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越境大気汚染に関する研究動向

研究をめぐって

 オゾン、微小粒子、酸性雨、水銀、残留性有機汚染物質などの越境大気汚染は、世界的な問題となっており、観測・モデル研究が世界各地で進められています。

世界では

 最初に越境大気汚染が問題になったのは、1960~1970年代の欧州における酸性雨です。その後、北米でも酸性雨による国際問題が起こり、酸性雨の実態解明、発生機構、影響評価に関する観測・モデル研究が欧米で盛んに進められました。この中で、原因物質の排出地域(ソース)と酸性物質の沈着地域(リセプター)の関係(S/R関係)も把握されました。また、排出シナリオをもとに酸性雨を予測し、最終的に生態系への影響を評価する統合評価モデルRAINSも、国際応用システム解析研究所(IIASA)によって開発されました。これらの研究結果は、1979年に発効した長距離越境大気汚染条約(CLRTAP)やその後の一連の議定書に科学的知見を与えました。特に、欧州モニタリング・評価プログラム(EMEP)は大きな役割を果たしました。その後、越境大気汚染の対象は、酸性雨(硫黄酸化物と窒素酸化物)のみならず、オゾン、重金属、残留性有機汚染物質(POPs)などに広がっています。

 最近は大陸内の越境汚染とともに、北半球規模での大陸間の越境汚染が重要な問題と認識され、地上・航空機・衛星観測や全球化学輸送モデルを使用した研究が世界的に実施され、多くの研究成果が報告されています。2004年には、CLRTAPのもとで半球規模の大気汚染輸送に関するタスクフォース(TF-HTAP)がスタートし、世界の研究者が参加して、汚染物質の大陸間輸送とS/R関係を理解する研究を進めています。対象物質は、オゾン、微小粒子、水銀、POPsです。2007年に中間報告書が発刊され、2010年には最終報告書が取りまとめられる予定です。この中間報告書の作成には、国立環境研究所の研究者も参加しました。

東アジアでは

 東アジアにおける越境大気汚染研究も酸性雨から始まりました。アジア開発銀行と世界銀行がスポンサーとなり、IIASAが全体的な取りまとめをしたRAINSAsiaプロジェクトでは、欧州で開発・適用された酸性雨の統合評価モデルRAINSをアジアに適用し、酸性雨のS/R関係の把握や影響評価、将来予測などが進みました。

 2001年には、ACE-Asia(Aerosol Characterization Experiment in Asian Region:アジア地域における粒子特性を明らかにするための国際協同研究)が行われ、アジアだけではなく欧米の多くの研究者が参加しました。また、南アジアから東南アジアに広がる微小粒子が、さまざまな影響を与えている可能性が指摘されたことから、ABC-Asia(Atmospheric Brown Clouds -Asia)プロジェクトがUNEP(国連環境計画)で進められ、微小粒子などのアジアでの空間分布や輸送、影響に関する研究が行われています。

 一方、酸性雨の国際的な観測ネットワークである東アジア酸性雨モニタリングネットワーク(EANET)が、日本の発案により1998年に設立され、活発に活動しています。この国際ネットワークは、東アジアにおける酸性雨問題の状況を理解することや、酸性雨による環境への悪影響を防ぐため政策決定に有益な情報を提供することなどを目的としており、新潟にある酸性雨研究センターがネットワークセンターとなっています。現在、カンボジア、中国、インドネシア、日本、ラオス、マレーシア、モンゴル、フィリピン、韓国、ロシア、タイ、ベトナム、ミャンマーの13カ国が参加しています。EANETでは、酸性雨やその影響に関するモニタリングを行うと共に、結果を公表しており、2006年に最初の評価レポートを発刊しました。

日本では

 日本でも、1985年頃から酸性雨を対象として越境大気汚染研究が始まりました。観測とモデルによる研究が、国立環境研究所、電力中央研究所、全国の地方環境研究所、大阪府立大学などで進められ、日本における酸性沈着の実態と大陸からの越境大気汚染の影響に関する理解が進みました(環境儀12号を参照)。

 最近では、光化学オゾンや微小粒子、重金属などを対象とした広域越境大気汚染に関する研究が、全国の大学や研究機関によって進められています。2007年5月に発生した光化学オキシダントの高濃度エピソードは、越境大気汚染研究を加速する大きな契機になったといえます。複数の学術研究機関が共同して推進する研究プロジェクトも始まっており、その代表例として、環境省地球環境研究総合推進費の戦略課題「東アジアにおける広域大気汚染の解明と温暖化対策との共便益を考慮した大気環境管理の推進に関する総合的研究(S-7)」(海洋研究開発機構、国立環境研究所、金沢大学などが参加)があげられます。

 国立環境研究所での広域越境大気汚染研究は1990年に本格的に始まりました。主として微小粒子を対象に、福江島や沖縄、中国沿岸域などでの地上観測、東シナ海や中国における航空機観測、長距離輸送モデルの開発・適用、東アジア地域の排出インベントリ開発などが進められました。

 2006年度からは、アジア自然共生研究グループの中核プロジェクト「アジアの大気環境評価手法の開発」において、東アジア地域の広域越境汚染を対象にした総合的な研究がスタートしました。オゾンなどのガス状物質や人為起源粒子・黄砂の微小粒子状物質の広域越境汚染を解明し、解析評価手法を作成するために、地上・航空機・ライダー・衛星などによる観測とシミュレーションモデル、排出インベントリを統合した研究を進めています。さらに、この中核プロジェクトをコアにして、研究所の特別研究、地方環境研究所との共同研究、外部資金を利用した研究において越境大気汚染に関連した研究が実施されています(「研究の歩み」参照)。

 また、光化学オゾンなどの大気汚染を予測する「大気汚染予測システム」を構築し、東アジア、日本全域および関東地域における大気汚染濃度の予測結果を、ホームページから公開されています。この6月からは、環境省とも協力して、中部、関西および九州地域の大気汚染の詳細予測を試験的に開始されました。詳しくは環境GISサイトをご覧ください(図9)。

図9 大気汚染予測システムで計算された地上オゾンの濃度分布図の例