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環境のリスク分析−リスク管理と危機管理

巻頭言

所長 鈴木 継美

すずき  つぐよしの写真

 我々の生活環境には色々な原因による多様なリスクが存在する。環境のリスクについては,最近では3種のタイプが取り上げられる。すなわち,人間の健康に対するリスクだけでなく,生態学的なシステム,さらに当該社会における質的な生活水準(quality of life ,QOL)に対するリスクも評価されるべきであり,かつ管理の対象とすべきであるとされている。今回の阪神・淡路大震災では予測されたリスクが不幸にも現実の災害になってしまったが,まず人の生存・健康の問題が,次にQOLの問題が大きな課題となっていることは周知のことだろう。なお,現時点ではまだそれほど大きな問題とはなっていない生態学的なシステムの損壊の問題がこれから登場してくるに違いない。

 ところで,今回だけでなく大災害の度ごとに“危機”管理ができていないと指摘される。この場合の危機は英語でいうとクライシスで危難が生じた時が問題で,そのとき何をなすべきかが問われている。危機管理もリスク管理も危険を予測するところは共通している。しかし,リスク管理が危機管理と違っているのはリスクを減少させる,あるいは予防するための活動であるという点にある。大地震に対する防災対策の中の多くのものはその意味ではリスク管理に含まれるだろう。危機管理もリスク管理も危険の予測に当たってリスク分析による情報を利用することになる。その際配慮しておかなければいけない問題点がある。“リスクの解剖学”という言い方があるが,リスクの内部構造が問題なのである。すなわち,どんな問題が最大のリスクを作り出すかを検討するだけでなく,何故それが最大のリスクを作るのか,誰がそのリスクを負うのかを知らなければならない。例えば,今回の地震では社会的弱者がより厳しい影響を受けているが,主たる原因(地震),に他の副次的な要因(老朽化した建造物・高齢の居住者等)が重なって現実の災害が作られた訳で,いかなる人々がまたいかなる生態学的対象がどのような仕組みで最大のリスクに直面しているかを知っておく必要がある。

 リスク管理,危機管理の土台としてのリスク分析の内容について今後検討すべき点が多々ある。沢山のリスクが存在する中で,誰が,どうやって問題を拾い出し,どのように整理し,どうやってランク付けするか等について検討を進めなければいけない。

(すずき つぐよし)

筆者プロフィール:

東京大学名誉教授,東京大学医学部卒,人類生態学・公衆衛生学専攻,医学博士
〈現在の研究テーマ〉環境研究が科学・技術としていかなる特性を持つかについていつも考えています。