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土地利用変化モデルの開発

研究ノート

高橋 潔

 今世紀後半の急激な森林伐採,砂漠の拡大などが深刻な環境問題として取り上げられ,土地利用変化は人間活動により引き起こされる環境変化のうちもっとも重要なものの一つとして位置づけられている。果たして我々は持続可能な土地利用を行えているのであろうか。また今後どうなっていくのか。そこで,人口増加,経済発展,技術進歩,政治構造の変化などの社会経済に関連した因子と,気候変動,土壌変化などの自然に関連した因子により土地利用が変化するプロセスを包括的に取り扱う統合モデルを開発し,将来の土地利用の空間的な分布を予測することに現在取り組んでいる。さらにその将来の土地利用分布の予測に基づいて,食糧供給,生態系保存,炭素循環などの土地が担うべき機能を十分に果たせるかどうかについていろいろな側面から検討を試み,健全な土地利用を将来的に続けていくために必要と考えられる政策を検討していく計画である。

 本研究で用いられるモデルでは,土地利用変化は,土地を用いるあらゆる活動(農業,畜産,林業,エネルギー生産,鉱業,住宅,社会基盤施設,製造工業,レクリエーション,自然保護など)に対する土地資源の配分決定としてとらえられる。その配分決定には,すべての財・サービスに対する需要と供給のバランス(均衡)を同時に考慮する経済モデルである一般均衡モデルが用いられる。土地利用変化を引き起こす原因として,人口増加,生活スタイルの変化,技術進歩,経済発展,政治・経済構造の変化,価値観の変化については,既存の研究による予測を用いてシナリオ的に取り扱う。また,気候変動と土壌変化については,農産物の生産性の変化を通して土地資源の配分決定に影響を与えるプロセスを考慮に入れる。

 本研究で用いられる一般均衡モデルは,国内市場および国際市場を想定し,それぞれの市場の価格に反応して需要,供給,貿易が変化し,すべての財について需要と供給が均衡する解が求まる過程を表現する。その均衡解は,各々の生産者が自己の利潤を最大化する生産活動を行い,各々の消費者が予算の制約の枠内で効用(満足感)を最大化する消費活動を行う結果として決定される。この一般均衡モデルの利用により,政府が行う課税,補助金,汚染規制,貿易規制などの政策に反応して,生産者・消費者がどのように行動し,需給バランスが変化し,さらにはそれがどのような土地利用を引き起こすのかについて,比較検討を行うことが可能になる。また,筆者はオーストリアの国際応用システム研究所での農業一般均衡モデルの開発過程にも参加している。平成8年度は10月〜1月の4ヵ月間ウィーンに滞在し,同モデルの開発に従事した。この共同研究において開発されているモデルは特に中国・旧ソ連の国内に注目したものであるが,利用されている理論・計算手法は本研究で開発中のモデルにも反映される予定である。

 現在までに,気候変動が生産性の変化を通して土地利用に与える影響を算定するために,気候と土壌の性質を考慮した農作物生産性モデルを開発し,予測される将来の気候下での12の作物種の生産性の変化の算定を行った。図は気候モデルによって予測された2100年の気温,降水量での冬小麦の生産性と現在の気候条件下での生産性の差を示している。赤で示された地域は生産性が低くなる地域であり,予測される将来の気候条件下では中国東北部やインド北部などで生産性が著しく低下するという算定結果となった。では,それらの地域では冬小麦の生産性の低下を反映して土地利用はどのように変化するのであろうか。小麦の生産性の低下した土地では,小麦よりも大きい価値を生み出す商品を生産するようになるだろう。しかしながら,その地域での小麦の供給量は減少するので価格が上昇し,それがフィードバックとなりそれほど多くの農家が小麦の生産をやめないかもしれない。また,気候変動は小麦の生産性だけではなく他の作物の生産性も同時に変化させるので,それらの相互の関係を同時に考慮する必要もある。そのような複雑な関係を考慮した解析を行うために,国際貿易を取り扱う一般均衡モデルを取り入れた土地利用変化モデルの主部分の開発を早急に行いたいと考えている。

(たかはし きよし,社会環境システム部環境計画研究室)

執筆者プロフィール:

山形県鶴岡市生まれ,京都大学工学部衛生工学科卒業。
〈特技〉一晩に多くの夢をみること(大学在学中に最高14個見た)