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熱帯林の研究をめぐって

Summary

 熱帯林の研究は生物学的な調査からスタートした経緯もあり,現在も生態学・生物学的な調査が中心です。しかし,近年は森林減少問題に焦点を当てた要因や影響などの応用研究が増えてきており,世界中で多様な研究プロジェクトが展開されています。

世界では

 中米(コスタリカ・パナマ)や南米では,生物学的調査や森林管理などの多彩な調査研究が,主としてアメリカとの共同研究で行われています。中南米における熱帯林研究の歴史は長く,現在でも多岐にわたった研究が続けられています。

 これらの研究は,それぞれの場所の特殊性や生物群があまりにも多様であることから,他地域の調査プロット(地点)との比較や情報交換が不可欠です。そのため調査・サンプリングの共通化が図られつつあります。たとえば,アメリカの国立科学財団(NSF)がスポンサーとなり,世界中の長期観測プロットとの連携を図る動きや,スミソニアン熱帯研究所(STRI)の中の熱帯林研究所(CTFS:Center of Tropical Forest Science)が中心となり,中米,インド,東南アジアなどに大規模面積プロットを設置し,そこで行う同一観測手法による長期間に及ぶ森林の動態に関する研究などです。なお国立環境研究所でも1998年度から,CTFSプログラムへ共同スポンサーとして参画し,東南アジアでの長期森林動態観測ができる体制を整えています。

日本では

 日本には熱帯林がないため,主に東南アジア各国と共同研究を行っています。

 生物学的な調査としては,ボルネオ島ランビル国立公園での動植物の相互作用に視点を置いた共生系の研究,多様性の維持管理に関する研究および同公園に隣接するBakamでの熱帯林復元の研究(京都大学,大阪市立大学,愛媛大学,宇都宮大学など),キナバル山周辺域での温度や栄養塩を環境傾度軸とする生物相の変遷に関する研究(森林総合研究所),タイ北部での長期植生変動(大阪市立大学),同じくタイ北部での焼畑などの林野火災による植生への影響および長期植生変動に関する研究,東京大学を中心とするタイ・マレーシア国境付近での低湿地林での研究などです。

 一方,荒廃地での植生回復など事業的色彩の強いものとして,国際協力事業団(JICA)によるマレーシア半島部での複層林プロジェクト,国際生態学センターによるボルネオ島での地域種の植裁プログラム,スブル(サマリンダの奥地)における住友林業と東京大学などによる熱帯林再生プロジェクトなどがあげられます。

 また,インドネシアでは,インドネシア科学院生物研究センターとの共同で,北海道大学が東南アジア湿地生態系の環境保全に関する研究を,森林総合研究所と国立環境研究所が森林火災の生態系への影響評価に関する研究を進めています。

 これらの大学,公的機関のプロジェクトに加え,商社,住宅メーカーによる植林プロジェクトなどがあります。

国立環境研究所では

熱帯林研究の長期戦略

 これまで蓄積された森林生態系に関する膨大な資料・成果と熱帯林を含めた地域の環境管理をどうリンクさせるかが現実の問題となっています。そのため特定の地域をモデルサイトとして選び,その地域の保護・保全のために学術的視点からの調査・研究を基に生態系の公益機能評価を実証し,森林総合研究所やマレーシア森林研究所などと共同で現場に還元できるような実利的な研究をめざしています。この他以下に挙げるテーマを同時並行的に進めています。

写真1

 1.森林伐採後の修復過程の追跡調査研究

 熱帯林の持続的利用がどの程度可能か,現状の択伐周期,択伐対象木のサイズが適当かどうかに関しては,伐採後の追跡調査が必要です。さらに天然林と木材・農産物生産林との間につくるバッファーゾーン(緩衝地帯)の研究や択伐前後の森林機能の比較研究などを行っていきます。

写真2

 2.森林の周縁,二次林化,孤立(分断)化による野生生物への影響調査

 熱帯地域の森林植生をみると,天然林が連続的に残されているところは現実にはまれで,大規模プランテーションなどによって分断化,孤立化が起こっているのが通常です。野生生物はこれらの飛び石的に連続した植生をどのように移動し,繁殖しているのか。また動物相の移動経路と森林構造の関係を明確にするための研究を行います。

写真3

 3.森林伐採に伴う遺伝的多様性の劣化に関する調査

 熱帯林保全を考えるとき,天然林が自立的(人手に頼らず)に成立するにはどのくらいの面積(あるいは個体数)が必要か,といった問題に答えなければなりません。さらに,有用木として商業伐採の対象となるフタバガキ科は種子の保存ができないため,まず集団(あるいは個体群)レベルでの研究を行うことにより,伐採後の最低個体密度や最小繁殖面積の割り出しを行うことが不可欠です。さらに,反復して特定の種が伐採の対象となった場合,その樹種の遺伝的な集団構造(とくに次世代)に影響が現われると考えられます。こうした遺伝的側面からの調査・研究を行います。

写真4、5
図 熱帯地域における主な研究プロジェクトサイト