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風景評価に関する研究の視点と動向

研究をめぐって

 一人ひとりの体験という膨大なデータを基に行われる風景評価の研究では、データの分析だけで相当の時間を要し、解を見出すのが難しいとされています。

 しかし、このような状況でも、日本を含む世界各国でさまざまな側面から研究が進められており、解を出す努力が続けられています。

世界では

 1960年代に日本と米国で始まった風景評価の研究は、現在、欧州や発展途上国へと広がり始めました。これまでの学術雑誌に報告された研究論文からどのようなことが読みとれるでしょうか。1995年までの英文の研究論文を1999年にまとめ、さらに1996年から2005年までのものを2007年にまとめたところ、既に400編以上が報告されていることが明らかになっています(図4)。内容は実験・研究に関したものが圧倒的で、1975-90年代に頻繁に報告されています。既に発表されている400編以上の研究論文の中には、日本語など英語以外の論文は含まれていないので、実際にはこの数倍はあると思われます。

 研究は着眼点の置き方によって、誰が風景を評価しているか、評価項目は何か、どのような風景を評価させているか、どのように風景を体験させているか、結果をどのように分析しているか、その結果を景観計画に提案しているか、などに分けることができます。

 誰に評価させるかという問題では、異なった年齢や性別、趣味など多様な人々が試されています。面白いことに民族、国家、住んでいる気候や風土まで調べられており、人々の高度な判断を伴う風景評価という現象ではさまざまな条件が寄与することが分かってきました。

 評価項目の問題では、コンピュータの利用と多くの変量の解析法の普及により、SD(意味微分)法が広まりました。この方法は多くの形容詞対を用いて、風景の印象を細かく評価させるものです。これは得られた結果が複数の項目の合成として表されるため、解釈が人によって異なり、いくつかの派が生まれました。

 どのような風景を評価させるかという問題では、対象とする場所によりあらゆる例が報告されています。自然の地形や植生、水面、空を見せるものや、都市や街路、建物、土木構造物などを見せるものなど多様です。画像合成やコンピュータ・シミュレーションの発達により、多様なイメージを見せて評価させた例も見られます。

 どのように風景を体験させるかという問題では、現場での体験が基本であるものの、絵画や写真、スライド、ビデオを用いた例が多く報告されています。見せる映像も縦横5mという臨場感ある画面を使う実験も行われています。しかし、現場での評価が重要であるという判断から、現場での実験もまだ行われています。

 結果解析の問題では、統計的な手法が導入され、検定なども行われるようになっています。まだ風景をどのように指標化するかが決まっていないので、研究者が各自、自分の見方で説明変数をつくり出している状況です。体系化され、世界共通の変数が生まれるのは、かなり先のことになります。

 景観計画への提案の問題では、実際の計画や設計での条件として組み込むには、まだ十分な信頼度が得られていません。設計条件を変えてコンピュータ画像で比較する研究が進み、費用効果分析を組み込んだ論文も発表されていますが、実際に使われるのは、かなり先のことだと思われます。

図4 景観評価に関する英文論文数の推移

日本では

 日本でも世界でも、感覚知覚器官の研究は盛んで、現在では複合した反応に対する研究も始まっています。膨大な組み合わせを要する複雑な実験となるため、研究成果が出るにはまだかなり時間を要すると思われますが、いずれ成果が集大成され、複雑な心理的反応が解明されることが期待されています。

 しかし、感覚器官を保持する人が移動したり、時間的な経過を含む景観体験から生まれる風景という現象は、感覚知覚器官の研究を積み重ねても、明らかにならないかもしれません。それは、体験の長さによって体験をもたらす空間の広がりが異なるからです(図5)。複雑な感覚器官の組み合わせと、大脳での過去の体験との組み合わせが、風景という現象をさらに複雑にしています。

 また、個人個人の体験が膨大なデータとなる風景評価の研究では、現在の刺激からどのような体験が引き出されるかが分かっていません。コンピュータで再現するには、おそらく膨大な組み合わせを考え、最適な結果を選ぶという作業をしなければなりません。これはコンピュータの処理速度が速くなっても相当の時間がかかり、解を見出すことは難しいと思われます。したがって、風景評価の研究は現在、人々の実際の体験から生まれた、風景画や風景記述を分析して探るより方法はありません。

図5 外界からの刺激時間と空間スケール

国立環境研究所では

 国立環境研究所では、青木陽二主席研究員が風景に関する記述から分析を試み、その研究成果を2004年に「1900年までに日本に来訪した西洋人の風景評価に関する研究」としてまとめました。この研究では、記述を確かめに現地を訪れましたが、すでに記述の風景が残っていないところが多くありました。このような現実と、人間の判断は人、時間、場所により変化することから、風景画や記述から人々の感じたことを読み取り、それを正確に感覚知覚に変換したり、外界にある物理化学現象と結びつけることはかなり困難だといえます。

 文献の記述を分析する作業は、多大な労力を要します。日本への来訪者が少ない1900年までに限っても、既に十数年を費やしています。全国に分布する風景の現場を一人で訪ねることは、一生かかっても終えることはできません。地方の自治体に資料を送って興味のある人を探しても、なかなか見つからないのが現状です。

 また、外国人による評価のため、その国の人でなければ分からない記述もあります。外国に研究に協力してもらえる仲間を見つける必要がありますが、これは日本人の中に見つけるよりさらに大変なことです。外国での研究集会があるごとに参加して仲間を探しましたが、化学記号や物理単位、分類学名のような共通言語のない分野のため、お互いの考えを伝えるだけでも一苦労です。

 現在、記述の根拠となる物体や条件を現場で探っていますが、科学的な分析には程遠い状況です。世界中の風景研究者は、このことに悩まされています。