ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方
2015年12月4日

各国が提出したINDC(約束草案)の合計は、2度目標の達成に十分なのか?

 パリは寒いでしょう?と日本にいる方からよく言われますが、そんなに寒くありません。例年の寒さを知らないので、比較できないのですが、手袋やマフラーが必要とは感じないくらいです。

写真1

写真1:筆者が泊まっているホテルの朝食のレストランにある卵ゆで機。自分の好きなゆで加減のゆでたまごを作ることができます。

 さて、今日は、昨日に引き続き、INDC(2020年以降の温暖化対策目標。約束草案ともいいます)について解説します。今回は、COP21前に各国が提出したINDCが温暖化対策としてどのような効果を持つのかということについてです。

 構成は、以下の通りです。

1. 日本も含め、各国が提出したINDCはどのようなものなのか
2. INDCをすべて足し合わせると、世界全体での排出削減量はどれくらいになるか
3. 上述の2.は、2℃目標の達成に十分なのか

1.各国が提出したINDCはどのようなものなのか。日本のINDCは?

 今年7月、日本政府は、INDCを気候変動枠組条約事務局に提出しました。皆さんは、その内容をご存じですか?

 パリに来る前、記事「COP21:会議の意義「知っている」2759人の6%」(毎日新聞・2015年11月19日)を読みました。見出しは、COP21の認知度が低いことについてですが、本文を読むと、日本のINDCについて、「具体的に数値まで覚えている人は6%だった」とあります。残念ながらあまり高くないことはわかっていたのですが、自国のINDCの認知度がここまで低いとは思っていなかったので、びっくりしました(何となくは知っているけれども、数字に自信がないために、控えめに答えた方もいらっしゃるだろうとは思っていますが)。

 日本のINDCは、「国内の排出削減・吸収量の確保により、2030年度に、2013年度比26.0%減(2005年度比25.4%減)の水準(約10億4,200万t-CO2)にする」というものです。どの部門でどれくらい温室効果ガスの排出量を減らすという目標が立てられているのか、また、減らすための施策としてどのようなものが考えられているかなど、詳しくは、日本の約束草案(平成27年7月17日・地球温暖化対策推進本部決定)をご覧下さい。身近なところでは、家庭部門から排出されるCO2について、約40%(2013年度比。2005年度比の場合は33%)の削減目標が掲げられています。これは、「遠い将来、そうなったらいいな」というような夢ではありません。2030年、つまり15年後のことについて、日本政府が国際的に公表した目標です。個人の努力も求められますが、それだけでどうにかなる目標ではありません。法政策を使って、社会全体のシステムを変えていくことが必要になります。

 温室効果ガスの排出削減は、①エネルギーを使う量自体を減らす、そして、②CO2をできるだけ出さないエネルギーを使うようにする、という2つの方法を併せて進めていくしかありません。温暖化影響から完全に逃れられる人はいませんし、まったくエネルギーを使わずに生きていける人もいません。温暖化問題は私たち全員の問題です。遠い国の問題でもなければ、放っておいたら誰かが解決してくれるような問題でもないことをご理解頂けたらと思います。

写真2

写真2:日本パビリオンの外観。水引をモチーフにしています。日本パビリオンの詳細については、こちらをご覧下さい。

 日本以外の国は、どのようなINDCを提出しているのでしょうか。主要国のINDCの概要をまとめてみました。

図1
図1:主要国のINDC
(国の順序は、附属書Ⅰ国・非附属書Ⅰ国別に、INDCの提出日順)
(出典:気候変動枠組条約ウェブサイト上のINDC Portalにある各国のINDCに関する情報を筆者が整理しました)

 今年の10月1日までに、147か国がINDCを提出しています(その後、12月4日までに、186か国まで増えています)。147か国が2020年以降のINDCを設定したということには、どのような意味があるのでしょうか。これは、2010年の世界全体の温室効果ガス排出量で見ると、86%を排出している国に相当します。そして、2010年の排出量のシェアを見ると、気候変動枠組条約上、排出削減の責務を負う附属書Ⅰ国(1992年時点の先進国+経済移行国)は37%、非附属書Ⅰ国(途上国)は63%です(なお、附属書Ⅰ国の数は35+EU、非附属書Ⅰ国の数160と、条約上の各グループに区分される国の数が大きく異なることに注意して下さい)。世界の大多数の国が、目標を持って、温暖化対策に取り組む意思を表明しました。これは、温暖化対策にとって、大きな進歩と評価できます。

