が増大するという結果が得られました。アンモニアの排出源である農地や堆肥舎からは、通常、夏季に揮発しやすいと考えられていましたが、この結果はその従来からの知見を覆すものです。日本の特徴ともいえる秋から冬にかけての農地への堆肥散布と、北寄りの季節風によって高濃度の大気中アンモニアが霞ヶ浦の湖上に流されたことが要因と考えられます。
   今回の成果は、湖沼の富栄養化の対策のために、大気中アンモニアの揮散と移流をモニタリングする必要性を示すものです。こうしたモニタリングは、霞ヶ浦に留まらず、アジア諸国でも農業活動によるアンモニア排出源が主であることから、これらの地域での農業生産と湖沼環境の保全を両立する上で重要なものといえます。
   この成果は、2020年8月26日(preprint版は同14日)、大気環境科学分野の学術雑誌Atmospheric Environmentにオンライン掲載されました。
 

背景

   湖沼の水質の一因子である窒素化合物は、人間活動と深く関係しています。農業などに伴い窒素化合物の一形態である硝酸イオン(NO3−)が土壌に流入すると、河川や地下水を通じて湖沼へと流れ込みます。さらに、大気を通じた窒素の供給源として、畜舎・堆肥舎や肥料散布などによりアンモニア(NH3)が大気中に揮散(排出)し、雨水に取り込まれて陸上に落下する湿性沈着やガスとして湖沼の表面まで運ばれ吸収される乾性沈着も知られています。アンモニアの沈着は、生物の必須元素である窒素化合物の供給源として本来有益ですが、湖沼のような閉鎖水域に過剰に供給されると植物プランクトンが異常に繁殖し、アオコ(水の華)の発生などにつながる場合があります。
   したがって、日本の代表的な湖沼では、水質保全のために湖沼と流入河川の水質のモニタリングが古くから行われてきましたが、大気から湖沼への窒素化合物の流入量の推計に必要な大気中アンモニア濃度の観測例はほとんどありません。大規模な農地や畜舎などを有する茨城県も例外ではなく、大気へと排出されたアンモニアが湖沼にいつ、どこで、どの程度沈着するかという基礎的な知見が不足していました。
   そこで本研究では、日本で2番目に大きな湖である霞ヶ浦を含む流域において、初めて大気中アンモニア濃度の多地点・長期モニタリングを実施し、霞ヶ浦への大気中アンモニアの沈着量を試算しました。

研究方法

   霞ヶ浦流域の主たる大気へのアンモニア排出源は農業・畜産系ですが、その排出量は南北方向に大きく偏っています(図1)。そこで、茨城県の住宅地・森林・農地・湖上などの36地点(図1)に拡散型パッシブサンプラーを設置し(図2)、そのうち17地点では最長で1年4ヶ月間サンプラーの回収・交換を継続して、イオンクロマトグラフィーを用いて月平均アンモニア濃度を定量しました。そして、その結果と各所属機関の保有する地上気象データと比較・解析しました。また、自動採取装置により流域内4地点の雨水を採取し、アンモニウムイオン(NH4+)の月積算湿性沈着量を測定しました。

霞ヶ浦流域におけるアンモニア排出量の推計マップ(EAGrid2000データセット)とサンプリング地点の図
図1 霞ヶ浦流域におけるアンモニア排出量の推計マップ(EAGrid2000データセット)とサンプリング地点
北浦湖心に設置した拡散型パッシブサンプラーの写真
図2 北浦湖心に設置した拡散型パッシブサンプラー

結果

   観測期間中の土地利用別の月平均アンモニア濃度は、農地、湖、住宅地、森林の順に高くなっていました(図3)。また、特に排出量が大きい霞ヶ浦の北部(図1)を含む農地や湖では、大気中アンモニア濃度が冬季に最大となることがわかりました。これは、高温によってアンモニアの揮散速度が増加することから夏季の濃度が高くなるという当初の想定を覆すものです。気象データの解析により、冬季の大気中アンモニア濃度の上昇は、北寄りの季節風に伴う風下側への移流が原因であるとわかりました。この移流の影響は、10km以上下流の霞ヶ浦中心部まで及んでおり、同じ流域の内部で、湖沼と隣接する畜産地帯との間に大気を介した循環(揮散・移流・沈着)が生じている可能性が示されました(図4)。
   また、2018年10月から2019年9月の霞ヶ浦(西浦)の湖面への大気中アンモニアの月積算乾性沈着量を試算したところ、窒素量に換算して9 kg ha−1を超えており降水の少ない冬季には湿性沈着を上回ることがわかりました。霞ヶ浦北部の畜産地域では大気中アンモニアはさらに高濃度であり、乾性沈着量はより大きいと考えられ、それらの一部が河川を通じて湖沼へと流入している可能性もあります。

