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「遺伝子組換え生物の取り扱いに関する現状」

環境問題基礎知識

玉置 雅紀

 近年,遺伝子組換え生物GMO(Genetically Modified Organism),特に遺伝子組換え作物の安全性に関する記事が新聞・雑誌等を賑わせています。GMOに関する問題は大きく分けて二つあります。その一つはGMOの人体への影響(食品としての安全性)についてのものであり,もう一つはGMOの環境影響についてです。これらのうち前者は遺伝子組換え技術が開発されてまもなく,一部の科学者から組換え実験に伴う未知の危険性が指摘されたこともあり,経済協力開発機構(OECD)で合意された共通の概念に基づき各国で遺伝子組換え実験・利用に関する指針が作られました。OECDで合意されている安全性評価のための最も基本的な考え方は,「実質的同等性」というものです。すなわち,導入する遺伝子が産生するタンパク質の安全性を確認し,また組換え農作物とその元の農作物とを比較して成分・形態・生態的特質等において変化がなければ,食品としての安全性については元の農作物と同等であると判断するというものです。この考え方は,世界保健機構,国連食糧農業機関の報告書においても用いられているものであり,先進国を中心に広く採用されています。

 今後,高付加価値を付与した作物(例えば低アレルゲン米)や環境改善に向けた遺伝子組換え植物などの利用が増加することが予想されますが,これらのうち環境改善を目的とした遺伝子組換え植物は人間の管理が行き届いている圃場ではなく,主に他の植物が混在する生態系で使用されると考えられます。したがって,この様な遺伝子組換え植物が利用されるようになると,これらの生態系への影響が無視できなくなると考えられます。この様な状況のもと現在GMOの環境影響評価がどのように行われているのか,また,今後の展望について概説したいと思います(環境研での研究については3頁からの記事を参照)。

 現在,遺伝子組換え植物の野外での利用は農水省の定めるガイドラインに従って行われています。ガイドラインではGMOを栽培することで,周囲の環境に及ぼす影響を調べるために,前もって隔離圃場で試験的な栽培を行って,(1)生育のしかたはどうか,(2)花粉の飛散などにより遺伝子がほかの植物に移ってしまわないかどうか,(3)移ってしまった場合の影響はどうか,(4)雑草化しないか,(5)ほかの生物の生育に及ぼす影響はどうか,等について調査するよう定めています。これらの調査の結果,日本の環境に悪い影響があると判断された場合は,審査をパスしないので,GMOは商品化されることはありません。

 しかし,この過程で問題となるのは上述したGMOの食品としての安全性の指標となる「実質的同等性」の概念が環境影響評価の際にも取り入れられていることです。たとえば(2)の交雑性についても農水省のガイドラインではGMOの交雑率が元の非遺伝子組換え栽培種と同じであれば問題はないと見なされ,審査をパスしていきます。これについては様々な意見があると思いますが,私の考えは,「GMOの生態系への影響は,分からないことが多い。したがって,その環境影響を短期的な試験だけではなく長期モニタリングしながら適切に利用すべきだ」ということです。これらの点について十分に調べ論議しているのであれば,その結果が「遺伝子組換えによる環境影響はあるが,そのメリットが大きいので,これを利用する」でも良いし,「環境影響が大きすぎるので,利用は止める」という結論でもよいのです。つまりGMOの利用はそのリスクとベネフィットを天秤にかけて慎重に選択すべき問題であると考えます。

 また,現状のGMOの環境影響に関するもう一つの問題点としてはこれはあくまでも農水省の定めたガイドラインに従って行われているという点にあります。このガイドラインには法的拘束力は何もない,つまり,罰則規定がないためにやろうと思えば誰が・いつでも・どこでもGMO作物を栽培することができるという問題があります。

 そこで,最近,GMO作物が環境に悪影響をもたらす可能性を疑わせる報告があったこと,さらに,GMO作物の実用化が急速に進む中,ヨーロッパ,日本を中心に,これらに対する人々の懸念が増大していることを踏まえて,遺伝子組換え農作物等の環境リスクを管理する新たな国際的な仕組みの構築が現在行われつつあります。この様な背景の中で「生物の多様性に関する条約のバイオセーフティに関するカルタヘナ議定書」が提案されました。

 この議定書は,GMOを環境へ放出することによる生物多様性への悪影響を防ぐために,輸出入時の手続きなどについての国際的な枠組みを定めたものです。この議定書の第8条では保護地域制度による生物多様性の保全や生態系や種の復元,回復の実施等の生息域における保全のための措置が記述されています。その一つとして遺伝子組換え生物の利用,放出に際しての生物多様性へのリスクを規制,管理,制御するための措置をとるよう締約国に求めています。この議定書は生物多様性条約に基づき2000年1月に採択されました。

 締約国には,輸入国はGMOの輸入に先立ってこれらの生物多様性へ与える影響についてリスク評価を行うことやそれに基づいて,輸入の可否を決定することなどが義務付けられます。議定書は,50カ国が批准した日から90日後に発効することになっており,2003年6月13日にパラオが批准したことにより,議定書の発効要件を達成し,現在議定書の発効は秒読み段階に入ったところです。

 日本も,議定書を担保する国内法が整備され次第批准する方針で,2002年7月16日には,環境省,財務省,文部科学省,厚生労働省,農林水産省及び経済産業省によって共同でカルタヘナ議定書国内担保法制定準備室が設置されました。その後,「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律案」として2003年3月18日に閣議決定され,2003年6月10日に行われた第156回衆議院本会議において本法案は可決されました。議定書については近く批准する予定になっています。

 この法案は,遺伝子組換え生物を使用する際に,環境中への拡散防止措置をとらずに使用する場合(第一種使用)と,拡散防止措置をとった使用(第二種使用)に分けて手続きを規定したものであり,第一種使用の場合は生物多様性影響評価書を添付した上であらかじめ主務大臣の承認を受ける義務,第二種使用の場合には主務省令で定められている拡散防止措置か主務大臣の確認を受けた拡散防止措置を実施する必要があるとしています。また特筆すべきは罰則規定が設けられたことで,違反に対して一年以下の懲役又は100万円以下の罰金が定められています。

 このように今後は上記の法律に基づいてGMOの取り扱いが行われることになるため,GMOの環境影響評価がますます重要になってくると推測されます。そして,そのような環境影響評価を有効かつ迅速に行うための研究はますます重要なものになると考えられます。

(たまおき まさのり,生物多様性研究プロジェクト)

執筆者プロフィール

金色(?)のレガシィに乗り,好きなCDを大音量でかけて夜中の空いた一般道を走るのがストレス解消。気がつけば福島県まで行ったことも。車の燃費は悪く,環境に悪いと思いつつこれだけはどうしてもやめられない。