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2024年4月17日

共同発表機関のロゴ
同位体モデルと精密観測によりメタンの「足あと」を辿ることが可能に
〜メタンの放出量削減には農業およびごみ埋立における対策も重要〜

(文部科学記者会、科学記者会、宮城県政記者会、東北電力記者クラブ、神奈川県政記者クラブ、立川市政記者会、筑波研究学園都市記者会、横須賀市政記者クラブ、青森県政記者会、むつ市政記者会、高知県政記者クラブ、沖縄県政記者クラブ、名護市駐在3社同時配付)

2024年4月17日(水)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人東北大学
気象庁気象研究所
国際応用システム分析研究所
国立研究開発法人国立環境研究所
大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所
コロラド大学
ユトレヒト大学

 

1. 発表のポイント

  • メタン放出の削減は短期的な温暖化の緩和に向けて非常に重要であり、近年活発化しつつあるメタン放出量の削減に向けた取組に資することを目的に本研究では部門別メタン放出量推定の精緻化に取り組んだ。
  • メタン(CH4)の放出源はそれぞれ特徴的な同位体比を持つことから、メタン濃度に加えてメタン同位体比を大気化学輸送モデル(※1)に新たに導入し、過去30年間の大気中のメタン濃度の変動の要因となった主要な放出部門の特定を行った。
  • 化石燃料由来のメタン漏出は1990年代から2000年代初頭にかけて減少したものの、その後は顕著な変動がなかったと推定された。これは、石油および天然ガス、シェールガス採掘に伴う漏出の増加を指摘する既存の推定結果とは大きく異なる。
  • 1990年代から2010年代にかけて微生物起源のメタン放出が顕著に増加した。とりわけ、廃棄物埋立および農業・畜産業の寄与が75%を占めることがわかった。

【用語解説】
※1 大気化学輸送モデル:大気中の化学反応過程や風などによる輸送過程を考慮し、大気中の様々な物質の分布とその時間変化を、大型計算機を用いて計算する数値モデル。過去の物質分布の変動要因を説明するためだけでなく、さまざまな化学物質の放出規制が将来の大気環境およびその気候に及ぼす影響を評価するためなどにも利用される。

図1.本研究の概念図の画像
図1. 本研究の概念図
 安定炭素同位体比は、分子中の炭素同位体の存在量について標準試料の値との差異を相対的に表したもので、δ13C(デルタ13シー)と表されます。メタン放出源は、それぞれ特徴的な安定炭素同位体比を持っているため、観測された大気中濃度と同位体比、および大気中での化学反応における同位体比の変化量と放出量のバランスをとることにより、メタンの総量と各放出源の寄与を推定することが可能になります。

2. 概要

 国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)北極環境変動総合研究センターのナヴィーン・チャンドラ ポストドクトラル研究員および地球表層システム研究センターのプラビール・パトラ上席研究員は、東北大学、気象庁気象研究所、国際応用システム分析研究所、国立環境研究所、国立極地研究所、コロラド大学、ユトレヒト大学の研究者と共同で、大気中メタン濃度の長期および短期的な変化に対して化石燃料および微生物起源のメタン放出がそれぞれどのように影響したかについて、放出インベントリ(※2)や高精度のメタン濃度および安定炭素同位体比の大気観測データと全球大気化学輸送モデルとを組み合わせて解析する手法を新たに開発しました。
 本手法を用いて、過去30年間にわたる大気中のメタン濃度と安定炭素同位体比の変化を解析した結果、特に1990年代から2000年代初頭に化石燃料起源のメタン放出が顕著に減少し、その後はほぼ一定であったことが明らかになりました。さらに1990年代から2010年代にかけて、微生物起源のメタン放出が顕著に増加しており、その大部分は廃棄物埋立と畜産によるものであることがわかりました。また、湿地からのメタン放出は年々の変動には大きく寄与していますが、全放出量の増加に占める割合は比較的小さいこともわかりました。
 この結果は、1990年代から2010年代にかけて石油・天然ガス関連でのメタン放出量が増加した、あるいは、米国でのシェールガス採掘に伴うメタン放出量の大きな増加があったとする従来の報告とは異なるものです。これまでのメタン放出量の総量および時間変化をより正確に把握するためには、化石燃料インベントリの排出係数や統計情報をさらに精査していく必要があると考えられます。またこれらの研究成果によって、過去の放出トレンドがより良く理解され、将来におけるより効果的な温暖化の緩和策立案に資する情報が提供されることで、国際的なメタン放出量削減の目標達成を支援できると期待されます。

