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干潟・浅海域の保全をめぐって

Summary

 国連の各機関が出資する海洋汚染の専門家グループGESAMPが,2001年1月に出版した報告書「The Sea of Troubles」では,海洋は危機的な状況にあるとされ,乱獲による環境への影響,富栄養化,化学物質による汚染とともに,人間の活動による生物生息場の消失や構造物による海流や底泥移動の変化が,これからの海洋環境にとって重要な課題であるとされています。同時に出版された「Protecting the Oceans from Land-based Activities」でも同様な議論がなされ,海洋問題の大半は陸上起源であるとされ,さらに影響が深刻なのは沿岸域であるとされています。こうした状況から,日本を始め世界各国も海洋環境保全に向けた研究・対応を進めています。

浅海域の生態調査

世界では

 米国,欧州,オーストラリアなど世界各国では,沿岸域を開発するだけでなく自然をできるだけ保全するため,法整備などさまざまな形で沿岸域環境総合管理に取り組みつつあります。この中で,沿岸域環境を適切に保全するために,沿岸域の機能や沿岸域環境の価値を科学的に評価する必要があり,すでにさまざまな評価手法が研究され提唱されています。その際,ここで紹介した「水質浄化能」も沿岸域環境の価値を評価するための重要な評価軸となっています。

日本では

 近年,中海,諫早湾,藤前干潟,三番瀬などの沿岸域における開発行為による環境への影響が具体的な形で議論されるにつれ,沿岸域の環境保全を求める声が高まりをみせています。1997年には「環境影響評価法」が国会で成立し,99年に施行されました。これを受けて各方面で評価手法確立に向けた取り組みが進められていますが,生態系に対する影響評価は今まで本格的に行われてこなかったこともあって情報は不足し,技術的にも不十分でした。したがってこの分野での研究開発の蓄積が急がれています。

 一方,94年に閣議決定された環境基本計画(2000年に改訂)では,従来の水質保全の取り組みに加え,たとえば自然浄化能力の回復,生態系の健全性の維持・回復などが重要な課題として取り上げられています。これら一連の流れは治水・利水・健康といった安全性の側面から,生態系の保全・景観・アメニティ・持続可能性へという国民の環境に対するニーズの拡がりに応えてきたものです。

 近年,失われた環境を少しでも取り戻すことを目的に環境修復技術が様々な形で試行されています。環境省では,平成10年度に東京,静岡,香川,山口各県の協力の下,藻場・干潟創出パイロット事業を行い,現在はこれらの事業の成果を基に水環境修復の評価手法の検討を行っています。

 国土交通省や地方自治体もそれぞれの立場から沿岸域環境を保全し,さらに修復する試みを行っています。また日本海洋学会,日本水環境学会や日本生態学会など,いくつかの国内の学会でも沿岸域環境を中心テーマとした議論がなされ,多くの科学者が,真剣にこの課題を研究しています。

国立環境研究所では

 世界や日本の,以上のような経緯を踏まえ,国立環境研究所ではここで紹介した特別研究「海域保全のための浅海域における物質循環と水質浄化に関する研究」(平成8〜10年度)に引き続き,基礎的な科学的知見を集積するために,以下のような研究プロジェクトを実施しています。

 東アジア地域における干潟・湿地の実態調査研究に基づいて,「干潟等湿地生態系の管理に関する国際共同研究」(平成10〜14年度)を実施しています。この研究では,渡り鳥の繁殖地—越冬地の関係にあるロシアのハンカ湖や中国の吉林省自然保護区の湿原と,釧路湿原,尾瀬ヶ原など日本の代表的湿原を,また北海道東部・東京湾・伊勢湾・有明海・沖縄の干潟を調査研究フィールドとしています。自然保護と水質保全の双方の立場から,干潟・湿地生態系の評価基準となる手法を開発することを最終目標として,現在研究を進めています。

 また,平成12年度に「沿岸域環境修復技術の生態系に与える影響及び修復効果に関する研究」の課題で,自然に近い状態の生態系と修復を試みられた生態系の違いを明らかにすることにより,修復技術の効果を調査する研究を開始しました。2001年の組織改正(独立行政法人化)に伴い,この研究課題は,重点特別研究プロジェクト「東アジアの流域圏における生態系機能のモデル化と持続可能な環境管理」に統合され,その一つの課題「沿岸域環境総合管理に関する研究」(平成13〜17年度)として継続されています。この課題では,沿岸域環境を改善するための修復方策の効果を検討するために,沿岸域環境の変動予測モデルを開発し,環境影響評価にも役立つよう,沿岸域環境管理のための手法を提示することを目的としています。

東京湾の大井埠頭中央海浜公園(なぎさの森)に造成した人工干潟で,生息場としての環境の状況を調査しています。