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環境リスク研究プログラム −環境リスクの解明に向けた健全な科学の探究−

【重点研究プログラムの紹介】

白石 寛明

 PCB(ポリ塩化ビフェニル)をはじめとするPOPs(残留性有機汚染物質)等の未処理の「負の遺産」,社会問題化したアスベスト問題,ナノ粒子等の生体影響,外来種等の人為的な環境ストレスによる生態系機能低下等,さまざまな環境問題はまだ解決しているとは言い難い状況にあります。人間活動がもたらす人の健康や生態系への影響はますます複雑化,多様化しています。化学物質,侵入生物などが人の健康や生態系に及ぼす深刻な影響を未然に防止するため,化学物質排出移動量届出制度の導入,「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」における生態影響評価制度の導入,土壌汚染対策法の成立等の関連法制度の整備,外来生物法の成立など,環境リスク評価に基づいた管理施策が導入されてきています。リスク評価を適切に行うことによって,リスク削減のために社会に過大なコストをかけることなく,しかも,感受性の高い集団への健康影響や影響を受けやすい生物や生態系の機能が切り捨てられたりすることのないように効果的なリスク管理ができるようにする必要があります。

 環境リスク研究プログラムでは,人の健康や生態系に及ぼす有害な影響を与える環境要因が実際にどの程度存在するのか,見過ごしている環境要因やそれによる悪影響についてさらに研究を進めることによって,人の健康や生態系に及ぼす環境リスクを包括的に評価できる手法を見いだし,環境影響の未然防止に貢献していくことを目的としています(図)。研究を中心とするプロジェクトに加えて,環境リスク評価に係わる手法や情報の体系的な整備を行い,これを用いてリスク評価を実施することや,わかりやすいリスク情報の提供もあわせて行います。未解明のリスクに関する研究ばかりでなく,環境リスクにかかわる情報の整備と提供を行うことによって,環境リスクに基づいた環境リスク管理施策の円滑な運用や環境に対する安全と安心の確保に貢献することが目標です。

 環境リスク評価には,さまざまな環境要因とそれらによる悪影響を考慮する必要がありますが,第2期中期計画では,化学物質,ナノ粒子,侵入生物,遺伝子組換え生物などの人の健康と生態系へ及ぼすリスクを中心に研究します。例えば,化学物質の環境からの曝露評価では,用途・使用形態に応じた評価の考え方,曝露の時間的,地域的特性についての評価を加味し,ハイリスク集団を見逃さない評価手法と評価の実施体制の整備が必要です。このため,製造・輸入,使用,リサイクル,廃棄に至るライフサイクル,非意図的な生成などそれぞれの過程からの排出の特性などを踏まえた段階的な曝露評価手法の構築を目指します。地理情報システム上で種々の化学物質環境動態モデルの階層的な総合化を行い,河川水や大気の化学分析とバイオアッセイを併用したモニタリングによるフィールド調査を併用して人間活動と化学物質の曝露との関係を把握できる手法を提案します。

 健康リスクの研究では,増加しつつあるアレルギー疾患等の疾病と環境要因の関係を感受性の観点から解明することを目指して,内分泌かく乱作用や生理,神経系及び免疫系への影響,環境におけるナノ粒子等の粒子・繊維状物質の生体影響等に関する知見をより一層充実させます。化学物質に対する人の感受性の発達段階による違いや累積的な刺激による変化に着目しつつ,内分泌系,神経系,免疫系およびその相互作用における有害性の評価手法の検討,胎児,小児,高齢者等感受性の時間的変動の程度や発達段階に応じた脳の発達障害など不可逆的な悪影響の解明,アトピー性皮膚炎モデルによる化学物質のアレルギー増悪影響の有無を検討します。ナノテクノロジーなど,社会や技術の発展に伴う新たな健康リスクに対応するため,ナノ粒子や繊維状・粒子状物質の肺組織透過性や細胞内への取込み機構,酸化能の定量化,呼吸器の免疫・炎症応答に及ぼす影響,ならびに循環機能に及ぼす影響を検討し,ディーゼルエンジン由来環境ナノ粒子やナノテクノロジーにより製造されるナノ材料の環境放出に伴う健康影響を明らかにします。

