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2024年4月26日

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持続可能な発展に向けた対策は生物多様性の損失を抑え生態系サービスを向上させる

(京都大学記者クラブ、草津市政記者クラブ、林政記者クラブ、農林記者会、農政クラブ、筑波研究学園都市記者会、文部科学記者会、科学記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)

2024年4月26日(金)
立命館大学
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所
京都大学
国立研究開発法人国立環境研究所

 

ポイント

  • 1900年から2050年までの生物多様性と生態系サービス(生態系から提供される人間の利益になる機能や資源)の変化を複数のシミュレーションモデルと指標を用いて多面的に明らかにした。
  • 20世紀中、世界の生物多様性は2~11%減、生態系による受粉や栄養保持などの調整サービスは減少した一方、生態系からの食料や木材などの供給サービスは数倍に増加した。
  • 今後、持続可能な発展に向けた対策を進めると、生物多様性と生態系の調整サービスの減少を抑えられるが、対策をせずに今の速度で土地開発と気候変動が進むと過去と同じ速度で減少することが示された。
  • この結果は地球規模での持続可能な発展に向けた取り組みの重要性を示唆する。

概要

 立命館大学、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、京都大学、国立研究開発法人国立環境研究所が参画する国際研究グループは、複数のシミュレーションモデルと生物多様性指標を用いたモデル比較研究により、1900年から2050年までの150年間の生物多様性と生態系サービス(*1)の傾向を多面的に明らかにしました。結果として、20世紀中に世界全体で生物多様性は2~11%減少していました。生態系サービスについては、同期間中に、受粉や栄養保持などの調整サービスは減少した一方、生態系からの食料や木材などの供給サービスは数倍に増加していたことがわかりました。将来については、健康的な食事への移行、土地の作物生産性の向上、追加的な環境保護政策の実施などの持続可能な発展に向けた対策は、生物多様性の損失を抑え、生態系サービスを向上させることが示されました。一方で、対策を実施せず今の速度で土地開発と気候変動が進んだ場合、生物多様性と生態系サービスへの悪影響は今後も過去と同じ速度で継続することがわかりました。この結果は、生物多様性条約の目標達成に向けた追加的な対策の必要性を示唆しています。本研究成果は、2024年4月26日にScience誌でオンライン公開されます。

背景

20世紀、人類はこれまでにない速度で生物多様性の損失を引き起こしてきました。生物多様性の損失には様々な要因がありますが、なかでも人口増加と経済成長による影響が大きいと考えられます。また、農作物や家畜の生産量の増加が、受粉などの調整サービスに係る生態系機能の低下を招いており、人間による開発の長期的な持続可能性が懸念されています。生物多様性と生態系サービスの回復は、国連の持続可能な開発目標の一つであり、将来の人類の社会経済的発展が生物多様性と生態系サービスに与える影響を評価することは重要です。
このような状況で、これまでの気候変動と生物多様性に関するシナリオ研究では、シミュレーションモデル(以下、モデル)を用いて将来の社会経済的な発展経路やその影響を検討してきました。しかし、複数のモデルを用いた分析が十分に行われておらず、単独モデルを用いた研究では生物多様性の一側面しか捉えておりません。そのため、生物多様性および生態系サービス全体を多面的に評価できていない、あるいは、複数のモデルによる推計結果に示されるばらつき(不確実性)の要因が明らかになっていない、などの課題がありました。そこで、生物多様性と生態系サービスのシナリオの統合的な分析が求められています。

内容

方法

本研究では1900年から2015年までの生物多様性、気候変動、土地利用に関する情報を再整理、再構築し、2015年から2050年までの将来シミュレーションの結果と組み合わせて、生物多様性と生態系サービスに関するモデル間比較分析を行いました。その結果、空間的地理的情報からグローバルスケールでの生態学的指標を定量化し、次の2つの問いへの答えを明らかにしました。 ・今後数十年間、土地利用と気候変動が生物多様性と生態系サービスに与える影響は、20世紀中における影響とどのように異なるか ・予測される影響のモデル結果間のばらつきのうち、シナリオの違いやモデル間の違いに起因するものはどの程度か

将来シナリオには、人口、経済発展、土地利用変化などの社会経済状況と、気候政策の実施強度、気候変動水準を組み合わせた次の3つのシナリオを準備しました。
1)気候変動と土地利用変化が抑制された「持続可能な発展シナリオ」
2)中程度の気候変動と強い土地利用変化を想定した「地域間競争シナリオ」
3)強い気候変動と中程度の土地利用変化を想定した「化石燃料志向の発展シナリオ」
 1)は地球の平均気温上昇を2°Cに抑えた気候変動水準に相当する。
生物多様性に作用する大きな要因には土地利用変化と気候変動があります。これら2要因の寄与度を調べるため、各シナリオについて土地利用変化のみを想定した評価と、土地利用変化と気候変動の両方を想定した評価を比較しました。生物多様性指標の計算においては、生物多様性に関する8つのモデルと、生態系サービスに関する5つのモデルを組み合わせ、生物多様性と生態系サービスを多面的に評価しました。

