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2000年3月31日

自然利用強化型適正水質改善技術の共同開発に関する研究(開発途上国環境技術共同研究)
平成6〜10年度

国立環境研究所特別研究報告 SR-34-2000

1.はじめに

表紙
SR-34-2000 [2.7MB]

 タイ王国などアジアの開発途上国では経済の急激な発展及び、人口の急増に伴い、生活系や産業系排水の水域への未処理放流が増加し、水質汚濁問題が極めて深刻化している。また、排水に由来する窒素、リンの流入により湖沼、内湾等の閉鎖性水域では富栄養化が進行し、藻類の異常増殖による漁業被害、上水の取水障害等だけではなく、猛毒のミクロキスチン等を産成する有毒藻類の異常増殖といった事態も生じている。しかし、我が国の下水道システムの整備と維持管理には多大な費用を必要とすることから、開発途上国への適用は経済的に負担が大きく、これらの地域では他の手法を検討する必要がある。また、先進国の浄水技術として主に採用されている活性汚泥法は、高度な処理能力を発揮するためには、熟練した技術者による維持管理、エアレーション等に必要な安定した電力供給が前提となっており、開発途上国にそのまま適用することは現実的ではない。このため、開発途上国における生活排水等の処理方法としては多大な施設、エネルギー消費と厳格な維持管理を伴うものではなく、有用生物の活用により、自然の浄化能力を強化・効率化した水処理技術の開発が求められている。また、それらの手法では単に有機汚濁物質の除去のみではなく、富栄養化対策としての窒素、リンの除去を可能とするものでなくてはならない。
 本研究ではこれらの点に鑑み、タイ王国のアジア工科大学、カセサート大学、タイ環境研究研修センターなどの大学、研究機関と共同で、タイ王国をフィールドとした水域における汚濁物質の質と量、既存の処理施設の調査及び処理実験を通して、排水処理に有用な微生物、植物などの役割を明らかにすると共に、現地における水環境修復技術開発のあり方について検討を行った。

2.研究の概要

(1)クローン、池沼、沿岸水域の汚濁物質の質と量

1)バンコク周辺のクローン等の水質調査を行った。表1にはバンコク市内のKlong1での測定結果を示したが、人口の密集しているクローンでは排水処理に対する施設整備の遅れから水質汚濁の進行が著しく、溶存酸素(DO)は汚濁のない場合の7-8mg・L-1に対して1mg・L-1程度まで低下しており、特に大腸菌群(Coliform)は郊外のクローンの100倍程度の個数が観察された。市内のクローンは現在でも水上交通などに重要な役割を果たしているが、このような汚濁の進行により、衛生面は勿論のこと、悪臭等の発生もみられ、その役割を著しく損ねているものと考えられた。

2)タイ南部の沿岸水域において重金属等の汚染によるpHの低下水域が認められ、エビや蟹など甲殻類の生存に大きな影響が生じ、産業排水処理の更なる対策の重要性が確認された。

3)タイ北部では湖沼を水道水源としているところが多く、代表的な水道水源であるKwan Phayao及びBang Praにおいてミクロキスチン類が検出された。表2に示したように、特にBang PraではWHOのガイドラインの1μg・L-1を大きく超えており、アオコの集積域(表中ではbloom)では非常に高濃度で観測され、有毒アオコ対策の必要なことが明らかとなった。

(2)排水処理施設における原生動物などの微小動物の現存量と役割の解析

1)バンコク近郊の生活系排水及び食品系事業場排水のラグーン並びに活性汚泥法による排水処理施設の調査の結果、流入BOD200~1,000mg・1-1に対し、BOD10mg・1-1以下、透視度1m以上といった良好な処理が行われていた場合では、活性汚泥中の原生動物の肉質虫類Euglypha tuberculata、繊毛虫類Aspidisca属,Doreoanompnas属、Coleps属、Chaetospira属、Paramecium属、Epistylis属、Trachelophyllum属、Didinium属,Litonotus属、Vorticella属、輪虫類Philodina属、貧毛類Aeolosoma属等の微小動物の捕食活性とバイオマスが高く、このような条件を満たす運転操作条件の適正化が重要であることが明らかとなった。

2)人工湿地を活用した低濃度汚濁水の処理施設において水生植物のヨシ、ガマ、フトイの根茎部に付着する微小動物はヨシではVorticella属、ガマではCyclidium属、フトイではVorticella属、Cyclidium属、Euplotes属等が優占し、水生植物の種類が異なっても、微小動物はいずれも付着増殖していた。したがって、このような植物浄化システムにおいても根茎部の微小動物が水質浄化に対して重要な役割を担っており、微小動物の質と量が維持管理上の指標となる可能性が示唆された。

