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開発途上国における大気汚染による健康影響の研究

プロジェクト研究の紹介

安藤 満

 1992年の国連環境開発会議(UNCED)で決定されたアジェンダ21の「疾病の予防と健康の増進」において,“健康と開発は密接に関連しており世界人口の膨張による不十分な開発や不適切な開発は,大気,水質等の環境汚染による深刻な健康問題をもたらし,世界中の多くの地域において何億人もの健康が障害されている”とし,“国際的な支援と協力のもと,大気汚染,室内汚染による健康被害の防止活動を優先的に発展させるべきである”としている。

 現実には,中国をはじめ多くの開発途上国は化石燃料,特に大規模な石炭燃焼に依存した急速な工業化を進めているため,浮遊粉じんや有害化学物質による大気汚染が拡大しつつある。工業での使用に加え,屋内暖房や調理用熱源として生活環境においても多量の石炭が使用されているため,屋内汚染はさらに著しいものとなっている。このように開発途上国においては,人口の膨張と経済の急成長に伴う大気汚染により,健康障害が深刻化しつつある。

 このような開発途上国型の大規模な大気汚染による健康影響は中国において著しいため,このプロジェクトでは有害大気汚染質暴露と特異的健康障害の関連について,日中共同研究を行い解明していく予定である。中国は12億の人口を抱えながら,豊富な石炭に支えられ近年急激な高度経済成長を成し遂げつつある。この結果,大規模な大気汚染が起こっており,屋内汚染の進行と相まって,住民の大気汚染質への暴露が著しいものとなっている。健康面から石炭燃焼を考察すると,燃焼過程に伴う有害物質の発生と地域特異的な風土に由来する化学物質の発生による影響の両面がみられる。

 燃焼過程に伴う有害化学物質の発生による影響を検討するため,中国北京市の石炭,石炭ガス,天然ガス使用地区および東京都の幹線道路沿道周辺の住宅地を調査地区として設定し,主に冬期を中心として暖房期に日中共同調査を実施した。北京市の冬期の浮遊粒子状物質の汚染レベルは,逆転層が形成される夜間に著しく高濃度となるが,昼間も地域暖房等に使用される石炭の燃焼によって,深刻な大気汚染が観測される。北京市の大気汚染・屋内汚染・個人暴露の実態は,地域によって著しく異なり,石炭使用地区の汚染が最も激しいことが判明した。このような北京市の大気汚染のレベルは,東京都の道路沿道に比べ著しく高濃度の汚染状況である。

 図は発がん性が指摘されているベンゾ(а)ピレンの大気中濃度について,北京市の住宅地と東京の幹線道路沿道や周辺の住宅地を比較測定した結果である。いずれの都市においても,10μm以上の粒子に比べ,気管支・肺胞に沈着しやすい10μm以下の吸入性微小粒子部分に高濃度の発生が観測されるが,北京市におけるベンゾ(а)ピレンの大気汚染のレベルは,東京都の幹線道路沿道に比べ10倍を超える高濃度の汚染状況にある。このような高濃度の汚染は,急性・慢性の呼吸器疾患として反映する恐れが強い。この調査にみられるような屋内発生源としての石炭燃焼の重大さを考慮し,現在北京市は来世紀に向けて,屋内燃料として石炭から石炭ガスと天然ガスへの大規模な転換を環境衛生対策の一環として優先的に実施しつつある。

 地域特異的な風土に由来する化学物質の発生による影響に関しては,特にフッ素含量の高い石炭の燃焼による高濃度のフッ素発生が原因のフッ素中毒が深刻である。フッ素中毒は経口摂取が一般的であり,大気のフッ素汚染によるフッ素症の発生は,中国に特異的な健康障害といえる。このため本プロジェクトにおいては,石炭燃焼に伴うフッ素および浮遊粉じんによる大気汚染,屋内汚染の実態,住民の暴露と健康影響の予測のための国際共同調査を行う予定である。さらに暴露チャンバー実験によるフッ素症発生機構の解明を通じ,フッ素暴露と歯牙フッ素症・骨フッ素症発生の関係を明らかにし,石炭燃焼に伴う膨大な健康障害の発生を防止するための予防医学的手法を確立する予定である。

(あんどう みつる,地域環境研究グループ開発途上国健康影響研究チーム総合研究官)

図  中国北京市および東京都における冬季の大気中(ベンゾ(a)ピレン)の粒径別濃度(HPLC法)

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