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研究者に聞く

Interview

高村 典子の写真
高村 典子
生物多様性研究プロジェクト
多様性機能研究チーム総合研究官

 生態学の立場から湖沼環境保全の研究に取り組んでいる高村典子さんに,研究の狙い,成果などをお聞きしました。

中国・長江(揚子江)流域湖沼の環境問題

  • Q:まず初めに,今回の特別研究「富栄養化湖沼群の生物群集の変化と生態系管理に関する研究」で取り上げていらっしゃる中国の長江流域湖沼の環境問題についてお聞かせ下さい。
    高村:中国国内の全淡水湖総面積の約42%は長江中下流域を含む地域にあります。そこにはヨウスコウイルカやヨウスコウワニなど,この地域固有の生物が数多く生息しています。それらさまざまな生きもの,いわゆる生物資源が,近年の急速な経済発展によって減ってきています。

     そこで中国国内の文献をもとにこれら湖沼の環境問題について整理した結果,(1)湖沼面積の縮小,(2)生息環境の分断,(3)乱獲と外来魚の導入,(4)水生植物帯の減少,(5)富栄養化—によって生物多様性が急速に失われつつあることがわかりました。

     たとえば「生息環境の分断」についていえば,それまで長江本流とつながっていた湖沼が1950年代頃から洪水対策のために次々と切り離されてしまい,本流と湖沼の間を行き来しながら生活する回遊魚が大幅に減少しました。
  • Q:今回の研究テーマである生態系管理との関連で,「外来魚の導入」の影響についてお聞かせ下さい。
    高村:中国は日本と違い淡水魚が重要な食料資源となっていて,とくにハクレンを始め「四大家魚」と呼ばれる淡水魚は古く唐の時代から池での養殖が盛んに行われてきました。それが近年,種苗放流技術が発達し,自然の湖への導入も行われています。本来,このような魚種がいない高原の湖沼へも導入され,その湖沼の在来固有種が絶滅に追いやられてしまう事例もあります。
  • Q:日本でブラックバスやブルーギルなどの外来種が繁殖したことにより在来種が危機にある状況と同じですね。(4)の問題点として指摘されました「水生植物帯の減少」についてはいかがですか。
    高村:長江流域にある浅い湖沼では,その沿岸域に水生植物帯が発達します。水生植物帯は湖沼の生物多様性を支える上で重要な機能を持つと考えられていますが,長江流域の湖沼では,水生植物帯が急速に減少しています。原因は,「四大家魚」の一つで水生植物を好んで食べるソウギョの放流や富栄養化による透明度の低下が考えられます。
  • Q:先ほどおっしゃられた湖沼の生物多様性にとって,水生植物帯が果たす重要な役割とは何ですか。
    高村:湖沼の岸から遠い沖の生態系は,植物プランクトンを基点とする食物連鎖で構成されます。一方沿岸では藻類が水生植物の葉や茎の表面に繁殖し,そこに藻類や水生植物を食べる甲殻類や貝,昆虫,魚など多くの小動物が生息し,沖よりも複雑な生態系が形づくられます。水生植物は,たとえていえば,水の中に木や草のような立体的な構造物を提供しているわけで,小動物の生息空間を大きくするとともに,小動物が敵から身を守る隠れ家にもなっています。これが,生物間の関係をより複雑にして,生物多様性を高めています。水生植物帯の減少は,これらに依存している水生生物の減少を引き起こし,湖全体の多様性を大きく低下させてしまうのです。

バイオマニピュレーション

  • Q:先ほどのお話しで,外来種が湖沼の生態系にさまざまな影響を及ぼすことがわかりました。研究ではハクレンを意図的に導入することでアオコを除去するバイオマニピュレーションについて実験が行われていますが,そのきっかけについてお話し下さい。
    高村:長江中流の武漢市郊外に東湖という湖があります。この湖については中国科学院水生生物研究所が長期にわたり水質や生物群集のモニタリングを続けていて,このデータを元に水質や生物群集の長期変動を解析しました。

     東湖は1960年代に長江から切り離され,さらに堤防や道路によって小さい水域に分割されました(写真参照)。1970年代には,ソウギョが過剰に放流され,さらに富栄養化の影響なども重なり,大型の水生植物が激減して,アオコが大発生するようになりました。ところが1980年代後半になると突如としてアオコが消えたのです。

     この時のアオコの消滅にはどうもハクレンやコクレンなどプランクトンを主食とする魚の増加が関係しているのではないかと考えられました。これらの魚は1970年代初めに種苗放流技術が確立され,以来東湖にも放流されて漁獲量が年々増えていました。
東湖の写真
  • Q:その結果,どのようなことがわかったのですか。
    高村:霞ヶ浦に,5m四方の隔離水界(写真参照)を6基設置して,ハクレンの量を操作しながらプランクトンや水質の変化を調べました。

