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外来魚と湖の生態系

研究ノート

福島 路生

 ハクレンという中国原産の淡水魚が,利根川水系などに定着し,自然繁殖している。産卵の時期に体長1mぐらいのこの魚が豪快にジャンプをしている光景がテレビで放映されたことがあるのでご存じの方も多いだろう。ハクレンは魚体に似合わず,水の中に生息する1mmにも満たないプランクトンを鰓で濾しとって食べている。この魚,湖にひとたび放流されると意外な能力を発揮して,湖の環境をがらりと一変させてしまいかねない,ということがわかってきた。

 私たちの研究チームでは1996年から霞ケ浦に隔離水界(一種のいけす)を6基設置して,その中にハクレンの幼魚を放流し,それぞれの水界で夏の間に出現するプランクトンの種類と量を調べてきた。下のグラフは,様々な植物プランクトンの各水界における出現頻度(密度)のリストに,対応分析という多変量解析を応用して一目で把握できるように工夫したものである。この中で1から6までの番号で記されているのが6基の水界である。水界1には魚を入れず,水界2から6までに密度を段階的に増やしながらハクレンを放流した。これらの6水界に囲まれるように散在する○と×の点は,それぞれ種類の異なる植物プランクトンと形状の異なるピコシアノバクテリア(2μm以下の藍藻類)である。そして前者はさらに藍藻(青),珪藻(赤),緑藻(緑),黄色ベン毛藻(水色),クリプト藻(黒)などタイプ別に,後者も単細胞(黒)と群体(赤)とサイズ別に色分けして分類した。水界と各種プランクトンの第1固有ベクトル値は,両者の相関が最大になる値の組み合わせである。一方,第2固有ベクトルは,第1固有ベクトルに直交するという条件の下で両者の相関係数を最大にする。さらに,プランクトンのベクトル値は,水界のベクトル値の各水界に出現したプランクトン密度で重み付けした平均値であって,一種の重心と考えていただきたい。つまり,プランクトンの点が水界の近くにプロットされていればいるほど,そのプランクトンはその水界で数多く出現したことになる。

 グラフの右端に位置しているのは,ハクレンが全くいない水界1である。この水界に重複してプロットされた緑藻は,ここだけに出現したことが分かる。そしてそのすぐ左にプロットされたアナベナは,同じく水界1で真夏の一時期,アオコを大発生させた。水界1に近いプランクトンは,どれもが大きな細胞や群体をつくるものであった。今度は横軸に沿ってグラフの左側に目を移していくと,群体のピコシアノバクテリア,そして単細胞のピコシアノバクテリアといった具合に微小なプランクトンが増えてくる。ハクレンを放流した5つの水界は,水界1と反対側,グラフの左側に押し寄せられてプロットされている。つまり,これらの水界では出現した植物プランクトンが小型のものばかりで,水界1のプランクトン相とは共通点が極めて少なかったことを物語っている。どうやら第1固有ベクトルは,ハクレンによる捕食圧の違いという6水界の環境傾度が,プランクトンの体サイズ変化という形で表現されているようだ。

 湖に放流されたハクレンは,その並外れた鰓の濾過効率によって,人間の目には普通見えない植物プランクトンの群集構造を大きく変える。湖の一次生産を支えている植物プランクトンの種組成が変わることは,食物連鎖の網の目を辿って,いずれはその湖に生息するその他の魚やその魚に頼って暮らしている人間の生活を変えることにつながるのである。

分布の図
図 6基の隔離水界に出現した植物プランクトンの群集構造(軸の単位は無次元)

(ふくしま みちお,地域環境研究グループ 開発途上国生態系管理研究チーム)