今後の課題と展望

   本研究では、複数の研究教育機関の協働はもとより、県民による調査場所の提供やサンプリングへの協力により、湖沼流域における大気中アンモニア濃度の空間分布と季節変動の多地点モニタリングを初めて実現しました。今後のさらなる実態把握には、大気汚染の監視や湖沼の水質保全対策を目的とした国や自治体を中心としたモニタリングネットワークの構築が必要です。本研究で得られた知見は、モニタリング地点の適切な選出に役立つと考えられます。
   また、大気中アンモニア濃度は冬季に濃度が最大になるという従来の想定を覆す結果が観測され、濃度上昇の際に沈着して窒素を湖沼に供給している可能性が示されました。霞ヶ浦では、夏季を中心に発生するアオコだけではなく、冬季にもカビ臭の原因となる植物プランクトンの増殖が問題となることがあります。冬は降水量が少なく湿性沈着などの負荷が小さいため、植物プランクトンの栄養源として乾性沈着の重要性は相対的に高くなります。今後、その影響を評価するために湖沼に流入する窒素化合物の量を定量化していくことが重要です。また、湖沼の水質保全の戦略の見直しが求められるかもしれません。まずは、堆肥散布時,堆肥製造時,家畜ふん尿処理時などのアンモニア揮散の実態を把握する必要があります。そこで,各過程で揮散アンモニアを回収し有効利用する新たな技術開発を検討しています。そのような技術確立が、流域への環境負荷と窒素化合物の製造に伴うエネルギー消費の両方を抑える新たな農業・畜産生産体系を作り出すことになります。
   農業・畜産系は、アジア諸国で最大のアンモニア排出源の一つです。本研究をきっかけに様々な流域で大気中アンモニアの調査が行われ、現象のさらなる理解と対策が進むことが期待されます。

観測期間中の大気中アンモニア濃度の月平均値の季節変動(土地利用別に平均)を表した図
図3 観測期間中の大気中アンモニア濃度の月平均値の季節変動(土地利用別に平均)
本研究で考えられる冬季のアンモニア揮散・移流・沈着の概念図
図4 本研究で考えられる冬季のアンモニア揮散・移流・沈着の概念図

論文情報

タイトル:Role of advection in atmospheric ammonia: A case study at a Japanese lake basin influenced by agricultural ammonia sources
「移流の重要性:農業系アンモニア揮散の影響を受けた霞ヶ浦流域における事例研究」

著者:Tomohiro Kubota, Hisao Kuroda, Mirai Watanabe, Akiko Takahashi, Ryoji Nakazato, Mika Tarui, Shunichi Matsumoto, Keita Nakagawa, Yasuko Numata, Takao Ouchi, Hirobumi Hosoi, Megumi Nakagawa, Ryuichiro Shinohara, Mizuo Kajino, Keitaro Fukushima, Yasuhito Igarashi, Naohiro Imamura, Genki Katata

久保田智大(茨城大学大学院農学研究科修士課程[論文執筆当時]、現・日本原子力研究開発機構所属)【筆頭著者】
黒田久雄(茨城大学農学部)
渡邊未来(国立環境研究所・地域環境研究センター 土壌環境研究室)
高橋晃子(国立環境研究所・地域環境研究センター 土壌環境研究室)
中里亮治(茨城大学地球・地域環境共創機構水圏環境フィールドステーション[旧・広域水圏環境科学教育研究センター])
樽井美香(茨城大学地球・地域環境共創機構水圏環境フィールドステーション[旧・広域水圏環境科学教育研究センター])
松本俊一(茨城県霞ケ浦環境科学センター[論文執筆当時]、現・茨城県県西県民センター所属)
中川圭太(茨城県霞ケ浦環境科学センター[論文執筆当時]、現・茨城県県南県民センター所属)
沼田康子(茨城県霞ケ浦環境科学センター[論文執筆当時]、現・茨城県企業局水質管理センター所属)
大内孝雄(茨城県霞ケ浦環境科学センター)
細井寛文(茨城県霞ケ浦環境科学センター[論文執筆当時]、現・茨城県県民生活環境部環境政策課所属)
中川惠(国立環境研究所・生物・生態系環境研究センター 生物多様性資源保全研究推進室)
篠原隆一郎(国立環境研究所・地域環境研究センター 湖沼・河川環境研究室)
梶野瑞王(気象研究所・全球大気海洋研究部・第三研究室)
福島慶太郎(京都大学・生態学研究センター)
五十嵐康人(京都大学・複合原子力科学研究所・放射線管理学分野)
今村直広(森林総合研究所・立地環境研究領域・土壌特性研究室)
堅田元喜(茨城大学地球・地域環境共創機構[旧・地球変動適応科学研究機関][論文執筆当時]、現・キヤノングローバル戦略研究所 兼 茨城大学)【責任著者】

雑誌:Atmospheric Environment
公開日:2020年8月26日オンライン公開
         ※preprint版:2020年8月14日公開、紙媒体:2020年12月15日発行予定
DOI:10.1016/j.atmosenv.2020.117856

本件に関するお問い合わせ先

<研究内容について>

茨城大学特命研究員 堅田 元喜

<報道関係のお問い合わせ>

茨城大学 広報室(担当:山崎)
TEL:029-228-8008 TEL:029-228-8019
E-mail:koho-prg@ml.ibaraki.ac.jp

国立環境研究所 企画部広報室
TEL:029-850-2308
E-mail:kouhou0@nies.go.jp

気象研究所 企画室
TEL:029-853-8535
E-mail:ngmn11ts@mri-jma.go.jp

京都大学 国際広報室
TEL:075-753-5729 FAX:075-753-2094
E-mail:shimizu.tomoki.7z@kyoto-u.ac.jp

森林総合研究所 企画部広報普及科広報係
TEL:029-829-8372 FAX.029-873-0844
E-mail:kouho@ffpri.affrc.go.jp

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