     アオコだけに着目すると,ハクレンの導入によってその量は確実に減ることがわかりました。しかし,ハクレンはアオコのような大型植物プランクトンだけでなく動物プランクトンも食べます。そのため動物プランクトンのエサとなっていた小型の植物プランクトンが逆に増えてしまいます。ですから,もともとアオコが多く動物プランクトンが少ない環境にハクレンを導入すると水質浄化の効果が現われますが,それ以外の条件ではあまり効果は期待できません。

     つまりバイオマニピュレーションの効果は,対象とする湖沼生態系の構造により異なることがわかりました。
霞ヶ浦に設置された隔離水界の写真
  • Q:アオコがいなくなれば,他の植物プランクトンが増えてもよいのではないですか。
    高村:植物プランクトンは分類学的に見てきわめて多様な生物群です。細菌と同じくらいの大きさのピコプランクトンと呼ばれるものから数ミリの大型動物プランクトンを上回るものまで,サイズの幅が大きいのが特徴です。現在の科学的知識では,残念ながらまだ個々の水域で優占する植物プランクトンの種類を正確に予測することができません。ハクレンによるバイオマニピュレーションを行うと,アオコがいなくなり小型のプランクトンに代わることがわかりましたが,どのような植物プランクトン種に代わるかは予測が困難です。珪藻のように動物プランクトンのエサとして栄養価が高いグループに代わってくれればよいのですが,場合によっては,また別の環境問題を引き起こすことも想定しなければなりません。また,ハクレンを導入すると必ずピコプランクトンが増えることが私たちの実験からわかりましたが,これを取り除くのは大型のアオコを除去するより難しくコストもかかります。

十和田湖の環境問題

  • Q:中国の例は先ほど紹介していただきましたが,十和田湖でも似たような事例が報告されていますね。今度はその研究についてお話し下さい。
    高村:十和田湖は十和田八幡平国立公園の中にあり,田沢湖,支笏湖に次いで日本で3番目に深い湖として知られています。十和田湖の水質にはCOD(化学的酸素要求量:Chemical Oxygen Demand)濃度が1ppm以下というもっとも厳しい環境基準値が定められています。ところが1980年代の中頃からCOD濃度が1ppmを超えるようになり,透明度も下がってきました。

     十和田湖は青森県の主要な観光地の一つで,水質の悪化は観光資源としての価値を下げることになります。県では1980年から下水道整備を行っていましたが,水質が改善しないため国立環境研究所にその原因を究明するための共同研究を実施したいとの申し出がありました。そこで1995年から毎月,水質とプランクトンのモニタリングを開始しました。

     さらに十和田湖に関する過去のデータを集めました。水質については,青森・秋田両県の環境部門により1972年からCODのデータが,1982年から窒素・リンのデータが蓄積されていました。また,十和田湖ではヒメマスが重要な水産資源で,青森・秋田両県の水産部門によりヒメマスとそのエサである動物プランクトンの調査報告がありました。後からわかったのですが,水質の悪化が問題になり始めたちょうど同じ頃から,ヒメマスの漁獲量の減少が大きな問題になっていました。
十和田湖の写真
十和田湖
  • Q:それらのデータからどのようなことがわかりましたか。
    高村:1980年代中頃から動物プランクトンが小型化していることがわかりました。これは動物プランクトンを食べる魚の捕食圧が上がったことを示しています。ちょうどその時期が,それまで湖にいなかったワカサギが大量に漁獲されたのと一致していました。

     動物プランクトンが小型化すると植物プランクトンを濾し取って食べる能力が落ちます。その結果,植物プランクトンが逆に増えてしまい透明度が下がったと考えることができました。
  • Q:ヒメマスの漁獲量はどのような理由で減少したのですか。
    高村:ワカサギは1980年代初めに予期せずに十和田湖に導入されたようで,1985年には漁獲量が急激に増えています。ちょうどその時期に,逆にヒメマスの漁獲量は急減しています。ヒメマスとワカサギはともに大型の動物プランクトンを主なエサにしていますので,エサをめぐっての競争がヒメマスの漁獲量の減少を引き起こしたと考えるのが妥当です。
  • Q:単純にいうと,エサをめぐる競争でヒメマスはワカサギに負けたということですか。
    高村:十和田湖での場合は,完全にワカサギがヒメマスを駆逐するのではなく,両者がエサをめぐる競争をしながら,周期的にその数が変動するという関係になることが予測できました。実際,1995年 から6年間の研究期間では,1996年秋から1997年にはヒメマスの漁獲量が回復し,ワカサギは逆に少なくなりました。ちょうどこの頃,大型の動物プランクトンが増えています。ヒメマスとワカサギの関係は,エサである動物プランクトンも絡んで周期的に増減を繰り返しているようです。
  • Q:ある魚の導入が水質などに影響を及ぼすというのは,十和田湖だけの現象ですか。
    高村:いいえ,十和田湖だけの現象ではないと思います。霞ヶ浦での実験からもおわかりいただけるように,このような現象が自然界で起こっていることは実験で確認ができます。しかし,実際の自然湖沼で確認できたことは稀なことだと思います。

