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海産円石藻による物質循環と凝結核形成

省際基礎研究の紹介

渡辺 正孝

 円石藻は光合成を行い太陽光の届く有光層(100~200m以浅)に生息する単細胞の藻類である。光合成による炭素固定と同時に炭酸カルシウム(CaCO3)を形成し,形成された炭酸カルシウムは種により特徴のある形状の鱗片(コッコリスと呼ばれる)として細胞外隔に蓄積され,有孔虫,サンゴと並んで海洋中の主要な炭酸塩鉱物となっている。特にEmiliania huxleyi は海洋に広く生息し,大西洋の熱帯域及び,両極の亜寒帯で優占種となっており低栄養塩海域(リン酸が0.1μM程度)に多く観測されている。増殖してブルームを形成すると炭酸カルシウムの白色が人工衛星の可視域画像として北大西洋のアメリカ・カナダ沿岸からグリーンランド沖にまたがる広大な海域に観測される。

炭酸カルシウム形成過程は

Ca2+ + 2HCO3- → CaCO3 + CO2 + H2O

 で与えられている。炭酸カルシウム形成が同時にCO2を放出していることになり,形成されたCO2が光合成に利用されるのか又は海洋中に放出されるのかによって円石藻のブルームがCO2のsink又はsourceとなってしまい,その役割について大きな論争となっている。閉鎖実験系である海洋マイクロコズムを用いて E. huxleyi (Bigelow海洋研究所 無菌株CCMP374)の無菌培養を行い,光合成及び炭酸カルシウム形成にともなう炭素循環と環境因子との定量的把握を行うことを目的として省際基礎研究「海産円石藻の炭酸塩鉱物形成と海洋炭素循環機能に関する基礎的研究」をスタートした。

図1  Emiliania huxleyi の電子顕微鏡写真

 培養槽を蒸気滅菌(121℃,30分間)後,あらかじめ溶解槽で調整した培地を除菌フィルターを通して導入した。 E. huxleyi を1リットルフラスコで予備培養後無菌的に培養槽に入れ,12時間の明,12時間の暗周期に設定し,水温18℃にてばっ気培養を行った。さらに実験開始後17日目には栄養塩を補給するため培地を添加した。サンプリングは毎日13時に行い測定項目は細胞濃度,pH,全炭酸,リン酸態リン,硝酸態窒素,粒子態有機・無機炭素,粒子態窒素・リン,及び粒子態カルシウムである。

 培養9日目までは対数増殖を示し(増殖率μ=0.7d/日),培養10日目にはピーク(細胞数9.6×105cells/ml)に達した(図2-a)。その後細胞数は漸減したが,培養17日目に培地を添加後再び増殖を始めた。増殖過程では炭酸カルシウム形成は有機物生産に比して相対的に小さく,平均径は減少する(最小4.13μm)。しかし培地中のN及びPともに完全に欠乏状態となる培養10日目以降にはpHも約8.8に達し,炭酸カルシウム形成が活発に行われ細胞径が直線的に増加(最大4.7μm)することが計測された。この時pHと全炭酸から解離平衡により計算で求められた溶存態CO2は1μM以下であり,ほとんどの炭酸塩はHCO3-の形態(1000μM程度)で存在していた。E. huxleyi 細胞中の無機炭素/有機炭素の比は対数増殖とともに0.1程度にまで減少し,その後炭酸カルシウム形成とともに直線的に増加し,培地添加後はほぼ0.5~0.6と一定値となった(図2-b)さらに炭酸カルシウム形成過程においても全炭酸は減少,pHは漸増し続けることからも,炭酸カルシウム形成により放出されたCO2は光合成に利用されていることが示唆された。溶存態CO2がほとんど存在しない状態ではむしろ光合成に必要なCO2を作り出すために炭酸カルシウムを形成していると考える方が合理的であると思われる。現在炭素同位体比等の計測により E. huxleyi の光合成及び炭酸カルシウム形成にともなう炭酸塩の利用形態について詳細な計測を行っている。

図2-a  E. huxleyi の増殖と細胞平均径変化
図2-b  細胞中の無機炭素/粒子態有機炭素の比

 雲のもととなる凝結核に含まれる種々の物質が海洋上で計測されているがその由来はよくわかっていない。 E. huxleyi は有機硫黄化合物をはじめとする多くの揮発性物質を大気に放出しており,凝結核形成への深い関与が示唆されてきた。しかし海洋上では海水中での藻類種や溶存物質,揮発性物質等の総合的観測を行うことは困難であり,藻類が生産した揮発性物質と凝結核形成との関連を定量的に示すことは不可能であった。本培養実験において大気槽から連続サンプリングを行い,凝結核の計測を行った結果,E. huxleyiの増殖にともなって凝結核濃度が変化するのが初めて観測された。海洋での円石藻による物質循環と大気中での凝結核形成が実験的に結合されたことにより,本研究は”ガイアの実験的研究”と言えるかもしれない。

(わたなべ まさたか,水土壌圏環境部長)