“Growth and grazing of a heterotrophic dino-flagellate, Gyrodinium dominans, feeding on a red tide flagellate, Chattonella antiqua" Yasuo Nakamura, Yuichiro Yamazaki and Juro Hiromi: Marine Ecology Progress Series, 82,275-279 (1992)
論文紹介
中村 泰男
3年前に掲載された短い論文を,あえてニュ−スで紹介するには訳がある。すなわち,この論文は,「一部の好事家」の興味の対象でしかなかった『従属栄養性渦鞭毛虫』(heterotrophic dinoーflagellates)が,海洋生態系において重要な役割を果たしていることを示す一つのきっかけとなったからである。
海に漂う植物プランクトンが,どんな生物によってどれだけ食べられているかという問題は,海洋における元素の生物地球化学的な循環を明らかにする上で避けて通れぬ課題である。20年前までは,大型の(>200μm)動物プランクトン(コペポーダ;甲殻類)が植物捕食者の役割を担っていると考えられていたが,次第に,原生動物(微小動物プランクトン; 20~200μm)の植物プランクトン捕食者としての重要性が認識されるに至った。さらに,微小動物プランクトンの主要な構成者である繊毛虫については,現存量,摂食・増殖のダイナミクスが活発に研究されてきた。一方,微小動物プランクトン群集に占める『従属栄養性渦鞭毛虫』(赤潮の原因となる渦鞭毛藻から光合成色素が脱落したもの;以下HDFと略)の割合が,繊毛虫のそれと同程度,あるいはそれ以上であることも7年前に明らかとなった。しかし,HDFがどんな植物プランクトンをどれくらいの速さで食べるのかという,HDFの生態系での役割を知る上で必要不可欠な情報は,彼らの培養が難しいとされていた事もあって,完全に欠落していた。
1989年夏,瀬戸内海・家島諸島で海洋環境調査を行った際,赤潮が発生した。この赤潮は数日で消失したが,それに伴いHDFの一種であるGyrodinium dominansが爆発的に増加した。しかも,G. dominansの体内には赤潮生物が飲み込まれていた。このことに感銘を受けた筆者は,早速,海水を研究所に持ち帰り,赤潮生物を餌としてG. dominansの培養を試みた。すると,意外に簡単に培養の確立に成功し(当時はHDFの培養が難しいとされていることを知らなかった),ここに紹介する論文となった。
この論文で述べられている実験結果は極めて単純である。
(1) G. dominansはフラスコ内の赤潮生物 (G. dominansと同程度の大きさ!)を食べ尽くす。また,増殖は速やかで個体数は1日に3倍になる。
(2)G. dominansは赤潮生物を1日に約4個食べる。
(3)G. dominansは餌として取り込んだC,Nの約30%を体物質に変換している。
そして,これらの結果と,現場で得られたG. dominansの現存量をあわせる事で,
(a)G. dominansの赤潮生物捕食量はコペポーダによるものよりはるかに高く,赤潮を消滅させるのに充分である。
(b)G. dominansが自分と同程度の大きさの餌を好むことからも分かるように,「捕食者は自分の1/10くらいの大きさの餌を好む」という海洋生態学の常識は,HDFと植物プランクトンの間には成り立たない,という点を主張した。
我々の発表とほぼ同時に,海外でもHDFの培養に基づく研究が相次いで発表され,HDFは植物プランクトン捕食者として重要な働きを演じているという認識が広まりつつある。なお,我々はHDFに関する培養実験・現場調査を現在も継続中であり,これらの結果は投稿中である。機会があれば,これらも併せてニュ−スで紹介したい。
目次
- 小さな実践の積み重ねの大切さ巻頭言
- 環境健康研究への夢 −部長就任のご挨拶に代えて−論評
- 所内研究発表会報告
- 砂漠化と人間活動の相互影響評価に関する研究プロジェクト研究の紹介
- "Chemical Composition of the Winter Precipitations at Mt. Zaoh − Indication of the Transport of Soil Particles from the Asian Continent to Japan" Masahiro Utiyama, Motoyuki Mizuochi, Katsutoshi Yano and Tsutomu Fukuyama : Journal of Aerosol Research, Japan 7(1), 44-53 (1992).論文紹介
- 平成7年度地方公共団体公害研究機関と国立環境研究所との共同研究課題について
- 培養細胞を用いた化学物質の評価の試み −基礎細胞毒性値の評価指標としての有用性−研究ノート
- 平成7年度国立環境研究所予算案の概要について
- 主要人事異動
- 編集後記