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衛星モニタリングを活用した長江流域の水資源管理にむけて

シリーズ重点特別研究プロジェクト:「東アジアの流域圏における生態系機能のモデル化と持続可能な環境管理」から

村上 正吾

研究の背景

 東アジア地域は太平洋に面することで日本と海を通じて密接な関係を持っています。この地域での数千年にわたる水田稲作に代表される農業活動は,ごく最近まで,地域の自然環境と調和したものでした。しかしながら,近年の急激な人口増加に伴う大規模な農業開発,急速な工業化と一極集中化する大規模都市化などにより,自然環境と人間活動との均衡が崩れつつあります。たとえば,長江流域圏では,三峡ダム築造,長江から黄河への大規模導水(南水北調)という形で,21世紀の中国の社会経済的発展を支える大開発が進められております。サブグローバルな意味で日本は海を介し長江流域の末端に位置するともとらえられることから,この流域における環境の変化は日本にも大きな影響があるものと予測されます。以上のような背景をもとに,本プロジェクト研究は東アジア地域の持続的発展を支える流域圏生態系機能を活用した技術体系の基礎となるモニタリング技術,環境情報システム構築技術,水・物質の流域内動態モデル,持続可能な農業活動技術,大規模流域改変の生態系への影響評価技術等を作ることを目的として,(1)衛星データを利用したアジア・太平洋地域の統合的モニタリング(2)長江・黄河の水循環変化による自然資源劣化の予測と影響評価(3)東シナ海の長江経由の汚染・汚濁負荷の動態と生態系評価(4)海域・沿岸域環境総合管理の4つを基本課題として,調査・研究を進めています。ここでは(1),(2)を統合化することによる長江中流域での水資源管理の一例として,長江中流域での降雨流出についての研究状況を報告します。

衛星モニタリングの概要

 2001年より開始されたアジア・太平洋 環境イノベーション戦略(APEIS)プロジェクトの目的の1つである持続可能な開発のための革新的政策の立案を目的とした科学的インフラ整備のため, MODIS衛星を用いた統合環境モニタリングを開始させ,国立環境研究所(NIES)と中国科学院地理科学与資源研究所(IGSNRR)の主導の下,シンガポール,オーストラリアの4ヵ国の研究機関が参画した共同観測体制を確立させました。これを基礎にアジア-太平洋全地域をカバーする4つのTerra-MODIS衛星データ受信ステーション,5つの地上モニタリングステーションおよび2つのデータ解析センター(IGSNRRとNIES)より構成される環境モニタリングネットワークを作り上げました。具体的なモニタリングの対象は,陸域における土地被覆状態・土壌侵食・水循環・自然災害・農業生産量等です。得られたMODISデータを検証するため,中国国内における様々な陸域生態系から代表的な草地,灌漑農地,水田,森林,砂漠化地域の5つの植物生態系に観測サイトを設置し,気象,水文,土壌水分,植生等に関する基礎データを収集しています。

 環境劣化の例として長江中流域にある洞庭湖の縮小化があげられます。近年,洞庭湖では長江本流と支流からの土砂流入によって湖底が上昇し,湖面が急速に縮小し,その洪水貯留機能が低下し,長江の中・下流域に洪水を頻発させ,中国における大きな環境問題となっています。ところで,衛星データは地理情報システムGIS(GISについては,9頁からの記事も参照)上で他の環境情報と統合化されることで環境の変化がより鮮明に認識可能となります。たとえば,図1はNOAAやMODISの衛星データと数値標高データを用いて,東洞庭湖の水面および貯水堆積を推定した結果で,近年の洞庭湖の縮小化を明確にとらえています。洪水対策,周辺地域の農業活動の維持を考える上で,常に洞庭湖の貯水位,貯留量を知っておく必要がありますが,これを実際の洪水防御対策に生かすためには,降雨による上流域からの洪水の伝播,洞庭湖と長江との水のやり取りについての詳細な情報が必要となります。

観測例の図
図1 衛星モニタリングによる洞庭湖の貯水容量変化の観測例

衛星データを利用した流出水文に関する研究

 長江流域の水資源管理のためには,農地(主に稲作地)への灌漑に代表される人間の社会経済活動に伴う水利用やダム建設に伴う洪水制御等,様々な要素を考慮した流域水文モデルが必要となります。本プロジェクトでは水文モデルとして,統合型流域環境管理モデルであるHSPF(Hydrological Simulation Program - FORTRAN)に組み込まれているStanford Watershed Modelを採用しました。長江流域の膨大な環境情報を地理情報システム(GIS)を用いてHSPFに入力容易なデータベースに変換,構築し,水文モデルの妥当性を計算結果と観測値の比較により検証してきました(環境研ニュースVol.20,No.5にて紹介)。この時の水文モデルはモンスーンアジア地域の特徴を端的に表す水田灌漑農業についての詳細なモデルを組み込んではいませんでした。しかしながら,自然系の水循環に及ぼす水資源利用に伴う人工系水循環が果たす役割の大きさから詳細な水田モデルが求められることになりました。また,長江流域固有の地形特性や土地利用形態がもたらす水動態を的確に表現する必要があることから,流域内の低平地帯における主な土地利用形態の一つである水田域の水文過程や,長江本流と中下流域にある巨大湖,洞庭湖や陽湖との間に生じる水理学的相互作用に基づく湖からの流入水量,それぞれを再現し得る要素モデルを開発しました。各々の要素モデルはそれ自体,観測値と比較することで,その妥当性を検証しました。次いで,これら要素モデルを既存の流域水文モデルへ組込んだ統合化を図り,長江流域全体を対象とする水動態シミュレーションを実施しました。特に,水田の役割を考慮することで,降雨時の直接流出事象の再現や実蒸発散量の算定の精度が著しく向上しました。さらに,中下流域の洪水氾濫現象に大きな影響を与える長江本流と洞庭湖及び陽湖における水理学的相互作用を表したサブモデルを開発し,水田サブモデル(図2(a))と合わせて既存の流域水文モデルへの統合を図りました。その結果を図2(b),図3に示します。従来型の水田の存在を考慮しないHSPFに比べて,水田モデルを組み込むことで7月初旬,8月下旬の降雨期における河川流量の再現性が改善されました。また,図3に示されるように,従来型のHSPFで見られる計算値と観測値との位相のずれ(6月下旬から7月,7月下旬,9月初旬に顕著)が,長江と洞庭湖との水のやり取りを考慮することで,かなり解消することができました。

モデルの図
図2 水田を考慮した降雨流出モデル
図2(a) 水田モデルの地表面水文過程での水収支
計算値と観測値のグラフ
図2(b) 水稲一期作テストサイトにおける1987年水稲栽培時の日平均河川流量計算値と日観測値との比較
比較のグラフ
図3 長江-洞庭湖連絡水道における日観測流量と日平均流量計算値との比較(地点:城陵磯)

 こうした河川流量を定量的に表現する数理モデルと,図1に示される衛星モニタリングによるほぼリアルタイムに近い環境情報とを融合することで,長江の水資源管理が可能になっていくと考えています。

(むらかみ しょうご,流域圏環境管理研究プロジェクト総合研究官)

執筆者プロフィール

近頃の生活目標:『日の出とともに活動,日の入りとともに安息。』