(3)水生植物の窒素、リン除去能と根圏部の役割の解析

1)水生植物植栽法としてヨシ、ガマ、フトイを植裁した水路の水質浄化能について、生活排水を対象とする現地のパイロットプラントを用いて検討した。その結果、ヨシを植裁した水路及びガマを植裁した水路の水質浄化能が極めて高いことが明らかとなった。このことは、図1に模式的に示したように、これらの水生植物の発達した根圏に酸素が送られ、すなわち、地下茎が土壌中へ酸素供給を行うことにより、好気・嫌気の場が土壌中の微視的環境下で形成され硝化脱窒能が高まることに起因するものと推測された。また、水生植物植栽システムにおいては前述したように茎の部分に微小動物等による生物膜が形成され、この部分での懸濁状汚濁物質のトラップと相まって浄化に寄与するものと考えられた。これらの水生植物は、年間を通して部分的には枯死するものの全体が枯れることはなく、常に再生が行われることから、熱帯地域における安定した効果的汚水処理手法になり得ることが明らかとなった。

2)汚濁したクローンあるいは湖沼の浄化手法として、タイでは一般的に食されるタイパックグーン(クウシンサイ)など経済的に付加価値を持つ植物を利用した水耕栽培浄化法について、現地にパイロットプラントを設置して検討を行った。その結果、収穫量が大きく、かつ窒素、リン吸収能が高いだけでなく、定期的な収穫による間引きを行うことにより安定した処理性能が得られることが明らかとなった。

(4)生活系・産業系排水の生物処理施設の浄化能解明

1)バンコク郊外の冷凍食品工場排水の活性汚泥処理施設において固液分離のための沈殿槽にグッピー、グッピーを餌とするナマズ等の捕食・被食関係にある魚類を生息させ、食物連鎖を長くすることにより透視度1.5m以上の極めて清澄な処理水が得られることがわかった。さらに、沈殿槽から採取したグッピーとナマズを飼育し、活性汚泥を食物源としてグッピーに与えたところ、その収率、つまり食べた餌が生物の個体に転換される割合(転換率)は10%、グッピーからナマズの収率は更に低く、汚泥の減量化が認められ、熱帯地域の水処理施設においては捕食被食系の強化を図ることが重要なことが明らかとなった。図2にはこれらの食物連鎖と収率の関係を一般的な生物処理システムに照らして示した。

2)熱帯地域で分離した原生動物について、我が国で分離したタイプと比較したところ低温耐性能の低いこと、また、増殖速度が温度の影響を鋭敏に受けやすいことが明らかとなり、熱帯地域、温帯地域等の生息条件の履歴が生態特性を左右する重要な要因になっていることが示唆された。図3にはこれら原生動物のうち、温度とVorticella cupiferaの増殖速度との関係を示した。横軸は絶対温度の逆数として表してあるが、26℃以下では増殖速度が減少する様子を示している。

3)バンコク市内の個別家庭と宿泊施設等の浄化槽を調査したところ、処理水の水質の良否と生物処理反応槽のバイオマス、維持管理の適切さとの間には相関が認められ、特に汚泥引き抜き等の維持管理が安定した機能を維持する重要な要因であることが明らかとなった。

4)熱帯地域では水温が30℃付近であるため排水処理に寄与する微生物の活性も高まり、浄化槽であれば反応槽の容積を我が国の基準と比べ60%程度まで縮小しても良好な処理性能が得られることが明らかになった。

 以上の調査研究より、特に水生植物の活用が熱帯地域では重要なシステムとなること、生物処理システムにおいて食物連鎖を長くすることが高度な水質保持と汚泥減量化を図る上で重要であり、浄化槽の実態調査から維持管理等の最適化のための省エネ、省コストの技術開発が極めて重要なことが判明した。更に、猛毒ミクロキスチン対策、沿岸域の産業排水対策の強化が必要であることが明らかとなった。

3.今後の検討課題

(1)タイ王国の湖沼の実態調査により、猛毒のミクロキスチンを生産するアオコ、ミクロキスティス属の発生が確認されていることから、窒素、リン等の汚濁負荷とこれらアオコ発生との関係を明らかにすると共に、対策技術の確立が必須である。