     十和田湖はきれいなカルデラ湖で沿岸域もさほど発達していません。湖の生態系の構造が単純で,互いの関係がわかりやすかったのかもしれません。十和田湖の研究を通して,湖の生態系管理が重要であることを他分野の湖沼環境の研究者や行政担当者にも強くアピールできました。また,これは自然の湖沼生態系を理解するために,長年のモニタリングによるデータの蓄積が大きく役立った例でもあります。

湖沼の生態系管理

  • Q:湖沼ではさまざまな生物が密接に絡み,新たな負荷や変化に脆いことがわかりました。こうした湖沼環境を保全し,持続的に利用していくためにはどのような取組みが必要でしょうか。
    高村:湖沼を管理する法律としては河川法があります。日本では1964年から,「治水と利水」という視点で湖沼環境を管理してきましたが,1997年に改定され「環境」が新しいキーワードに加わりました。一方,日本は1993年に生物多様性条約の第18番目の締約国になり,1995年には生物多様性国家戦略,2002年にはそれが大幅に見直され,新・生物多様性国家戦略が決定されました。

     この5年の間に,生物多様性や生態系の保全は世の中に急速に受け入れられるようになっていると感じています。湖沼保全も従来の水質保全という尺度に加え,生態系に配慮したものでなければいけません。湖沼では水質と生態系は密接にリンクしています。生態系への配慮を欠くと水質も守れないことを,私たちの研究から示すことができたと思います。

    湖沼生態系を保全するという視点では,その湖沼が本来持っている景観的な要素(たとえば沿岸の地形構造の上に成り立っている植生帯や砂浜など)を破壊することは避けなければなりません。さらに私たちの研究で示したように,湖沼生態系は外来魚によって大きく変わってしまいます。魚に限らずその湖にもともといなかった生物種を極力持ち込まないようにすることは,湖の保全のキーポイントになります。また,湖沼の水質は流域の土地利用や人間活動から大きな影響を受けます。たとえば,流域で森林を伐採して農地や市街地にすると,湖へ流れ込む窒素やリンなどの栄養塩は大きく増加します。このことは,当然ながら湖沼の富栄養化をもたらし,湖沼環境は悪化し,湖に生息する生物は大きな影響を受けてしまいます。ですから湖沼の保全は,湖を含めた流域全体で管理する必要があります。

     このように見ていきますと,湖沼の管理には流域河川や湖沼の水質,生物群集についてのモニタリングが欠かせません。そのデータを科学的に解析し管理にフィードバックしていく,そうしたプロセスが不可欠になるでしょう。

自然再生

  • Q:これからの湖沼環境保全には生態系管理の視点が必要ですね。そうなると生態学の役割はますます重要になりますね。
    高村:そうですね。ところで生態系管理は,一度壊れてしまった生態系を復元することも含みます。

     霞ヶ浦では富栄養化や護岸工事のため,過去30年間に水生植物帯が大幅に減少しました。とくに,一生を水の中で生活する沈水植物群落はほとんどなくなってしまいました。

     国土交通省は平成13年度の補正予算で霞ヶ浦に植物帯を復元する工事を行いました。湖岸堤の中の数カ所に本来の沿岸域の地形を再現し,霞ヶ浦の水生植物の種を含む泥(土壌シードバンク)を撒き,そこから水生植物を再生させたり,周辺の学校で育てた霞ヶ浦の水生植物の苗をNPOや市民,小学生の手で植えるという実践活動が行われています。

     水生植物の中でもヨシやアサザなど葉が水上にある種類はこのような方法で再生が可能かもしれませんが,光が湖底に十分届かないところでは沈水植物は育ちません。現在の霞ヶ浦は透明度が低く,水深が20〜30cmの岸付近でしか沈水植物は育ちません。ところが岸付近は底の泥が動きやすく沈水植物が根付きにくいといわれています。またヨシやアサザが順調に根付いてくると,沈水植物はこれらの種類に負けていきます。そこで,バイオマニピュレーションを応用することを考えました。

