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地球温暖化の影響を予測する

シリーズ重点特別研究プロジェクト:「地球温暖化の影響評価と対策効果プロジェクト」から

原沢 英夫

 人間活動が引き起こした地球温暖化の影響が世界各地で現われてきた。昨年4月に公表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第3次評価報告書の主な結論の一つである。山岳氷河の後退,永久凍土の融解,動植物の生息域の極方向や高さ方向への移動などの事例が報告されている。同じ時期に公表された環境省の報告書も,桜の開花が早まったり,南方系の蝶や蜘蛛が北上しているなど,日本でも影響が現われていることを指摘している。加えて世界各地で洪水や干ばつ,熱波などの異常気象が発生しており,日本も昨年の7月は猛暑で,多くの人々が熱中症にかかり影響を受けた。IPCCによれば,2100年には1990年に比べて,1.4~5.8℃気温が上昇し,9~88cm海面が上昇すると予測しており,また短期的には台風,エルニーニョ,洪水,干ばつなど極端な気象現象の発生頻度や強度も増加すると予測され,進む地球温暖化のもたらす影響が今後ますます深刻になると予測されている。地球温暖化問題への対応は気候変動枠組条約のCOP(環境問題基礎知識参照)で議論されているが,IPCCの第3次評価報告書は最も信頼できる科学的知見を提供している。

 では,影響はいつ,どこに現われるのか,その被害はどの程度なのか?そして温暖化しつつある気候の影響を低減するような対応策はあるのか?こうした問いに答えることが,重点特別研究プロジェクト「地球温暖化の影響評価と対策効果プロジェクト(以下,地球温暖化研究プロジェクト)」の影響・適応面を担当する影響・適応モデル研究チームの使命である。地球温暖化研究プロジェクトは温暖化に関する多分野の研究者が関与しており,影響・適応研究を進めるにあたって,例えば,気候モデル開発研究チームから最新の気候予測結果をいち早く提供してもらったり,社会経済・排出モデル研究チームから適応策の費用推計など,いろいろな情報や支援が得られるというように,研究を効果的かつ総合的に進められるという特徴がある。

 温暖化の影響の予測は,1.気候モデルによって計算される将来の気候条件(気温や降水量など)を入力条件とし(一般に気候シナリオと呼ばれる),2.穀物や水資源などの影響を予測評価する計算機モデルにより,将来の影響の範囲や程度を予測し,3.悪影響が卓越する場合には,その悪影響を緩和,低減する対応策(一般に適応策と呼ばれる)の効果を評価する,ことにより行う。これまでに,京都大学,中国,韓国,インドの研究者と共同して地理情報システムを活用した影響予測・評価モデルを開発してきた。具体的には,地球規模で,コメなどの農作物,水資源や水需給,植生,マラリアや暑熱など健康への影響を予測するモデルである。例えば,図は,年率1%の大気中温室効果ガス濃度増加の仮定に基づく国立環境研究所と東京大学気候システムセンターが開発した気候モデル(CCSR/NIES GCM)の予測結果を用いて,2050年頃におけるコメと冬コムギの潜在的収量(各地点の気候条件と土壌制約条件の下で達成可能な単位面積当たり収量の上限)への影響を推計し,図示したものである。コメの高収穫地域(赤で表示)が高緯度側にシフトしていること,いままで収穫されていた地域がだんだん収穫できなくなること,などが読み取れる。影響の予測結果は,国ごとに集計したり,また穀物の貿易によりどのくらい影響が緩和できるかなどの検討にも使っている。

影響の図
図 温暖化のコメ・冬コムギの潜在的収量への影響
年率1%の大気中温室効果ガス濃度増加の仮定に基づく気候モデル(CCSR/NIES)の予測結果を用いた。

 温暖化対策面では,予測される悪影響を極力低減する対策も近年重要視されてきている。日本では,温暖化対策というと,まず原因物質である二酸化炭素などの温室効果ガスの発生量を削減することが取り上げられるが,すでに温暖化の影響が現われており,今後影響範囲が拡大するとともに深刻化すると予測されるので,こうした変化しつつある気候に対して予め対策をとっておこうというのが,適応策である。適応策は全く新しい対策というわけではなく,例えば,農業分野では,冷夏を経験すると翌年は寒さに強い穀物を植えるなど,とくに自然環境に依存してきた人間活動にとっては,従来も行われてきた「生産の知恵」ともいうべき対策である。これらを集大成し,技術,制度,経済的な諸点を検討し,将来的には現在進められている削減策と最適な組み合わせを検討することも研究課題である。適応策は,2006~2007年頃に取りまとめられると予定されているIPCCの第4次報告書の重要なトピックスになることは間違いない。

 温暖化の影響の現われ方は,国や地域により変わるし,年を追うごとに深刻になると予測されるので,国や地域レベルの影響や脆弱性も研究課題である。これまでは,世界全域やアジア全域など広域を対象に影響予測や評価を行ってきたが,今年批准され発効するであろう京都議定書に基づく温暖化対策が強化されるのを契機として,国や地域レベルの対策が急速に進むと考えられる。その際,対策を進めるうえで,国や地域のより詳細な影響に関する情報が求められる。国や地域レベルの影響評価については,気候シナリオの空間的精度を如何にあげるか,必要なデータは入手できるかなど,幾つか克服しなければならない問題があるが,関連分野の研究者と協力して検討を進めている。

 昨年夏の猛暑は,温暖化のもたらす影響について一般の人々の関心を高めた。対策が地域で取られるようになると,影響に関する情報は地域の生産活動や市民のライフスタイルの変更などを推進するための重要な役割を担うことになろう。今後は,研究を精力的に進めるとともに,研究の成果やIPCCなどで議論されている最新の情報を一般の人々や政策決定者に提供していく予定である。

(はらさわ ひでお,地球温暖化研究プロジェクト総合研究官)

執筆者プロフィール

1992年よりIPCCや温暖化影響の研究に従事。IPCC第3次評価報告書(影響・適応・脆弱性)の作成では,アジアの章の責任執筆者としてとりまとめに貢献。最近の趣味はパソコンの自作。現在Pentium4(Northwood)を使った3号機を計画中。