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2020年3月27日

「環境カフェ」の実践
科学者と市民の社会対話に向けて

Summary

 「環境カフェ」は、専門や職業の枠を超えた市民の交流による、環境研究に関連する社会対話です。科学性だけでなく、人文学的教養(文学)や環境倫理などの人間性から、科学者と市民が対話の過程でともに理解と共感を得る(自分ごとと捉える)ことを目的に取り組んでいます。これまでに80回以上開催したうちで、定期的に継続して行った「環境カフェ駒場」「環境カフェ本郷」と、文学と科学の研究者それぞれ2人による「第1回環境カフェ下田」、ならびに「論文詩」に関する「第1回環境カフェ+科学詩」、それぞれの実践について紹介します。

「環境カフェ駒場」と「環境カフェ本郷」の実践

 東京大学駒場キャンパスで2016年に4回開催した「環境カフェ駒場」では、環境(「主体」「境界」「つながりや関係、相互作用」)や「文化と文明」、環境問題は「科学文明の病」、日本固有のリスク論「安全と安心」などのキーワードにより、学部生と院生、各2名を対象に開催しまた。開催後のレポート(3回分)では、テーマに沿った内容のポイントとなる点や新たな「気づき」につながる記述がみられましたが、専門的な知識の理解につながる解説に比べて共感につながる対話の時間を十分に取る必要があると考えられました。

 文理を融合したアプローチに共感が得られ、今後は「(科学)文明」に代わる新しい人間の在り方・価値を発見するためにも「環境に関するキーワードを挙げて自由に語り合う」ことの継続が望まれました。

「環境カフェ本郷」のアンケート結果の図
図5 「環境カフェ本郷」(5回分)開催後のアンケート結果

 なお、テーマに関する内容は、参加者のレポートをもとに改善するとともに図表を改変し、次回の同様なテーマでの開催に活用することが必要であると考えられました。


 一方、東京大学本郷キャンパスで2016年度に5回開催した「環境カフェ本郷」では、自然共生と生物多様性のかかわり、「センス・オブ・ワンダー」(R. カーソン)や環境研究の「自然」「社会」「生命」とのかかわり、カーソンの『沈黙の春』と「土地倫理」(A. レオポルド)をもとに「生命と環境」の倫理、環境の「自然」「社会」「文化」とのかかわりなどをテーマに開催しました。開催後のアンケートの結果、理解と共感(各3段階)の度合いは高校生がもっとも高くなりました(図5)。

科学と文学を融合した「第1回環境カフェ下田」の実践(自然共生関連)

磯の生き物の「食う—食われる」関係
図6 磯の生き物の「食う—食われる」関係
(作図:戸祭さん)

 文学と科学の研究者それぞれ2人により、地域社会の人々(市民)に向けてカーソンの『海辺』(1955年)と岩礁海岸のフィールド調査(図6)による「海辺」の生態学をテーマに、2015年10月11日に筑波大学下田臨海実験センターにおいて「第1回環境カフェ下田」を開催しました。静岡県下田市の海辺に住んでいる参加者(高校生3名、大学生と院生2名、社会人2名)に「海辺の魅力」を「問いかけ」、個々の経験について理解と共感を得るとともに、「そこに秘められた意味と重要性」について考えました。

 最後に『海辺』の言説とフィールド調査から共通に導かれる「共生」というキーワードは、生命の「普遍的な真理」「究極的な神秘」につながるもののひとつではないか、さらに人間が「いかに生きていくか」の問いのひとつの答えではないかと参加者に問いかけました。

 懇談では、高校生らから「海辺の生物を身近に感じることができた」や「大学で行っている専門的な研究内容にカーソンの文学からの言説を合わせることで理解がより深まった」のほかにも、「教科書に載っていた生き物のつながりを再認識した」「生き物は全て関わりをもっていることに驚いた」などの感想がありました。参加者はフィールド調査やカーソンの言説による海辺の「生命」の「つながり」から、「共生」についての理解と共感が得られたようでした。社会人からは「この地域ではこのようなイベントは珍しいので、開催されたことに非常に意義があった」などの声もあり、地域コミュニティにおける開催の継続が望まれました。

「第1回環境カフェ+科学詩」の実践

 「第1回環境カフェ+科学詩」(2017年3月18日、早稲田大学早稲田キャンパス)では、高校生(5名)と大学生(3名)が参加し、科学詩(論文詩)の作成と論文詩の解説を行いました。

 前もって参加者には原著論文「奥日光外山山麓における繁殖期の鳥類群集」(多田・安齋 1994)を配布して、「環境カフェ」開催後に(論文詩に対する理解や意見、感想に関する無記名式)アンケートを実施したところ、高校生からは「論文では専門用語が多かった。実際の調査現場の様子に興味があったのでとても素晴らしかった」「科学者と市民の間で理解し合うのが難しい課題でも、科学詩により共有できることが理解できた」「論文のように事実だけを述べるのではなく、情景などを入れることにより、そのときの状況や雰囲気をイメージしやすく詩の方が手に取りやすい」「あえて、科学的な情報量を少なくし、自己の経験や思考が反映されることによって、読み手が興味を持ち、積極的になってくれるのではないか」などの感想がありました。大学生からは「論文ほど難しくもなく、テレビよりも正確に科学の知識を伝えるツールだと感じた」「これが将来的に、教科書などの教育の場に広がると、市民全体の意識が変わるかもしれない」のような回答がありました。これらのアンケート結果から、論文詩が科学者と市民の科学コミュニケーションツールの一つとして有効ではないかと考えられました。

 今後、自然科学分野の研究者が論文詩を作成し、サイエンスカフェや「環境カフェ」などの社会対話の場、あるいは詩の朗読会などで発表されることを期待したいです。