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河川の汚染状況をバイオアッセイで調査する −中核研究プロジェクト1 「化学物質曝露に関する複合的要因の総合解析による曝露評価」 から−

【シリーズ重点研究プログラム: 「環境リスク研究プログラム」 から】

白石 不二雄

 日本の河川の汚濁は,十数年前に比べて水質汚染の指標の一つであるBOD(生物化学的酸素要求量)の調査では大きく改善されてきたと言われています。また,法律の規制対象となっている化学物質の濃度も減少しており,濃度の減少している規制対象化学物質の分析では河川の汚染を把握することは難しくなってきております。一方,社会生活にとって必要な多種多様な化学物質が現在も工場や家庭で大量に使用されており,廃水処理工程で分解されないものや処理工程で生成された物質が河川や海域に放流されています。そして,それら化学物質のひとつひとつの実在濃度レベルに水生生物が曝露(注)物質にさらされること)されたとしても何ら影響を受けないかも知れません。しかしながらそれぞれは無影響の低濃度でも多種多様な化学物質を含む河川水に曝露された場合,何らかの影響を受けるかも知れません。本研究では,多種多様な化学物質を含む河川水に曝露された生物が受ける様々な影響を予測するために開発された,簡便に計測できるin vitro (試験管内)バイオアッセイ(生物検定)手法を用いて,全国の河川水の環境調査手法を確立することを目的としています。本報告では調査に用いる試料の調製法とin vitro バイオアッセイ法について説明し,昨年度の調査結果を簡単に紹介したいと思います。

調査に用いる試料調製法とin vitroバイオアッセイ

 現在,我が国の河川の多くは,河川水をそのまま水生生物に数日間曝露するだけでは顕著な影響は認められません。そのため,潜在的な生物影響(毒性)を把握するためには河川水に含まれる化学物質の抽出と濃縮といった操作(前処理)を行い,試験(バイオアッセイ)を行う必要があります。河川水などからの有機化学物質の抽出には,かつてはジクロロメタンなどの非水溶性有機溶媒(以下,有機溶媒という)を用いて水中の有機化学物質を有機溶媒に移動させた後,有機溶媒を濃縮する前処理法が行われてきました。しかしながら,この抽出法は有機溶媒を大量に使うことや煩雑であるため多検体の処理に適さないなどの理由から,今日では特殊な人工合成固形物粒子に水中の有機化合物を吸着させ,吸着した物を少量の有機溶媒で抽出する迅速で簡便な固相抽出法という前処理法が用いられるようになっています。河川水の前処理法としては,採取した河川水を1リットルずつ,固相を取り付けた膜を通過させ,固相に汚染有機化学物質を付着させた後,少量の有機溶媒で抽出します。抽出した有機化学物質はさらに別種の固相を充填した筒を通し,吸着した物質を通過させる有機溶媒の種類をかえることで疎水性,中間,親水性の3種類に分けます。3種類の特性ごとに分けられた試料はそれぞれバイオアッセイを行い,それぞれの特性ごとに得られる活性の強さを比較評価することで環境を汚染している有機化学物質の大まかな推定も行うことができます。

 河川水の環境調査の検討に用いたin vitroバイオアッセイ法は,特徴的な生物影響に関する作用(活性)を評価できる高感度の試験法であること,多数の検体に適用できる迅速で簡便な試験法であることを主眼に選択しました。それらの中で水生生物への影響が危惧されている内分泌かく乱物質(いわゆる環境ホルモン)の評価の指標である受容体結合活性を調べることのできる受容体導入酵母アッセイ(本誌「環境問題基礎知識」を参照)と発ガンに関連する遺伝毒性試験法の一つである発光umu 試験法をバイオアッセイ法として採用することにしました。発光umu 試験法は,細菌を用いる遺伝毒性(変異原性)試験法の一つですが,汎用されているエームズ(Ames)アッセイに比べて,短時間(4時間)で測定できる迅速で簡便な試験法であり,多検体を調査するのに適しています。

 調査に採用した受容体導入酵母アッセイとしては,環境ホルモンで注目されましたエストロジェン(女性ホルモン)活性を検出するためのヒト・エストロジェン受容体α(hERα)を導入した酵母アッセイ(hER酵母アッセイ)とメダカ・エストロジェン受容体αを導入した酵母アッセイ(medER酵母アッセイ),また活性物質の過剰曝露が奇形を発現させることで危惧されているレチノイン酸受容体γ(RARγ)を導入した酵母アッセイ(RAR酵母アッセイ),肝臓の薬物代謝酵素の発現に関与し,重要な働きを担うアリルハイドロカーボン受容体(AhR)を導入した酵母アッセイ(AhR酵母アッセイ)の4種類を用いております。なお,エストロジェン活性の測定において,medER酵母アッセイは,生体内の活性物質である17β-エストラジオール(E2)関連物質より工業系化学物質や植物エストロジェンに対して強く応答する特徴があります。RAR酵母アッセイでは工業原料のアルキルフェノール類や発泡スチロールに含まれる不純物のスチレン二量体などが活性を示すことが明らかになっており,私たちの調査研究で,アオコなど藻類の発生している湖や河川水からも強い活性が検出されることがわかっています。一方,AhRは別名,ダイオキシン類受容体とも言われており,ダイオキシン類と強い結合活性を示すことで注目されましたが,ダイオキシン類以外にも排気ガスに含まれる多環芳香族炭化水素,ポリ塩化ビフェニール(PCB),植物に含まれる染料成分などが活性を示すことが知られています。