 生態系へのリスクについては,様々な保全目標に対応できる評価法を用意する必要があります。そこで,自然生態系を対象として,生物多様性消失と生態系機能低下等の評価尺度に応じた段階的な環境リスク要因の影響評価手法を開発することに主眼をおき,淡水生態系,内湾などにおいて野外調査を実施し,個体群,生物群集や機能群と環境因子との関係を検討し,有害な環境要因の抽出に努めます。また,侵入種については,候補種や寄生生物のリスト化とともにこれらの生物学的データを集積します。野外調査や野外・室内試験に加え,生態系影響評価手法の基礎になる形質ベース生物群集モデル,外来種や遺伝子組み換え生物と在来生物との遺伝的交雑の過程を解析する集団遺伝学モデルなど理論的な枠組みを作成することで,遺伝子レベル,個体群の減少, 生物多様性消失あるいは生態系機能低下等の評価尺度に応じて生態リスクを提示できるようにする計画です。

 以上の研究は,次の4つの「中核研究プロジェクト」の課題として実施されます。

  • 化学物質曝露に関する複合的要因の総合解析による曝露評価
  • 感受性要因に注目した化学物質の健康影響評価
  • 環境中におけるナノ粒子等の体内動態と健康影響評価
  • 生物多様性と生態系機能の視点に基づく環境影響評価手法の開発

研究プログラムの全体構成図(クリックで拡大表示)
図 環境リスク研究プログラムの全体構成

 中核研究プロジェクトに加え,環境政策における活用を視野に入れた基盤的な調査研究や知的基盤の整備を推進します。環境リスク研究プログラムにおける各プロジェクト間の情報交換,連携を図り,プログラムとして社会に向けて発信するため,社会統計情報,曝露評価データ等を総合的に蓄積する地理情報システムを知的基盤として整備します。この情報基盤には,化学物質動態モデル,化学物質データベース,生態系評価・管理のための流域詳細情報,侵入生物データベースなどの成果を統合し,研究の進展に応じて更新することで総合的な環境リスク評価の基盤としての機能をもたせます。膨大な数の化学物質の環境リスク評価の促進のため,生体試料中の化学物質の高感度・迅速分析法を開発し,モニタリングからの曝露量調査の新たな枠組みや生態影響評価のための新たな生態毒性試験法を提案すると共に,トランスジェニック動物,バクテリア,動物培養細胞等を活用して発がんリスクを簡便に評価するための基礎的研究,ゲノム情報,化学物質の毒性情報,メカニズム分類,疾患情報等からバイオインフォマティックス等の手法を活用して化学物質の有害性に基づく類型化手法の検討,生態毒性に関する構造活性相関モデル作成など既存情報を積極的に活用した評価手法の開発を進めます。

 環境リスク評価を実施する等,リスク管理政策に必要とされる実践的な課題に対応するため,「化学物質環境リスク評価オフィス」を環境リスク研究センター内に組織します。このオフィスでは,化学物質の毒性に関する知見の集積,内外のリスク評価等の動向の把握,情報の体系的な整備を行い,これらを活用してリスク評価の実施,環境リスクに関する情報・知識の正確でわかりやすい提供,環境リスクに関するコミュニケーションのための検討を行い,環境リスク管理施策の円滑な運用のための検討に活用されることを目標とします。

 第2期中期計画期間は,人の健康と生態系へ及ぼすリスクが中心的な研究課題となりますが,国環研が扱うべき多くの研究課題が環境リスクの問題を内包しています。「トキシコゲノミクスを利用した環境汚染物質の健康・生物影響評価法の開発に関する研究」や「侵入生物・遺伝子組換え生物による遺伝的多様性影響評価に関する研究」はその一端に過ぎませんが,本研究プログラムと密接に連携して研究を進める関連プロジェクトとして実施します。本研究プログラムの長期的な課題は,社会,経済に及ぼすリスクやリスク管理についてまで研究展開をはかり,人間社会と環境との本来あるべき望ましい関係を描くことです。しかし,これは環境リスク研究プログラムのみならず研究所全体で研究すべき非常に大きな命題であります。環境リスク研究プログラムでは,長期的な課題への研究面からの足がかりが得られるように,所内外の連携を考慮しながら今期の課題を遂行していく予定です。

(しらいし ひろあき,環境リスク研究センター長)

執筆者プロフィール:

研究所内で7度目の引越しを漸く済ませて,ダンボールに囲まれながら,さまざまな後片付けに追われつつ,GWを過ごしています。自宅から最短にもかかわらず最も通勤時間のかかる「環境リスク研究棟」に常駐することになったので,この環境にどう対応するかが個人的には当面の課題。