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"Dynamics and energy balance of the Hadleycirculation and the tropical precipitation zones: Significance of the distribution of evaporation." Atusi Numaguti:Journal Atmospheric Science, 50, 1874-1887.(1993)

論文紹介

沼口 敦

 地球の大気の最大の特徴は,気相・液相・固相間の水の相変化が,大気の流れと密接に結びついて起こっていることである。地球温暖化などの気候変動を考える際には,大気の大循環がこの水の相変化に大きな影響を受けていることを念頭におき,地球規模の水循環の変動にともなうフィードバック過程を適切に考慮することが必要である。気候の分布とその変動を支配する水循環のプロセスには,極域の氷,雲による放射の反射・吸収・放出など様々なものがあるが,熱帯域での背の高い雲とそれに伴う流れ(積雲対流)というのも,その重要な一つとして数えられる。気候変動の研究に用いられる大気大循環モデル(GCM)においては,この積雲対流をどのように表現するか(パラメタリゼーション)が大きな問題となっている。数多くの方法が提唱されているが,モデルの結果はその選択に大きく依存し,どの方式が最良であるかはわかっていない。その原因としては,グローバルな観測が不十分であることはもちろんであるが,積雲対流がどのようにして気候の分布を形成するのかという基本的な問題があまり理解されていないこともあげられる。そこでこの研究では,モデルによる数値実験の手法を用いることにより,この問題に関する新たな知見を得ることを試みた。通常の大気大循環モデルによる実験は,海陸分布,山岳地形などの存在によって結果が非常に複雑になってしまい,特定のプロセスの性質を探るのには困難がある。そこで,問題の本質を明確に取り出すために,海陸分布や地形を取り除き,地表の温度を固定して与えた実験を行った。

 結果の例を図に示す。これは積雲対流に伴う降水量などの分布を東西方向に平均して見た図であり,赤道の両側の緯度10度付近に計2本の帯状の降水域が現われる結果を示している。またその降水域に結びついて上昇流・下降流が存在する(ハドレー循環)。このような2本の帯状の降水域の構造は現実にも観測されており,海面の温度分布や大気中の波の性質などを用いて幾通りかの解釈がなされてきた。しかしこの実験結果により,これまでの研究で見過ごされてきた,地表からの蒸発量の分布の重要性が明らかとなった。大気は,日射によるエネルギーが主に地表面を通して与えられ,熱や潜熱の形で流れ(循環)によって運ばれ,放射エネルギーとして出て行く熱機関であると考えられる。熱帯においては,蒸発が主要なエネルギー源であるため,その分布が大気へのエネルギー入力の分布を決めている。大気の流れの形態は,その入力されたエネルギーをよどみなく運ぶように,エネルギーのバランスの条件によって規定されると考えられるのである。また,積雲対流の表現方法によるモデルの結果の大きな違いは,積雲対流がエネルギーをどのよう運ぶかという点の違いによって説明される。

 以上のような結果は,比較的長い時間スケールでの大気の循環を議論する上では,エネルギーの循環の視点が本質的に重要であることを示している。今後,この研究をさらに発展させ,海陸分布や放射の役割なども含めて考えることにより,大気大循環と気候の基礎的な理解と,気候モデルの改良に貢献したいと考えている。

(ぬまぐちあつし,大気圏環境部大気物理研究室)

図  流れの流線関数(上) と, 降水量, 蒸発量, 放射冷却量(下) の東西方向に平均した分布