結果

生物多様性
20世紀中は10年あたり平均して0.22-1.13%の速度で生物多様性が減少していたことが示されました。これはつまり、20世紀の100年間で生物多様性が2-11%減少したことを意味します。一方、将来については「持続可能な発展シナリオ」では20世紀よりも緩やかに生物多様性が低下しますが、「地域間競争シナリオ」と「化石燃料志向の発展シナリオ」では20世紀と同じ速度で継続的に減少しました。
また、気候変動の影響を考慮すると生物多様性の減少速度が強まることから、生物多様性の減少速度は土地利用変化よりも気候変動に強く起因することがわかりました。また、図1は過去と将来における生物多様性の4指標の10年間の平均変化を示します。これによると、将来「持続可能な開発シナリオ」における4指標の減少は「化石燃料志向の発展シナリオ」における減少の40-74%に相当しました(図1-b)。これは、気候変動が抑制された「持続可能な開発シナリオ」では、強い気候変動を想定した「化石燃料志向の発展シナリオ」よりも2050年までに生物多様性の損失を40-74%抑制することを意味します。シミュレーション結果は用いるモデルや指標により少しずつ異なりますが、この結果の幅(40-74%)は、複数のモデル・指標による出力結果の範囲(ばらつき)を示しています。

生態系サービス
20世紀中、世界全体では生態系による供給サービス(食料や木材など)は増加し、調整サービス(受粉や栄養保持など)は減少してきました。この傾向は、今後数十年間は続く見込みですが、なかでも、気候変動と土地利用変化を抑制した「持続可能な発展シナリオ」では、緩やかな人口増加と健康的な食事への移行による食料や木材の需要増の低下、加えて、土地の作物生産性の向上、追加的な環境保護政策の実施により、生態系の調整サービスが改善し、食料や木材の需要緩和を受け生態系によるこれらの供給サービスが低下しました。
一方、中程度から強度の土地利用変化を想定した「化石燃料志向の発展シナリオ」と「地域間競争シナリオ」では、今後の食料や木材の需要増が土地利用変化をもたらし、生態系からの供給サービスを増加させ、調整サービスを低下させました。なお、供給サービスについては、人間からの資源の需要に応じて生態系から供給されること、また、資源の供給には農業生産時の化学肥料投入や水資源利用のような環境負荷が伴うことを考慮すると、生態系からの供給サービスは環境保全の観点からは必ずしも大きければ良いというものではないことには留意が必要です。

今後の展開 

今回のモデル比較により、21世紀半ばまで、気候変動の進み具合が土地利用変化よりも、陸域生物多様性の損失に大きく寄与することが示されました。しかし、生物多様性モデル(*2)と生態系サービスモデルの推計結果には大きなばらつきがあるため、この結果は慎重に解釈する必要があります。モデル間の推計結果の比較可能性を高めるため、今後もモデル改良が必要です。

論文

タイトル: Global trends and scenarios for terrestrial biodiversity and ecosystem services from 1900-2050 著者: Pereira, H. M., …, Fujimori, S., …, Hasegawa, T., …, Hirata, A., …, Matsui, T., …, Ohashi, H., …, Takahashi, K., ほか49名 掲載誌: Science(2024年4月) 研究費: (独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20202002),JSPS科研費(JP22H03817, JP22K21331)

共同研究機関

立命館大学
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所
京都大学
国立研究開発法人国立環境研究所

用語解説

(*1)生態系サービス
生態系サービスは以下の4種類に分類される。
・供給サービス: 食料、木材、燃料、繊維、水、薬など、人間の生活に必要な資源の供給 ・調整サービス: 大気質・水質の浄化、気候調整、災害の緩和 ・文化的サービス: 自然景観の保全、レクリエーション、文化、芸術など ・基盤サービス: 植物の光合成、土壌形成、栄養循環、水循環など、上の3つのサービスの基盤となるもの。 今回用いたモデルで定量化し評価している生態系サービスは、上記のうちの供給サービスと調整サービスの2種類のみである。

(*2)生物多様性モデル
生物多様性の状態を表す指標が、土地利用や気候など環境要因の変化によりどのように変化するかを予測するために開発されたモデルです。本研究では、5つの観点にまたがる9つの評価指標について、8つの生物多様性モデルを用いて計算を行いました。

お問い合わせ先

研究担当者:
立命館大学 総合科学技術研究機構 教授 長谷川 知子

国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所
 野生動物研究領域 鳥獣生態研究室 主任研究員 大橋 春香
 森林植生研究領域 チーム長 松井 哲哉
 生物多様性・気候変動研究拠点 主任研究員 平田 晶子

京都大学大学院 工学研究科 教授 藤森 真一郎

国立研究開発法人国立環境研究所 社会システム領域 副領域長 高橋 潔

広報担当者:
立命館大学 広報課
E-mail:nawataku(末尾に”@st.ritsumei.ac.jp”をつけてください)

森林総合研究所 広報普及科広報係
E-mail:kouho@ffpri.affrc.go.jp(末尾に”@ffpri.affrc.go.jp”をつけてください)

京都大学 渉外・産官学連携部広報課国際広報室
E-mail:comms@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp(末尾に”@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp”をつけてください)

国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
E-mail:kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)

図、表、写真等

図1. 複数の生物多様性指標の過去(1900~2015年)と将来(2015~2050年)の各シナリオでの変化傾向のグラフの画像
図1. 複数の生物多様性指標の過去(1900~2015年)と将来(2015~2050年)の各シナリオでの変化傾向。(a)土地利用変化の影響のみによるもの、(b)土地利用変化と気候変動の影響の組み合わせたもの。指標は、全球スケールでの生物種の豊かさ(ΔSγ)、局所スケールでの種の豊かさの平均値(ΔSα)、全球スケールでの生物種ごとの生息適域面積の平均値(ΔHt)、局所スケールでの生物多様性の完全度の平均値(ΔIα )の10年ごとの相対的変化を示す。棒グラフは複数のモデルの平均値を示し、シンボルは個別モデルによる推計値を示す。