 本成果は「Communications Earth & Environment」誌に4月17日付け(日本時間)で公開されました。なお、本研究は文部科学省の「北極域研究加速プロジェクト(ArCS-Ⅱ)」(JPMXD1420318865)の支援を受けて実施されたものです。


論文情報 タイトル:Methane emissions decreased in fossil fuel exploitation and sustainably increased in microbial source sectors during 1990–2020 著者:Naveen Chandra1, Prabir K. Patra1,2,7, 藤田 遼3, Lena Höglund-Isaksson4, 梅澤 拓5, 後藤 大輔6, 森本 真司7, Bruce H. Vaughn8, Thomas Röckmann9 所属:1. 海洋研究開発機構、2. 千葉大学、3. 気象庁気象研究所、4. 国際応用システム分析研究所 (IIASA)、5. 国立環境研究所、6. 国立極地研究所、7. 東北大学、8. コロラド大学、9. ユトレヒト大学 DOI: 10.1038/s43247-024-01286-x(外部サイトに接続します) 論文公開日: 2024年4月17日

【用語解説】
※2 インベントリ:一定期間内に特定の物質がどの排出源・吸収源からどの程度排出もしくは吸収されたかを示す一覧表のこと。温室効果ガスについて世界全体や各国における排出量を把握するために作成されている。

3. 背景

 2020年時点での大気中のメタン存在量は二酸化炭素(CO2)の0.4%に過ぎないものの、メタン分子は二酸化炭素よりも効率的に熱を吸収するため、メタンは1750年以降の地球温暖化に二酸化炭素に次いで大きく寄与していると考えられています。また、メタンの放出源には人間活動起源と自然起源のどちらも存在しており、人間活動起源の放出には天然ガスなど化石燃料の採掘など生産過程での漏出、廃棄物埋立地での放出、水田や畜産などの農業が、自然起源の放出には湿地やシロアリ、泥火山などがあります。これまでの長期観測から、1980年代には大気中のメタン濃度が急速に増加したものの、2000年代初頭にその増加率が低下してメタン濃度はほぼ一定となり、2007年以降には再度増加が始まり、その後のメタン濃度は加速度的に上昇していることが明らかとなっています。一方で、先述した各々のメタン放出源の変化についてはまだ理解が限られており、特に過去30年間にわたって観測されたメタン濃度の変化に対して、各放出源がどのように寄与してきたかはまだよく分かっていません。このため、過去の大気中でのメタン濃度の変動が、主に化石燃料や農業からの放出によるものなのか、温暖化に伴って湿地内の微生物活動が活性化したなどの気候変動相互作用によるものなのか、議論が続いてきました。放出部門ごとのメタン放出については様々な推定に基づく放出インベントリが報告されていますが、各々の推定値には食い違いがあり、温暖化緩和策等に関する政策立案のためにはより精緻な科学的検証が求められています。
 JAMSTECではこれまでもメタンの放出量推定の精緻化に資するための研究を国内外の研究者と協力して行ってきました(参考:プレスリリースリストを参照)。本研究はこれらの輸送過程や地域別・起源別推定手法の精緻化を踏まえ、より詳細な起源別推定を目指したものになります。

