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黄砂の多寡をもたらすもの

環境問題基礎知識

菅田 誠治

 黄砂はタクラマカン砂漠,ゴビ砂漠,黄土高原などの発源地から砂嵐によって巻き上げられるもので,それが西風に乗り特に3~5月にかけて日本にもやってきます。サハラ砂漠から発生するエアロゾルと合わせて,世界の二大鉱物性ダストといわれており,サハラのものはいくらか赤味が強いのに対し,黄砂の色は壁土色です。日本における黄砂の沈着量は一年あたり1~5トン/ km2程度と見積もられています。ちなみに北京では春先の黄砂シーズンで一月あたり10~20トン/ km2です。近年黄砂が長期的に見て増加しているかについて議論がなされていますが,増加しているか否かについては研究者の間でも見解は統一されていません。

 日本における黄砂のイメージは空が黄色く霞むとか車などに薄く積もるといったものだと思われますが,中国における黄砂は,例えば発源地付近では大きな粒子もあり車の表面がその衝突によりボコボコになったり,北京でも大通りの反対側が見えなくなったりすることがあるなど強烈なものがあります(表紙の写真)。中国では,黄砂時の天気を気象条件によって,浮塵(ふじん),揚塵(ようじん),沙塵暴(さじんぼう)と区別して呼んでいます。視程距離が10km未満で浮塵,1~10kmが揚塵,1km以下で沙塵暴です。浮塵と揚塵の区別があいまいですが,風の強さによって使い分けています。また,視程距離が同じ1kmでも風速15~16m/s以上であれば沙塵暴,それ以下では揚塵と呼びます。日本に飛来する黄砂は,中国風にいえばほとんどが浮塵です。

 一般的に黄砂の飛来の多寡は発生と輸送の二つの過程で決まっています。つまり,発源地で黄砂がどの程度発生するのか,また,発生した黄砂がどのようなルートで輸送されるのかです。両者は以下で述べるようにそれぞれいくつもの要因の影響を受けています。

 黄砂は基本的に強風が地表面から砂を舞い上げることにより発生します。そのためには土壌,植生やその他の地表面状態が一定の条件を満たすことが必要です。土壌については細かい粒だけの方が風に舞い上がりやすいように思えますが,そのような土壌は粘土状に固まりやすく舞い上がりにくいと言えます。いわゆる砂漠土や黄土は舞い上がりやすい土壌です。このような土壌の表面を覆う植生が無いか非常にまばらであり,ある程度以上乾燥し,雪による被覆がないといった条件が揃ったときに,一定以上強い風が吹くと黄砂が舞い上がります。その風速の臨界値は土壌や植生などに応じて決まります。今年黄砂が少なかった原因の一つは,中国内モンゴル地区での積雪が多かったことだと言われています。

 一方,黄砂の輸送は,黄砂が発生したときの気象状態に依存します。西方から北京付近に飛来する黄砂の多くはその後北上し北東方向へと抜けていきます。強風を伴う黄砂の本流は日本へは到達せず,北東に流れる本流の一部が南東に広がるような形で日本へ輸送されます。ところが北上するポイントが東側にずれると本流が直接日本付近に飛来することになります。2002年はこのような形での輸送パターンが多いために日本への飛来が多かったことが分かっています。このように輸送の水平パターンは黄砂発生後数日間の気圧配置などに依存した微妙な問題であり,たとえ発生量が全く同じでも日本への到達量を大きく変えうる要因です。

 輸送を考える際には高度方向の分布も大事な問題です。黄砂が発生時にどのあたりの高度まで巻き上がるかは粒径に依存します。基本的には粒径の大きい粒子は地上付近に留まり,小さい粒子は対流圏中層以上にまで達します。発源地近傍では100μm(1μmは1mmの千分の一)を超えるような粒子もありますが,粒径の大きなものほど輸送途中で重力落下による除去を受けやすいので,北京で観測される黄砂の粒径は5~20μm程度,日本では平均粒径が4μm程度になります。大気には,地表面付近に乱流による鉛直混合の卓越した大気境界層注と呼ばれる層が存在し,その上は自由大気もしくは自由対流圏と呼ばれる地表面の影響をほとんど受けない層が存在しています。粒径の小さい黄砂の一部は発生後まもなく大気境界層の上端を抜けて自由大気まで運ばれます。自由大気では,境界層内と比べて地表面での沈着等の影響を受けずまた風速も強いので,速やかに輸送されます。上空を運ばれて日本に到達するのに2,3日かかります。中には太平洋を越えて北米大陸上で黄砂が観測された例があります。自由大気中を運ばれる黄砂の一部は,気象条件によっては再度境界層内に取り込まれ,地上付近で観測されることになります。気象庁による黄砂現象の積算観測日(全国128点での観測日数の積算)は,2002年には1200余りでしたが,今年は200足らずでした。しかし,国立環境研究所のライダー観測によれば,上空通過も含めた黄砂観測日数で見た場合に長崎では今年も前年の8割程度の観測があり,つくばでも半分強の観測があったことが分かっています。つまり,日本で地上観測された黄砂という意味では激減したけれども,上空を通過する黄砂も含めるとそれほどでもないということが分かったわけです。

 なお,環境研での研究については5頁からの記事参照。

 黄砂を理解する上でキーワードの一つとなるのは寒冷前線です。黄砂は寒冷前線の後面で運ばれると言われることが良くあります。寒冷前線は別の言い方をするとシベリアから東アジアへの寒気の吹き出しの最前面でもあります。強い吹き出しは強風を伴うので黄砂発源地で大量の黄砂を巻き上げます。さらに黄砂はその寒気にそのままとらえられた形で輸送されます。典型的な寒冷前線の説明で寒気が暖気の下に潜り込む説明図が用いられますが,その潜り込む寒気にとらえられた形,すなわち寒冷前線の後面で運ばれるわけです。つまり,寒冷前線もしくは寒気の吹き出しは黄砂の発生と輸送の両者を担う役割を果たしています。

 以上で説明したような種々の要因を考え合わせ,黄砂の多寡を主としてもたらしている要因を的確に理解し,黄砂問題に対してどのような対策が有効であるか考え,その対策の効果をある程度定量的に見積もるためには,今後ますます地上測器,ライダー,数値モデル等が一体となった研究推進が必要になると考えられます。

 (注)大気境界層の厚さは昼夜および気象条件によって変化し,夜間は数十m程度,昼間は500~2000m程度です。

(すがた せいじ,大気圏環境研究領域)

執筆者プロフィール:

入所以来の囲碁同好会永久(?)幹事。2年ほど前から構想を温めているのは,所内の希望者を募っての初心者向け囲碁講座の開催。しかし実行に移せていない。