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絶滅危惧種藻類の生育調査

【研究ノート】

笠井 文絵

はじめに

 藻類は,その定義*も含めて,(食用にされる一部の藻類を除いて)あまり人に認知されていない生物の1つといえます。ほとんどの種が水の中に生育し,特に,比較的大型で絶滅危惧種にリストされている種は動かないため,人目にふれる機会が極端に少ないからかもしれません。

 環境省のレッドリスト(絶滅危惧種のリスト)には,現在47種の藻類が掲載されていますが,そのうちの30種は車軸藻の仲間で,9種が淡水産の紅藻です。これらの絶滅危惧種は,人目につかないということが最大の障害になって,定量的な生育状況の調査が行われてきませんでした。今後レッドリストの策定などに,より科学的な知見を提供するためにも,生育状況を把握しておく必要があります。ここでは,車軸藻に限って,その生育状況の調査結果から考えられる絶滅危惧種の現状を紹介します。

車軸藻調査

 車軸藻(しゃじくそう;図1)は,種によって異なりますが数cmから1m以上に達する分枝状の体制を持った,緑色植物門車軸藻綱シャジクモ目に所属する藻類の通称で,陸上植物の祖先に最も近い生物の候補として注目されています。車軸藻は湖の比較的沿岸部に生育し,底泥の巻き上げを抑制する役割を果していることが知られています。栄養塩が水中に回帰して植物プランクトンの大発生につながるのを抑制し,湖の透明度を上げる効果があります。しかし,車軸藻の生育には水がある程度透明であることも必要であり,どちらが先かはまだわからないようですが,一旦車軸藻が生育をはじめると透明度が上がり,透明度が上がると,車軸藻がさらに増えるという効果があるのは確かなようです。

 ここで話題にするのは,2004年から行われた,ため池,水田を中心とした車軸藻の生育状況の調査についてですが,湖沼を対象にした全国調査は,筆者がこの調査にかかわる以前の1992年から1998年の間に本研究所の活動として既に行われています。車軸藻分類学の大家である加崎先生が1964年に出現種を報告している全国46湖沼のうち,39湖沼の再調査を行い,30年後に採集された種数を当時と比較しています。この湖沼調査の結果は,46湖沼に31種生育していた車軸藻が,30年後には再調査した39湖沼のうち12湖沼に6種しか生育していないほど激減したという衝撃的な事実を示しました。

 今回の調査では,もう1人の大家である今堀先生が1954年に報告している,ため池を中心とした全国調査の結果や,地域ごとに報告されている過去の出現記録などを参考にしました。また,過去の採集記録のない池も,現地の研究者に案内をお願いして調査しました。したがって,調査地点には,過去に記録のある池や地点,現在生育が確認されている池や地点,全く行き当たりばったりで見つけた池などが含まれますが,これまでほとんど知られていないため池や水田における車軸藻の生育実態を把握するのに非常に貴重なデータとなりました。

図1
図1 いろいろな車軸藻
左からハデフラスコモ,イトシャジクモ類の1種,手の上の左がフラスコモの1種で右がアメリカシャジクモ。どの種も同じため池に生育していました。

 2004~2005年に14県200あまりの池や水田の調査を行った結果,19分類群の生育が確認されました(図2)。調査地点の半数には何らかの種類の車軸藻が生育し,そのさらに半数の地点(50地点あまり)では最もポピュラーな種であるシャジクモ(Chara braunii)のみが生育していました。これらの調査地点で,過去の記録(その付近という記録も含めて)があるのは80地点たらずであり,それらの生育地からは40種以上が報告されていましたが,2004~2005年の調査では14地点に9種が生育していることか確認されただけでした。

 行けども行けども見つからないため池の車軸藻を求めて行きついた香川県のとある町役場(当時)で,「平地のため池を探しても,もう車軸藻はいませんよ。山あいの池を探さなくては。」という話を聞き,「今までの調査記録はあるのでしょうか。」とたずねたところ,「車軸藻の調査まではなかなか手がまわりません。種類がわからないので。」という返事が返ってきました。この会話は,その後も何度か繰り返されています。そのとき聞いた水草調査の担当者の名前を,その後別の方にも聞き,紹介していただいたその人の案内で,やっと車軸藻の繁茂するため池に到達することになります。それが今年,2006年の8月のことです。

 香川県の調査は,1954年の今堀先生の記録を頼りに2005年までに既に行っていました。その後,1979年から1997年までの間に行われた香川県下の調査を,香川大学の納田先生がまとめた報告書も入手できました。これは,最近まで,香川県に多種類の車軸藻が生育していたことを示すもので,これらを求めて香川県下のため池調査が開始されました。培養保存するために,できるだけ多くの絶滅危惧種を採集することも,調査目的の1つでした。

車軸藻の生育するため池

 2006年に調査した香川県下の40地点のうち,28地点に何らかの種の車軸藻が生育していました。半数以上の地点には1~2種のみが生育していましたが,4~7種生育した地点もそれぞれ1地点ずつありました。

 香川県の調査結果のみを過去の記録と比較してみました。2005年度までに調査した今堀先生が報告した調査地点は平地のため池が多く,再調査では,21地点中4地点にのみ車軸藻が生育し,報告された種と同じだったのは1地点のみでした。一方,納田先生の報告では山あいのため池も多数調査されており(というより,既にこの時点で平地のため池にはあまり生育していなかったのかもしれません),今年の調査地点に含まれていた13地点の中の9地点で車軸藻が見られ,8地点では報告された種と同じ種が生育していました。今堀先生の調査が50年以上も昔のことであり,納田先生の調査が10~20年前という比較的最近の調査であることを反映した結果かもしれませんが,やはり,平地のため池は富栄養化の影響を受けてアオコが繁茂し,山あいのため池は富栄養化の影響が少なく,昔からのきれいな水質が保たれていることが最大の要因のような印象を受けました(図3)。

おわりに

 ため池の車軸藻調査の結果は(まだ途中ですが)「いる所にはいるが,いなくなってしまった所もたくさんある」ことを示しています。しかし,この「いる所」も,適切な人間活動によって守られている可能性が高いのです。昔の生育場を残した護岸の改修,定期的な水の利用による水質の保全などです。ため池の車軸藻は,人間の配慮がなくなるとすぐにでも滅びそうな環境に生育しているのです。

図2
図2 2004~2005年の車軸藻調査で出現した種と頻度(生育地点の延べ数)
図3
図3 香川県のため池
左:1950年には車軸藻の生育が報告されていましたが,2003年の調査時にはアオコが繁茂していました。中: コンクリート護岸に改修されていますが昔の生育場所の浅瀬が残されており,2006年8月の調査で7種の車軸藻の生育が確認されました。右:山あいのため池で,2006年10月の調査時にはカタシャジクモが大群落(水中の緑の部分)を形成していました。

 *藻類は,酸素発生型の光合成を行う生き物からコケ,シダ,種子植物を除いた生物のことをいいます。したがって,同じ藻類でも,他の藻類よりゾウリムシに近縁だったり,有孔虫に近縁だったりするものがあります。車軸藻は,藻類といってもコンブなどの褐藻より,高等植物にはるかに近縁です。

 (かさい ふみえ,生物圏環境研究領域微生物生態研究室室長)

執筆者プロフィール:

藻類のかかわる環境研究と,その当事者となる藻類の保存を行っています。車軸藻調査は,客員研究員をはじめ,多くの方々の協力によって実施されています。老骨に鞭打ちながらの調査は一種爽快。