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環境研究に求められているもの

【巻頭言】

理事 太田 進

 赤黒い夕日が沈むのを眺めながら,何で空がこんなに汚いんだろうと思った。私が中学2年の時(昭和42年)のことです。この時から公害問題に興味を持ち,大学でも公害問題を学び,卒論も自動車排ガスの研究でした。その後,環境庁(当時)に入庁し,行政として環境に携わってきました。

 4ヵ月前,初めて国立環境研究所に異動になり,環境研究の最前線に触れ,また,研究者と話す機会を得ました。そこで,昔を思い起こしつつ環境研究の現状について感じたことや,将来へ向けた期待を述べてみます。

 私が環境庁に入った当時は,大気汚染や水質汚濁といった公害の全盛期であり,研究も現場での調査が中心でした。測定方法の確立や実態把握,原因究明を主たる目的としていて,今から見ればまだまだ未熟な手法であったと思いますが,社会のニーズを反映し,高揚した雰囲気がありました。また,研究の成果は身近な問題として国民が実感できるものであったように思います。

 現在,研究の重点は地球環境や循環型社会などに移ってきていますし,また,研究の手法もモデルの開発や予測等へ変化してきています。使用する機器も非常に高度化してきており得られる情報量も格段に増加しています。しかし,一方でその結果が,身近なものとして感じることが難しくなってきているように感じます。社会的には地球環境問題への関心が高まってきていますが,未だ理念的であり身近な問題として捉えるところまできていないのではないでしょうか。

 Think globally, act locallyという言葉があります。社会全般で見るとThink globallyはかなり浸透してきていますが,Act locallyまでは至っていないのが現状ではないでしょうか。認識から行動へ移るには,個人として何らかのインセンティブが必要です。公害の時代には自分自身の身近な問題としての感覚がありました。地球環境の時代にはどのようなインセンティブがふさわしいのでしょうか。

 国立環境研究所は環境研究の最先端を担うばかりでなく,その成果を広く国民に伝え,社会に貢献することが求められています。そのためには,国民の行動を促すような情報を発信していくことが特に必要です。国民のニーズ,社会の関心を的確に捉えるように努力し,また,研究成果を,行動を起こしたくなるような形で分かりやすく伝えていくことが重要と思います。

 例えば,気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は長年にわたり研究成果を丹念に積み上げ世界が納得するような報告をまとめ,世界の政治家を動かすことに成功しつつあります。気候変動の具体的な影響を例示することにより身近な問題と認識させ,具体的な数字と対応策を提示することにより行動へ結びつきやすくなっています。このような取り組みも今後重要性を増していくのではないでしょうか。

 いろいろととりとめのないことを書いてきましたが,昔に比べ研究内容も幅広くなり,研究レベルも上がってきていると思います。一方で,波乱の時代をリードしてきた研究者が一線を退き,昔からの経験・知見の継承がうまくいっているか懸念するところもあります。これからも環境研究のナショナルセンターとして,ふさわしい成果をあげられるよう,よりよい研究環境の整備に努力していきたいと思います。

(おおた すすむ,企画・総務担当理事)

執筆者プロフィール

理事 太田 進氏

 6月に理事に就任しました。緑の多いつくばに来て,久しぶりに自転車に乗りたいなと感じています。ロードレーサーを買おうか迷っているこの頃です。