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湖沼,湿原から水資源管理へ−これまでの研究と今後の課題

(前)生物圏環境部長 岩熊 敏夫

 国立公害研究所および改組後の国立環境研究所における19年間は,私にとって簡単には振り返ることもできないほど,さまざまな体験が凝縮されている。そこでこの場をお借りして,若干懐古めいた話と今後の展望について述べさせていただく。

 昭和53年に国立公害研究所に入所後,ちょうど開始されていた浅い富栄養湖の物質循環を明らかにすることを目的としたプロジェクト研究に参加した。私自身,湖の研究は初めてであったが,霞ヶ浦の植物プランクトンの一次生産と底生動物の二次生産を担当することとなった。新しいフィールドでの他分野の研究者との共同調査・研究は新鮮であった。毎日のように,高浜入へ船外機付きのボートで調査にでかけたこと,船の座礁,エンジントラブル等,現場作業が必ずしも順調に進まなかったことも,今ではなつかしい思い出ともなっている。

 1970年代から80年代にかけての湖の富栄養化問題は,内外の多くの中堅・若手の研究者を結集させ,結果として国立公害研究所に限らず日本全体での陸水学のポテンシャルを高めたと考えられる。その間,水界生態系の操作を目的とした隔離水界実験が,80年代の初めに国立公害研究所により霞ヶ浦で行われ,その後,同様の実験が大学の研究者と共同で諏訪湖でも行われた。前者は物質循環の解明,後者は生物間相互作用系の解明をそれぞれ目的としていた。隔離水界の設置と維持には研究費と労力を要するが,それが実現できる環境にあり,特色ある実験研究に参加できたことは,率直に言って幸運であった。

 一方化学物質の生態系影響研究は,実験生物の供給体制の充実もあり,国立公害研究所の特色ある研究となっていた。また野外の河川・湖沼における残留農薬濃度の実態と農薬の流出特性なども,早い段階で調査・研究に着手していたといえる。

 平成2年の国立環境研究所への改組に伴い,自然環境保全研究を新たに立ちあげることとなった。宮床湿原,赤井谷地湿原(福島県),釧路湿原,尾瀬ヶ原等を対象に湿原生態系の構造と機能の解明のプロジェクト研究に取り組んだ。異なる人為影響下にある,異なる大きさの湿原の比較研究から,湿原の周辺の開発が湿原内にどのように影響を及ぼしているか等,「島」としての湿原の生態系保全に係わる結果を得た。水域と陸域の移行帯の生態系である湿原への取り組みは,私自身にとって,陸上生態系へ目を向けるとともに,水界生態系を陸から見つめ直すきっかけともなった。

 IPCC(気候変動に関する政府間パネル)のワーキンググループ報告では,温室効果ガスの放出による地球温暖化が,河川・湖沼の集水域の降水量,出水量の大きな変動をもたらすことを予測している。水資源の量と質の確保,適切な水資源管理は,洪水などの物理的な被害を防止するだけでなく,環境衛生の観点からも重要である。一方で経済発展と都市化の進行は,水需要を加速し化学物質汚染も加速する。21世紀においても,水資源管理が我が国と近隣諸国における重要課題となることは間違いないであろう。現在,科学技術基本計画,環境基本計画といった国の科学技術・環境政策,そして研究の大幅な見直しの時期にさしかかっている。次世代の環境研究が成果をあげていくためには,省庁再編をはるかに先取りする幅広い研究協力が必要であろうと考える。私が現在所属する大学は,かつて泥炭湿地であった平原を開拓した地に立地し,構内にはミズバショウ等の湿地植物が今も自生している。広大な泥炭湿地は高緯度地域だけではなく,実は熱帯アジアにも分布している。湿原の研究は,グローバルな水循環,物質循環という地球環境問題に必然的に展開していくようである。

(いわくま としお,現在:北海道大学大学院地球環境科学研究科教授)

執筆者プロフィール:

昭和22年東京生まれ,東京大学工学部卒。三井造船株式会社勤務後,信州大学農学部を卒業し昭和53年に国立公害研究所に入所。平成9年4月より現職。理学博士(九州大学),専門は陸水生態学。