4. 成果

 本研究ではこれまでに確立した手法に加え、各々の放出源に固有の「足あと」情報としてメタン同位体比を新たに活用することにしました。メタン放出源はその種類によって特徴的な同位体比を示すとともに、大気中における消失過程においても特有の分別効果があることが知られているため、メタン同位体比を調べることにより、メタンの起源や消失についての情報が得られることから近年注目を集めています。例えば、微生物起源の炭素同位体比は-55‰から-70‰(‰(パーミル)は千分率を表す)と、大気中に存在するメタンの炭素同位体比(-47‰程度)よりも低い値を示しますが、化石燃料起源の炭素同位体比は-35‰から-50‰と高い値を示します。また2007年以降、大気中のメタン濃度は増加してきましたが、炭素同位体比は減少を続けていることが観測から知られており、放出起源ごとの変動はメタン濃度の変動とは異なる振る舞いをしていると考えられています。
 本研究では、はじめに全球大気化学輸送モデル MIROC-ACTMに新たに安定炭素同位体比および安定水素同位体比を組み込み、起源別の地表放出源分布を用いた過去30年間以上にわたる長期計算を行いました。次に、東北大学や国立極地研究所、NOAA(アメリカ海洋大気庁)などのメタン濃度および同位体比観測結果とモデル結果とを組み合わせ放出量変動と濃度変動との関係を推定しました。またその際、北半球高緯度、熱帯、南半球高緯度の3領域に区分して解析を行いました(図2)。

図 2. 本解析に使用したメタン放出量分布の例の画像
図2. 本解析に使用したメタン放出量分布の例 (左図: 化石燃料、右図: 微生物)。解析に使用した観測サイトの場所も併せて示しています (NOAA(: 安定炭素同位体比; +:メタン濃度)、東北大学および国立極地研究所())。

 メタンは化石燃料(石油、石炭、天然ガス、シェールガスなど)の採掘など生産に伴う漏出がありますが、その放出量の長期変動を解析したところ、1990年代から2000年代初頭にかけて減少したものの、その後は顕著な変動がなかったと推定されました (図3 上図赤線)。これは既存のインベントリにおいて推定されていた、1990年から2020年にかけての石油・天然ガス関連の放出量の増加(EDGARv6インベントリ; 図3下図黄緑線)や米国でのシェールガス採掘に伴う大きな放出量の増加(約1500万トン、GAINSv4インベントリ; 図3下図深緑線)のどちらとも異なるものです。また、全体としての放出量がほぼ一定だった期間については、中国における石炭採掘に伴う放出量の増加が、他地域における石油・天然ガス関連の放出量の減少に打ち消されていたと考えられます。
 1990年代から2010年代にかけては、微生物起源のメタンの放出量が顕著に増加しており、年平均で4,600万トンの増加となっていました(図3上図青線)。その内訳についてより詳細に調べたところ、その大部分は廃棄物埋立(40%)と畜産(34%)によるものであることがわかりました。同じ微生物起源であっても、湿地からのメタン放出は年々の変動には大きく寄与していますが、全放出量の増加に占める割合は比較的小さい(16%)こともわかりました (図4)。

図3. 上図、メタン放出量変動と、下図、メタン放出量変化のグラフ画像
図3. 上図: 本研究での微生物(青線)および化石燃料採掘(赤線)に由来するメタン放出量変動。先行研究での推定結果を点線で併せて示しています。
下図: 既存インベントリと感度実験による化石燃料生産に由来するメタン放出量変化。逆解析による先行研究(Chandra et al. 2021)にもとづいて2000年から2020年の中国の石炭関連放出を調整したもの(青線)が含まれます。本研究でさまざまな組み合わせでモデルシミュレーションを行った結果、これら太線の放出量の組み合わせが、観測されたメタン濃度と安定炭素同位体比の変動をもっともよく再現していました。


図 4. 大気中のメタン濃度グラフの画像

図4. 大気中のメタン濃度(観測データ:〇、モデル結果:橙線)とメタン収支を10年ごとに推定した結果。放出量については3つの放出部門(微生物起源、化石燃料、バイオマス燃焼)に分けて示しました。安定炭素同位体比についても東北大学と国立極地研究所による南北両極(南極昭和基地とスバールバル諸島ニーオルスン)における観測データ(▲および●)とモデル結果(赤紫線)を示しています。