     沈水植物の種を仕込んだ土壌シードバンクを沿岸一帯に撒き,その上に隔離水界を設置しました。そして,隔離水界の中で動物プランクトンを食べる魚を除去しました。

     この実験は昨年,土木研究所と東京大学の研究者と共同で行いました。その結果,魚を除去した隔離水界の中では甲殻類動物プランクトンが増え,植物プランクトンの量が減って透明度が上がりました。そして,ササバモとクロモという在来の水生植物が生えてきました。ただし,コカナダモやオオカナダモという外来種(これは,1970年代頃から霞ヶ浦に侵入したといわれている)も増えてしまい,こうした外来種への対策を考えています。

     「自然再生推進法」が今年施行されましたから,今後こうした事業に生態学や生態学者が貢献できる機会が高まると思います。
  • Q:成功すれば他の湖沼への応用も期待できますね。
    高村:そうですね。その地域の自然の再生には,よその地域から生物材料を持ち込まないというのが原則ですから,土壌シードバンクの活用は有効な方法です。しかし,土壌シードバンク自体も時間の経過とともに種子の発芽能力が劣化します。ですから,今は透明度が低く,沈水植物の再生が困難な霞ヶ浦や手賀沼,印旛沼などでも,湖の沿岸域の一区画に透明度の良好な場所を人為的に作り,その湖に本来生息していた沈水植物の種を土壌シードバンクから再生産させ,維持していくのがよいと思います。

苦労したこと

  • Q:さて,話は戻ります。これまでの研究で印象に残ったことや苦労したことなどがあると思います。ぜひお聞かせ下さい。
    高村:中国での研究の時は1995年から毎年のように武漢を訪問しましたが,風景や施設,交通事情,研究体制がめまぐるしく変わるので面食らいました。

     最初の調査では研究所の車が故障し,その代わりに手配された車がなんと警察のものだったということがありました。この車に乗って8時間以上かけて湖に行ったのですが,着いたらそこは大洪水でした。この共同研究では,中国側の研究者にたいへんお世話になりました。

     霞ヶ浦でのバイオマニピュレーションの実験では,隔離水界から実験対象外の魚種を排除するのに苦労しました。ある程度の大きさの魚は物理的に取り除くことができましたが,孵化したばかりのブルーギルの稚魚が大量に隔離水界に侵入し,動物プランクトンがすべて食べ尽くされてしまいました。バイオマニピュレーションの難しさを痛感し,あらためて小魚の食欲に驚いたできごとでした。
  • Q:湖沼を持続的に利用していくためには,これまでのような水質一辺倒の考え方だけでなく,生態系を念頭に置いた保全が必要なことを痛感しました。自然再生推進法の施行と相まって,これから水域保全対策に生態学者の出番が一気に高まっていくのでしょうね。一つひとつの湖沼にそれぞれ独自の生態系があり,それを見つめ保全していく,なんだかミニ地球環境保全をしているみたいでわくわくしますね。今日はありがとうございました。

メモ

  • ハクレン
     長江流域が原産のコイ科の魚。成長すると全長1mほどの大きさになります。濾食性の魚で,えらには細かい網目の構造をしていて,その表面が粘膜で覆われている「鰓耙」(さいは)という器官があり,そこでプランクトンを濾し取って食べます。似た魚でハクレンよりも色が黒いコクレンと合わせてレンギョと呼ばれています。これにソウギョ,アオウオを加えた4種類のコイ科魚類は,中国では「四大家魚」と呼ばれ重要な水産資源になっています。
ハクレン(左)とハクレンのえら(右)の写真
ハクレン(左図)とハクレンのえら(右図)
  • 植物プランクトンとアオコ
     植物プランクトンは水中の窒素やリンなどの栄養塩を吸収し,光合成によって水中の炭素を固定して増殖します。湖の食物連鎖の底辺に位置する基礎生産者で,栄養塩や光などの資源に加え,水温,水の垂直混合度,動物プランクトンによる摂食などによってその量や質が左右されます。湖に生息している細菌や動物プランクトン,魚,昆虫などの多くは,植物プランクトンが作り出した有機物を直接または間接的にエサとしています。

     ひとことで植物プランクトンといってもその種類は多く,湖沼でよく見られるものだけでも藍色植物(シアノバクテリア),珪藻,渦鞭毛藻,クリプト藻,緑藻,黄金色藻,ミドリムシ類に分類できます。また大きさも1万倍近い幅があり,マクロプランクトン(200μm以上),ミクロプランクトン(20〜200μm),ナノプランクトン(2〜20μm),ピコプランクトン(2μm以下)に分けることもあります。

     アオコは植物プランクトンの中の藍色植物に属しており,これらが大量に発生し湖沼の水面に青い粉を撒いたような状態となったもの,またはその原因となった藍色植物のことを指します。アオコを形成する藍色植物は数十種類あるとされていますが,ミクロキスティスやアナベナ,アフォニゾメノン,プランクトスリックスという属が代表的です。富栄養化の影響で異常増殖すると,有毒物質やかび臭物質を産出します。
アオコの顕微鏡写真