図 全国80河川水の各種受容体結合活性(2007年度)
図 全国80河川水の各種受容体結合活性(2007年度) (拡大表示)
試料は1番の北海道から右に,岩手県,宮城県,茨城県,群馬県,東京都,
長野県,静岡県,京都府,奈良県,鳥取県,福岡県,鹿児島県の順です。
(図中の説明)
・ATRA;all-trans-retinoic acid …RARの生体内リガンド(結合物質)。
・β -NF; β -Naphthoflavone … AhR と強い結合活性を示す物質の一つ。
・各グラフの赤い横線は河川水全体の平均値を示す。

2007年度の全国河川水の調査

 2007年度は全国の地方環境研究所10機関(+1大学)との共同研究のもと,13都道府県の80ヵ所の河川水について調査を行いました。図は2007年度に調査した全国80河川水の各種受容体導入酵母アッセイによる受容体結合活性を示したものです。活性値を縦軸に示し,横軸には採取した河川水を北海道から鹿児島県までの県別コード番号順に県ごとに色分けして示したグラフです。hER酵母アッセイによるエストロジェン活性は本来の活性物質であるE2濃度に換算して全国の平均が0.54ppt( 注)1ppt は10億分の1グラム/リットル)であるのに対して,隅田川や多摩川など東京都の河川水では10倍程度の高い活性値を示しています。東京都のほとんどの河川は上流に多くの下水処理場が存在するため,その排水が原因と推測されます。一方,medER酵母アッセイでは,上流に豆腐の加工工場がある長野県の角川や製紙工場のある北海道の竜神川,静岡県の沼川などが高い活性値を示しております。豆腐の原料であるダイズには植物エストロジェンが含まれていますので,それを含んだ排水が河川に流れ込んだものと推測されます。また,製紙工場排水には古紙から溶出したビスフェノールAなどエストロジェン様化学物質が含まれていることもわかっております。RAR酵母アッセイでは茨城県の十王川や桜川が高い活性を示しておりますが,これらは河川の藻類から溶け出たものと推測されます。AhR酵母アッセイにおいては,製紙工場排水が流れ込む竜神川や沼川,上流に廃プラスチックの燃焼工程排水が流入する宮城県の鉛川,染色工程の排水が流入する京都府の大谷川などが高い活性を示すことがわかりました。いずれも工場排水に由来する活性であることが推測されます。

 発光umu 試験では,東京都の荒川や隅田川,製紙工場排水の流入河川である竜神川や沼川,さらにはし尿処理場排水が流入する福岡県の尺岳川や熊添川などが高い値を示すことがわかりました。

 以上,複数の受容体導入酵母アッセイや発光umu 試験を用いる全国河川水のin vitro バイオアッセイによる環境調査への取り組みについて,主に調査手法を中心に紹介しましたが,ここで取り上げたin vitro バイオアッセイ法で検出できる作用(活性)はごく一部であり,化学物質が生物影響を引き起こす作用(毒性)はこれら以外に多種多様であることはいうまでもありません。また,採用したin vitro バイオアッセイで得られた活性値はどの程度の濃度で自然界(特に河川)に棲息する様々な水生生物に影響を与えているのかはほとんど解明されていないのが現状です。私たちは,まず,使用可能なバイオアッセイ手法を導入して河川水に含まれるさまざまな活性を示す化学物質の環境調査法を確立し,これまで用いられてきた河川の汚濁・汚染の指標のBOD測定や規制化学物質の機器分析では明らかにできない水生生物に影響を与える可能性のある化学物質の新たな評価手法の一つとして活用できるよう研究を進めていきたいと考えております。

(しらいし ふじお,環境リスク研究センター
環境曝露計測研究室長)

執筆者プロフィール

 国環研(旧;国公研)に入所してまもなく32年になります。入所以来,「光化学スモッグの生体影響」をin vitro のアッセイ法で評価するため培養細胞にガス曝露を行うバイオアッセイ法の開発に取り組んで現在まで,大気や水環境の様々な環境汚染物質の評価手法のためのin vitro の毒性試験法の開発に従事してきました。趣味;野良仕事,テニス。