2.INDCをすべて足し合わせると、世界全体での排出削減量はどれくらいになるか

 各国がINDCを達成した場合、世界全体での効果はどれくらいになるのでしょうか。

 今年の10月30日、気候変動枠組条約事務局は、「INDCの全体的な効果に関する統合報告書」(Synthesis report on the aggregate effect of the intended nationally determined contributions)(FCCC/CP/2015/7)(本編はこちら)(概要はこちら)を公表しました。この報告書は、今年10月1日までに条約事務局に提出された、147か国による119のINDCを足し合わせ、各国がこれらを達成した場合に、2025年及び2030年の世界全体での効果(特に、温室効果ガスの排出削減量)がどうなるかを示したものです。

 先ほどの図1を見ると、各国のINDCを比べたり、INDCの効果を足し合わせたりするのが難しいことをわかって頂けるのではないでしょうか。なぜ難しいのか?それは、条件がそろっていないからです。過去の排出実績(基準年の排出量)と比べて**%減らす、としているところもあれば、BAU(Business as usual)(「これまで通りでいった場合」と理解して下さい)と比べていたり、排出の絶対量ではなく、GDP当たりの排出量を使っていたりしています。目標年が2025年だったり、2030年だったり、両方だったりしています。そして、「(より困難な)目標の達成に向けて最善の努力を尽くす」というのは、いったいどう評価すればいいのでしょう。

 「INDCの全体的な効果に関する統合報告書」は、これらの難しさを乗り越えて、作られました。この報告書には、以下のようなことが書かれています。

*2015年10月1日までに提出されたINDCを各国が実施した場合、世界全体での排出量は、2025年には55(52~57)Gt CO2 eq、2030年には57 (53~59) Gt CO2 eqとなる。
*1990年、2000年、2010年それぞれの時点での地球全体での排出量と比べると、INDCを達成した場合の地球全体での排出量の方が高くなると予測されている。しかし、2010年~2030年の排出量の増加は、1990年~2010年の期間と比べると、INDCの実施によって緩やかになるとされている。

 つまり、各国が設定したINDCによって、今後10年程度で、一定の排出削減の実現と、排出量の伸びを緩やかにする効果が期待できるけれども、2025年及び2030年までに、世界全体の温室効果ガスの排出をピークアウトする(増加傾向にあるものを減少傾向に転じさせる)には十分ではないということです。

写真3

写真3:給電中の電気自動車。ルノー・日産アライアンスが、会議参加者に対して、電気自動車でのシャトルサービスを提供しています。

3.INDCの合計(世界全体での排出削減量)は、2℃目標の達成に十分なのか

 各国がINDCを着実に実行していけば、2℃目標を達成できるのでしょうか。答えは、今のところ、残念ながらNoです。まったく足りません。

 2℃目標の達成に必要な温室効果ガスの排出削減量と、各国がこれまでに設定した温室効果ガスの排出削減目標(2020年目標、INDCの両方)の総計とを比べると、とても大きな隔たりがあることがわかっています。温暖化交渉では、これを「排出ギャップ」と呼んでいます。

 前述の「INDCの全体的な効果に関する統合報告書」では、各国のINDCを合計したものと、1990年、2000年、2010年のそれぞれの時点での排出量や、①カンクン合意(2010年)に基づいて各国が提出している2020年の排出削減目標/行動、そして、②産業革命以前と比べて、地球全体の平均気温上昇を2℃までに抑える(2℃目標)のに必要な排出経路とが比べられています。

 このほか、UNEP(国連環境計画)が公表している、「排出ギャップレポート 2015年版」(同レポートのエグゼクティブ・サマリーはこちら)でも、INDCの合計と、2℃目標達成に必要な削減量とを比べると、どれくらいの差があるかが示されています。

写真4

写真4: NGOメンバーによるリンボーダンスでの会議参加者へのアピール。「地球の平均気温上昇をどこまで低く抑えられる?」(写真出典:ENB

 各国のINDCを足し合わせた場合、一定の効果はあるものの、2℃目標の達成のために不十分であることは、COP21が始まる前からわかっていました。そして、3日の記事にも書いたように、昨年のCOP20では、自国が決定する目標の弱点をカバーするための各国のINDCに関する事前協議をCOP21前に実施することについて合意することはできませんでした。つまり、2℃目標達成に不十分だからといって、今回のCOP21で、各国がINDCの軌道修正を求められることはないのです。

 では、COP21はいったい何に合意することを目指しているのか?一言でいうなら、温暖化抑制の長期目標達成に近づけていくための仕組み作りです。これについては、2週目の記事で説明します。

参考資料:

文・写真(写真4をのぞく)・図:
久保田 泉(国立環境研究所社会環境システム研究センター主任研究員)


※全国地球温暖化防止活動推進センター(JCCCA)ウェブサイトより転載