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石炭燃焼に起因するフッ素中毒と予防

研究プロジェクトの紹介 (平成10 年度終了開発途上国環境技術共同研究)

安藤 満

  現在,環境やエネルギーの分野で世界人口の急増が,重要な問題となりつつある。近い将来開発途上国人口は,世界人口の80%を占めると考えられており,途上国環境の改善は解決の急がれる課題である。12億4千万人を抱える中国は人口抑制に成功する一方,急速な経済発展を成し遂げつつある。中国の経済発展は豊富な石炭に依存し,その依存率は総エネルギー消費量の79%と著しく高い。工業用に加え,暖房や調理用熱源として民生用にも多量の石炭が使用されている。そのため,石炭燃焼に起因する大気汚染は,広域汚染から屋内汚染に至るまで,影響する範囲が広い。

 一般に石炭は品質に大きな差があるが,中国の石炭も産地ごとに品質に大きな違いがある。日本等への輪出用石炭や,北京等の大都市において使用される石炭は,近代的選炭技術で生産された良質の石炭である。その一方,一部地域では,イオウやフッ素含量の多い石炭を使用しているため,燃焼による亜 硫酸ガス,フッ素,浮遊粉じん等による大気汚染が深刻化している。

 中国のフッ素汚染は,上海市を除く31の省,自治区,直轄市の一部において,飲料水と石炭燃焼によって起こっている。フッ素汚染地域は全土に分布し,中国全体では,1億4百万人がフッ素汚染にさらされ,慢性のフッ素症の患者の総数は,4,300万人に上っている。本研究の対象とした石炭燃焼に由来するフッ素汚染は,14の省の農村地域で発生し,住民が斑状歯として知られている歯牙フッ素症と,骨硬化を主な症状とする骨フッ素症にかかっている。1997年の中国衛生部の調査では,石炭燃焼由来のフッ素汚染により,1,816万人が歯牙フッ素症に,146万人が骨フッ素症にかかっていると報告されている。

 フッ素大気汚染によるフッ素症発生は,中国においてのみ観察されるため,その解明に向けた調査研究を中国現地医療機関の協力と自治体住民の協力を得て,日中共同の環境調査と臨床疫学調査として実施した。

研究は,
(1)石炭燃焼による屋内フッ素汚染実態
(2)フッ素への個人暴露の予測
(3)歯牙フッ素症と骨フッ素症の罹病率
(4)フッ素による健康障害発生機構

の各課題を,国立環境研究所,大学,病院の日本側研究者と,中国衛生部予防医学科学院及び各調査地域の自治体(省)の研究者の間で,1994年から1998年の5年間にわたり実施した。詳細は,本年度の特別研究報告書に記載しているので,ここでは概要を述べるに止める。

 フッ素汚染地域では,家庭で燃料として用いる石炭や火力調整用の土壌中のフッ素含量が高く,屋内大気のフッ素汚染を引き起こしている。このため住民のフッ素吸入によるリスクも高い一方,屋内貯蔵穀物へのフッ素吸着による二次的汚染が著しい(写真)。結果的に汚染食品の経口摂取によるフッ素暴露が,寄与度として最も高くなっている。図に示すように汚染地域では児童の歯牙フッ素症の罹患度が高く,また成人の骨フッ素症が頻発している。これらの症状はフッ素暴露に比例して重症化しているため,疾病予防の対策が急がれる状況である。このため汚染の実態とフッ素症発生の関係を共同解析することにより,予防対策を検討した。

罹患度のグラフ
図 小・中学生の歯牙フッ素症の罹患度
トウガラシ・トウモロコシの写真
写真 屋内大気汚染による食品(トウガラシ・トウモロコシ)のフッ素汚染状況

 フッ素症の対策は(1)フッ素症の治療と(2)フッ素症の予防に分けられる。フッ素症の根本的治療は,実際上不可能であるため,予防が最善の対策となる。飲料水の場合,フッ素汚染のない水源を確保する対策が進んでいる。石炭燃焼に由来するフッ素症対策はより困難な面を抱えているが,汚染の流れの下流より上流に向けて以下の対策が考えられる。

(1)汚染食品の摂取抑制対策
(2)排煙設備による屋内汚染の抑制
(3)石炭前処理による汚染抑制
(4)エネルギー転換による汚染抑制

 (1)トウモロコシ等の汚染食品を汚染の少ない食品として加工販売し,汚染のない食品を購入したり,トウモロコシ栽培から稲作への転換により食品の汚染を防止する方法であり,既に一部取り組まれている。(2)排煙設備を設置し,屋内汚染を予防する方法である。最も重点的に取り組まれているが,一戸当たり年収1,800元(2万7千円)~3,600元(5万4千円)という中で,貧富の差が排煙設備(約500元:7,500円)の普及に反映している。(3)石炭の前処理や石炭ガス化により汚染を低減化する方法である。高度な技術投資と環境への配慮を必要とするが非常に有望な手段と考えられ,日本の貢献が強く望まれる部分である。(4)石炭エネルギー利用から以下のエネルギーへの転換である。а)石油・天然ガスエネルギーへの転換は資源面の困難と環境汚染をいかに克服するかが日中共通の課題である。b)自然エネルギーの利用は,三峡ダム開発にみられるように自然保護との調和が必要であるが,今後様々な展開が行われると予想される。c)豊富なバイオマスエネルギーの利用としては,バイオマス燃料の利用が在来技術を用いて取り組まれているが,現状では環境汚染と効率の点で普及は限られている。最新の技術に支援されたシステムの効率化と汚染防止に関する日中協力が必要とされている。

 以上すべての対策を総合的に実施する必要があるが,日本の貢献は発生源対策の(2)・(3)・(4)の分野で,幅広く実施できると考えられる。

(あんどう みつる,地域環境研究グループ 開発途上国健康影響研究チーム総合研究官)

執筆者プロフィール:

鹿児島市生まれ,九州大学理学部生物学科卒,博士課程中退後鹿児島大学医学部公衆衛生学教室勤務,医学博士。専門は環境衛生学。共同研究を実施する際に,多彩な国際環境,文化,人間性について考えさせられることが多く,楽しみでもある。庭で無農薬有機栽培のため,多様な自然と格闘することも,また楽しい。