(2)沿岸域の内海において重金属汚染による甲殻類の生態影響が顕在化していることから、汚染原因である産業排水対策が重要である。

(3)生活排水対策として、現地の微生物活性に基づいた浄化槽の設計、植栽浄化手法との組み合わせによる処理の効率化の検討が重要である。

(4)処理性能の安定化を図るため、浄化槽など生物処理からの発生汚泥、水生植物植栽システムからの発生バイオマスのリサイクルや適切な維持管理、設計基準等の行政指導に役立つマニュアルの検討が必要である。

〔担当者連絡先〕
国立環境研究所
地域環境研究グループ
開発途上国環境改善(水質)研究チーム
総合研究官 稲森悠平
Tel 0298-50-2400 Fax 0298-50-2560
主任研究員 水落元之
Tel 0298-50-2496 Fax 0298-50-2496

用語解説

  • 富栄養化
     内湾、湖沼などの水の出入りが少ない水域へ生活、産業排水等に由来する多量の窒素、リンが流入し、これらの栄養塩類を利用してアオコや赤潮などの異常増殖が引き起こされる現象のことである。
  • ミクロキスチン
     アオコの代表的な種であるミクロキスティス属などが産生する。青酸カリよりも毒性の強い毒素で、主として肝機能障害を引き起こすといわれている。
  • クローン
     バンコクでは水上交通が発達していたため、多くのクローン(水路)網が発達している。現在でも水上バスが運行され、交通渋滞の激しいバンコクでは有効な交通手段として活用されているが、都市排水もクローンに流入しているため、汚濁が深刻な状況となっている。
  • 溶存酸素
     水中にとけ込んでいる酸素であり、有機物質を大量に含む汚水の場合、微生物による有機物質の分解に多量の酸素が消費されるため溶存酸素濃度が低下する。魚類などの水生生物の生存に必要な溶存酸素は水質汚濁の指標となる。
  • 活性汚泥法
     下水処理などに多く採用されている排水処理の方法の1種である。曝気槽と呼ばれる反応槽で活性汚泥(微生物の集合体)と汚水を混合し、微生物の力で処理を行う。ここで、微生物の活動のためにエアレーションが不可欠であり、エネルギー、特に電力の供給が必要となる。
  • エアレーション
     活性汚泥法などの生物処理において、反応槽の中へ空気を吹き込み、微生物の活動に必要な酸素を供給することで、空気発生ポンプにより反応槽内へ吹き込んだり、反応槽表面を攪拌して表面から空気を取り込む方法などがある。
  • 固液分離のための沈殿槽
     活性汚泥法などの生物処理においては浄化に有用な微生物と汚水が反応槽で混合されることにより浄化作用が働くが、その後、沈殿槽において、きれいになった水(液体)と微生物の固まり(固体)とを分離する必要がある。
  • 原生動物
     単細胞動物の総称であり、細菌と共に汚水の浄化に重要な役割を果たし、汚濁の程度により生成する種類が異なることから、水質汚濁の生物指標としても重要である。また、処理装置内に生息する原生動物の種(質)、個体数(量)を測定することにより、処理性能を評価することが可能である。
  • 捕食被食関係
     食う、食われるの生物間の関係のことで、水質浄化の面では汚濁物質を分解する細菌、細菌を食べる微小動物、微小動物を食べる小型魚類等といった食物連鎖の関係を指す。
  • ラグーン法
     汚水を池の中に数日から数十日といった長時間滞留させ、沈殿と微生物の力により浄化する排水処理の1種である。通常は自然の沼などを利用することから終末下水処理場などと比べ、建設費も安く、エネルギー消費も極めて少ない処理手法であるが、所要面積は大きくなる。
  • 人工湿地
     湿地の持つ浄化機能を汚水処理施設として活用するため、人工的に造成した湿地。アシ、ヨシなどを植栽し、これらの植物の持つ根圏部への酸素供給能力、茎および根圏部に発達する生物膜などにより処理効率を高めることが可能である。
  • 水生植物植栽法
     人工湿地等においてアシやヨシなどの水生植物の水質浄化能力を利用する汚水処理手法である。ホテイアオイなどの浮き草による方法、ササバモなどの沈水植物による方法もあるが、いずれも処理性能を維持するためには、これら浄化に用いた植物の回収、再利用が重要である。
  • 水耕栽培浄化法
     クレソン、クウシンサイなどの食用となる植物あるいは花などの換金植物を栽培した水路に汚水を流し浄化する方法として最近注目されている。富栄養化の原因物質である窒素、リンが植物への吸収あるいは根圏部に集積される微生物の働きで除去されるだけでなく、回収する植物に商品価値があるため、浄化と生産の2つの効果が発揮される。

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