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ディーゼル排気粒子の呼吸器沈着,体内動態

環境問題基礎知識

古山 昭子

 ディーゼル自動車排出物は燃料やエンジンオイルの燃焼によって生じたガス・粒子・半揮発成分など膨大な種類の化学物質の混合物であることが,生体への影響評価を難しくしています。そこで,PM2.5・DEP研究プロジェクトの研究紹介(3頁参照)では,ディーゼル排気粒子を有機成分と炭素粒子に分画して肺と全身への毒性を検討した結果について紹介しています。ここでは,ディーゼル排気粒子の呼吸器沈着と体内動態について示し,粒子の肺への沈着が肺や全身性の影響にどのように結びつくかを説明します。

 呼吸器は,鼻腔・咽頭・喉頭などの上部気道,気管・気管支などの下部気道と肺胞から構成されています。肺胞は葡萄の房状の構造を持つことで表面積を広げてその表面積は人でほぼテニスコート1面ほどもある上に,肺胞の壁の厚さは数百nm(1nm(ナノメートル)は10-9m)から数オmとごく薄く,効率良くガス交換ができるようになっています。吸入された粒子の呼吸器内での沈着部位と沈着率は粒子の空気力学粒径と形状の違いにより異なり,吸入する人間の体格や運動などによっても影響を受けます。粗大粒子(10μm以上)は50~70%しか吸入されずに,吸入粒子は上部気道に沈着します。微小粒子(数μm~数百nm)は気管支や肺胞などの下部気道に沈着しますが,60%はどこにも沈着せずに呼気と一緒にはき出されてしまいます。ナノ粒子(100nm以下)は,ほぼ100%吸入されて約90%が鼻腔から気管・気管支・肺胞まで広く沈着しますが,特に約20nmをピークとして肺胞への沈着が約50%に達します。さらに小さい粒子(数nm)は上部気道での沈着が増加します。ちなみにアスベストのような長い繊維状の粒子も直径に従って沈着するので,直径が小さいものは肺の奥に達して発ガンリスクも高くなります。ディーゼル排気粒子は無機炭素を核として金属や有機炭素が付着してつながったひなあられのような形状(写真)を示し,本研究所のディーゼル排気曝露装置の場合,粒子は20nmくらいの粒子が集まって100nmから1μmくらいの大きさですので肺胞への沈着が多いと考えられます。

電子顕微鏡の画像
写真 ディーゼル排気粒子の透過型電子顕微鏡像

 肺胞に沈着した粒子は色々な経路で肺に炎症を起こします。粒子からは炭化水素類や金属,塩類が溶解して毛細血管から全身に移行して,溶けにくい炭化水素類と無機炭素が残ります。西瓜の種を飲んでしまう人でも西瓜を丸飲みにはできないように,100nm以下の粒子であれば肺胞の壁の表面に存在する肺胞上皮細胞が取り込めますが100nm以上の粒子は取り込むことができません。大きな粒子は肺胞の中に存在する肺胞マクロファージという移動性の細胞に取り込まれます。粒子を取り込んだ肺胞マクロファージは痰として体外に排出されるか最寄りのリンパ節に移動するので肺の表面はきれいになりますが,肺胞上皮細胞に取り込まれた粒子は肺の結合組織に溜まってなかなか排出されません。この粒子の沈着と細胞による取り込み・粒子の溶解の過程で肺胞上皮細胞や肺胞マクロファージから様々な生理活性物質が分泌されて肺に炎症を起こすのです。全身性の炎症は炎症をおこした肺で分泌された生理活性物質が血中に移行して引き起こされますが,肺の炎症が悪化すると生理活性物質の分泌量が増える上にディーゼル排気粒子の成分も入りやすくなるために,さらに全身性の炎症が悪化して血栓もできやすくなります。健康ブームでホルムアルデヒドを吸着したりマイナスイオンを出すと重用されている備長炭のように,燃えかすの無機炭素の表面は反応性が高く,燃焼生成物であるディーゼル排気の無機炭素粒子の表面にも反応性の高い分子が存在するために炭素粒子の曝露で生理活性物質の分泌が増加して炎症を悪化するのだと考えられています。一方,有機成分は粒子に付着している場合にはゆっくり溶けますが,成分そのままでは速やかに毛細血管から全身に移行して,肝臓で代謝されてしまうために肺への影響は少なくなります。しかし,粒子から溶出した炭化水素類や金属・塩類は血中に入り肝臓で炎症を起こすほか,直接血管・心臓や神経に作用して循環系の機能に影響を与えます。肺は毛細血管が豊富で,外界と接するガス交換の場であるために,肺の炎症が全身性の炎症や循環系の疾患を引き起こしやすくしているのです。

 このようにディーゼル排気粒子は肺の炎症だけでなく全身性の炎症や循環系疾患に関わっていますが,ディーゼル排気の標的は肺だけではありません。鼻腔に沈着した粒子は花粉症を悪化させますし,溶出した成分やナノ粒子は鼻腔の嗅上皮細胞の間に存在する嗅神経末端から取り込まれて脳に達するとされる他,皮膚にも浸透して皮膚炎を悪化させます。呼吸をする(生きている)限り,肺と体は大気環境物質と遭遇するのですから,もっともっと自動車排気がきれいになることが求められています。

(ふるやま あきこ,PM2.5・DEP研究プロジェクト)

執筆者プロフィール:

巷で言われているように,実験的にも適度なストレスは健康に良さそうですが,個人的には年々ストレスは増加し,テニスをする時間は減る一方です。ディーゼル排気より過剰ストレスの方がリスクが高い!と言ったら怒られるでしょうか?