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2020年6月30日

エアロゾル研究の最前線

研究をめぐって

エアロゾルはどのように発生し、成長、変質するのでしょうか?
これまで測定が困難だったため、ほとんど考慮されなかった空気-エアロゾル界面の反応や
エアロゾル中のサブナノメートルスケールの不均一性に関する知見が、室内実験で明らかになってきました。

世界では

 大気中に浮遊するエアロゾルは地球の気候変動とヒトの健康の両方に影響を与えています。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると、大気エアロゾルは負の放射強制力があり、地球の冷却化に寄与していると考えられています。また、PM2.5はヒトの肺の奥深くまで侵入し、健康に悪影響を与えていると考えられています。これらの大気エアロゾルの多くはVOCの大気中での酸化反応を経て二次的に発生します。大気エアロゾルは大気中で生成、成長し、変質することが知られていますが、そのプロセスの詳細なメカニズムはまだよくわかっていません。  

 大気化学におけるエアロゾルの研究は、野外でエアロゾルを観測する「観測研究」、コンピューターを用いて観測結果や実験結果を再現し、今後の予測などをする「モデル研究」、そして観測とモデル研究の土台を作り、それらをつなぐ「室内実験研究」の3つに分けることができます。

 最近の室内実験研究によって、空気-エアロゾルの境界で起こる物理過程や化学反応機構が解明されつつあります。複数の相が関与する反応は不均一反応、または多相反応と呼ばれており、その反応機構の解明が近年進んでいます。その結果、エアロゾルの変質過程や環境動態がより理解できるようになってきました。例えば、エアロゾルの気液界面に存在する成分を考えると、雲を生成する凝結核ができやすくなります。また、エアロゾルのエイジングには、気液界面でしか起こらない反応が関わることなども明らかになってきました。

 また、観測研究やモデル研究から、エアロゾルは想定よりも酸性である可能性が大きく、気体のVOCは酸性のエアロゾル表面に取り込まれやすく、空気-エアロゾル界面で複数のVOCが重合するという新規反応が報告されています。

 アジアでも、大気中のエアロゾルの変質過程や環境動態の理解には、不均一反応のメカニズム解明が重要であるという認識が高まってきました。そこで、エアロゾルの不均一反応を研究する日本と中国の科学者が中心になって、大気エアロゾルに関わる不均一反応国際ワークショップ(International Workshop on Heterogeneous Kinetics Related to Atmospheric Aerosols)を開催しています(写真3)。これは、空気-エアロゾルの界面で起こる不均一反応に関して、最新の知見を共有し、今後の研究の方向性を議論する場として発足しました。地球大気化学国際協同研究計画(International Global Atmospheric Chemistry:IGAC)後援のもと、日本と中国で毎年交互に開催し、2019年で第5回となりました。欧米の研究者による基調講演や日本と中国の研究者による招待講演により、最新の研究成果が発表されています。

2016年11月12-14日につくば国際会議場で開かれた第2回大気エアロゾルに関わる不均一反応国際ワークショップの集合写真
写真3 2016年11月12-14日につくば国際会議場で開かれた第2回大気エアロゾルに関わる不均一反応国際ワークショップの集合写真
米国からColorado大学のVeronica Vaida教授とLawrence Berkeley国立研究所のKevin R. Wilson博士をお招きして基調講演をお願いするとともに、日本、中国(香港、台湾を含む)、米国、スイス、シンガポールから26名の方にご講演いただきました。

日本では

 日本では、国立環境研究所、北海道大学、京都大学を中心に、エアロゾルの不均一反応に関する室内実験の研究が行われています。京都大学のグループによって、レーザー誘起蛍光法とフローチューブを用いた不均一ラジカル反応の測定法が開発されました(写真4)。この新しい方法を用いて、ヒドロキシルラジカル(OHラジカル)が海塩エアロゾルに取り込まれる過程が明らかになりました。その結果、想定よりも多くのOHラジカルが取り込まれ、海塩エアロゾルの気液界面の塩化物イオンが酸化されて塩素ガスになり、大気中に放出されている可能性が示されました。塩素ガスは大気中で太陽光によって光分解し、反応性が極めて高い塩素原子になります。塩素原子はオゾン生成、VOCの酸化、エアロゾル生成、メタンや水銀の寿命に関わるため、本成果が気候変動などに与える影響は大きいと考えられます。今後大型チャンバーで生成したエアロゾルや実際の大気中エアロゾルに、OHラジカルがどのように取り込まれるのかを詳細に調べる実験を計画しています。

レーザー誘起蛍光法(LIF)とフローチューブを用いた気体OHラジカルのエアロゾルへの取り込みを調べる実験の写真
写真4 レーザー誘起蛍光法(LIF)とフローチューブを用いた気体OHラジカルのエアロゾルへの取り込みを調べる実験
オゾンに266nmのパルスレーザー光を照射し、一重項状態の酸素原子を作ります。一重項状態の酸素原子は水蒸気と反応し、フローチューブ内に気体のOHラジカルを生成します。OHラジカルを308nmのレーザー光によって励起し、放出される蛍光を光電子増倍管で検出します。フローチューブ内に海塩エアロゾルが存在すると、OHラジカルの蛍光信号は、エアロゾルに取り込まれた分だけ減ります。このOHラジカルの減り具合を解析することで、取り込み係数(γ:気体分子の液体への衝突数に対する気体分子の消失数の比)が導出できます。

国立環境研究所では

 国立環境研究所では、大気中で起こる化学反応や大型チャンバーを用いたエアロゾルの反応過程について先駆的な研究を行ってきました。また大気モデル研究やエアロゾルの観測においても、重要な成果を挙げてきました。チャンバーによる研究ではエアロゾル粒子の化学変化を捉えることはできますが、実際の反応が起こっている反応場(気相、粒子相、その界面)を区別することは難しいため、本稿で紹介した空気-エアロゾルの界面で起こる不均一反応を研究しています。さらに、エアロゾルそのものが持つ分子レベル(サブナノメートルスケール)の不均一性が、大気化学反応に与える影響についての研究が始まっています。実際の大気中のエアロゾルは水と親水性成分、疎水性成分などが複雑に混合した状態で存在しています。一見、混和している液体(例えば水とアルコールの混合溶液)も分子レベルでみると分子が集合体(ドメイン)を作ることが知られています。このドメインで起こる大気化学反応を定量的に見積もることが、今後のエアロゾル研究の重要な課題です。室内実験と実際の大気中のエアロゾルのギャップを埋める研究が、現在精力的に行われています。