5. 今後の展望

 本研究ではメタン同位体比を使うことによりメタン放出源の部門別の変動を精緻に特定することに成功しました。その結果、化学燃料生産などに由来する部門におけるメタン放出量は、これまで指摘されていた石油および天然ガス、シェールガス生産による増加は見られず、2000年代以降の放出量は大きくは変動していないことがわかりました。一方、1990年代から2010年代にかけて最も放出量の増加が著しい、微生物を起源とする部門では、畜産関係と廃棄物埋立に起因する放出量が大きく増加していました。つまり、メタンの放出量削減のためには近年増加傾向が見られる石炭をはじめとする化石燃料起源の放出量削減も変わらず重要であるものの、畜産および廃棄物埋立における対策についても非常に重要であることがわかりました。
 メタンは地球温暖化係数が大きく、大気中での寿命が比較的短いため、メタン放出の削減は短期的な温暖化の緩和のために非常に重要です。2021年のグラスゴーで開催された国連気候変動枠組条約の締約国会議(COP26)においてグローバル・メタン・プレッジ(※3)が発足したように、メタン放出量削減に関する政治舞台での取り組みが近年活発化しています。本研究のような部門別放出量推定の精緻化は、近年活発化しつつあるメタン放出量の削減に向けた国際的取り組みにおいて、より効果的な対策につながるものと期待されます。

【用語解説】
※3 グローバル・メタン・プレッジ(Global Methene Pledge):本プレッジ(誓約)はパリ協定の目標を達成するために、人為的なメタン放出の30%を2030年までに削減することを目指したもので、2021年10月のCOP26で105カ国(2024年4月時点で約160カ国)が賛同した、メタン放出量削減の国際的枠組み。
 メタンは地球温暖化係数の高い温室効果ガスでかつ大気中寿命が二酸化炭素に比べて短い(メタンは9±2年、二酸化炭素は数十年〜数千年)ため、短期間での気候変動緩和の取り組み、すなわち「自分自身の行動によって自分や家族が生きている時代の地球温暖化に影響を与える」ことができる温室効果ガスとして認識されている。

参考:プレスリリースリスト

(1)「大気化学輸送モデルを用いた新たな手法により地域別のメタン放出量を推定~熱帯域、東アジアの放出量に従来推定と異なる結果」2016年2月1日発表
 URL: https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/archive/2016/20160201.pdf(外部サイトに接続します)
(2)「過去30年間のメタンの大気中濃度と放出量の変化:化石燃料採掘と畜産業による人間活動が増加の原因に」2021年1月29日発表
 URL: https://www.nies.go.jp/whatsnew/20210129/20210129.html
(3)「メタンの半球輸送におけるアジアモンスーンの役割を解明~温室効果ガスの収支評価の高精度化に繋がる知見」2022年9月30日発表
 URL: https://www.cn.chiba-u.jp/news/news_220930_2/(外部サイトに接続します)

お問い合わせ先

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
地球環境部門 北極環境変動総合研究センター
グループリーダー 滝川 雅之

国立研究開発法人海洋研究開発機構
地球環境部門 地球表層システム研究センター 
上席研究員 Prabir Patra(プラビール・パトラ)

国立大学法人東北大学大学院理学研究科
附属大気海洋変動観測研究センター
教授 森本 真司

気象庁気象研究所
気候・環境研究部 第三研究室
研究官 藤田 遼

国立研究開発法人国立環境研究所
地球システム領域 物質循環観測研究室
主任研究員 梅澤 拓

大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構
国立極地研究所 気水圏研究グループ
助教 後藤 大輔


(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
海洋科学技術戦略部 報道室
press(末尾に”@jamstec.go.jp”をつけてください)

国立大学法人東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
sci-pr(末尾に”@mail.sci.tohoku.ac.jp”をつけてください)

気象庁気象研究所
企画室 
ngmn11ts(末尾に”@mri-jma.go.jp”をつけてください)

国立研究開発法人国立環境研究所
企画部広報室 
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)

大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構
国立極地研究所 広報室 
koho(末尾に”@nipr.ac.jp”をつけてください)