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2019年12月26日

除草剤耐性ナタネを探る

Summary

 私たちの調査目的は、「除草剤耐性ナタネのこぼれ落ちた種子が、日本の生物多様性に影響を及ぼすおそれがないかを確認する」ことです。生物多様性への影響とは、具体的に何をさしているのでしょう。そして、どのような調査をすれば生物多様性に影響を及ぼすおそれがないことが確認できるのでしょうか?

生物多様性への影響とは

セイヨウナタネと交雑可能な近縁種の表
表1 セイヨウナタネ(Brassica napus L.)(除草剤耐性ナタネを含む)と交雑可能な近縁種の例
栽培由来の外来種には、「在来ナタネ」と呼ばれる種もありますが、日本国外から野菜等として持ち込まれ、栽培場所以外でも自生するようになったものと考えられます。ハマダイコンは栽培種のダイコンの祖先と考えられています。イヌガラシについては、2016年以降は試料の採取はせず、生育分布調査のみ行っています。

 生物多様性への影響とは、例えばそれまで生育していた在来種に代わって除草剤耐性ナタネだけが多く生育するようになったり、セイヨウナタネと交配可能な在来種が除草剤耐性の遺伝子を持つようになって、その結果、分布が変わったりすること等が考えられます。除草剤耐性ナタネを含むセイヨウナタネの主要輸入港とその周辺地域の道路沿いや河川敷で調査を行っているのは、道路沿いには輸送中にこぼれ落ちたナタネが生育すると考えられ、河川敷には従来からセイヨウナタネやその近縁種が生育しているからです。また、除草剤耐性ナタネが野外で交配しているかどうかを調べるため、対象となる植物は、セイヨウナタネの他、セイヨウナタネと交雑可能な近縁種である栽培由来の外来種(在来ナタネ、カラシナ)や日本の在来種(ハマダイコン、イヌガラシ等)を選んでいます(表1)。

除草剤耐性の調べ方

 除草剤耐性ナタネやそれらが交配してできた子孫の植物は、組換え遺伝子由来の除草剤耐性タンパク質を持っています。図3に調査方法をまとめました。除草剤耐性タンパク質、そのタンパク質の情報を持っている遺伝子、そして植物の除草剤耐性をしっかりと確認するために考えた方法です。調査の対象としている除草剤耐性ナタネは2種類あり、一つはラウンドアップ耐性ナタネ、もう一つはバスタ耐性ナタネです。ラウンドアップ、バスタというのは除草剤の商品名で、有効成分の化学物質としてはそれぞれグリホサート、グルホシネートといいます。これらの除草剤耐性ナタネは、除草剤耐性タンパク質の情報を持っている微生物由来の遺伝子をセイヨウナタネに導入して作成された遺伝子組換え植物で、もともとはそれぞれ異なる企業によって開発されました(現在では合併して一つの企業になっています)。

 除草剤耐性タンパク質と特異的に反応する抗体を用いた免疫クロマトグラフィーという方法を使い、野外に生育している植物(母植物)の葉や母植物から採取した種子の除草剤耐性タンパク質の有無を調べることができます。また、除草剤耐性タンパク質の情報を持っている遺伝子も検出して確認します。さらに、母植物由来の種子を温室で播種して実生を育て、除草剤を散布して、除草剤耐性があるかどうか、つまり除草剤をかけても枯れないかどうかを調べます。

ナタネ調査の方法の表と図
図3 ナタネ調査の方法
野外の植物を採取し、母植物、種子、種子由来の実生を試料として、除草剤耐性タンパク質、そのタンパク質の情報を持っている組換え遺伝子(除草剤耐性遺伝子)、そして除草剤に対する耐性を調べます。図中のNは対照の非組換え植物由来の試料、1、2は除草剤耐性タンパク質や遺伝子を持つ野外の植物由来の試料です。また、PATはグルホシネート耐性タンパク質、barはグルホシネート耐性をもたらす酵素の遺伝子を示します。

調査の結果

 ナタネの輸入港から種子を運搬する際、種子がこぼれ落ちて道路沿いなどで発芽し、生育している、というのは調べてみるとそう珍しいことではありません。実際、2008年までの調査で、除草剤耐性ナタネを含むセイヨウナタネの主要輸入港である国内の12の港湾、すなわち鹿島、千葉、横浜、清水、名古屋、四日市、堺泉北、神戸、宇野、水島、北九州、博多と各港湾の周辺の地域のうち、鹿島、千葉、清水、名古屋、四日市、神戸、水島、博多の8地域の港湾や、輸入したナタネの輸送経路と考えられる主要道路沿いで、除草剤耐性ナタネが見つかっています。

 特に四日市地域では、輸送経路と考えられる国道23号線の橋の下にあたる河川敷で、除草剤耐性ではないセイヨウナタネ母植物から採取した種子で除草剤耐性が確認されたり(除草剤耐性ナタネと非遺伝子組換えナタネとの交配が生じていることを示唆)、1種類しか除草剤耐性を持っていない母植物から採取した種子で2種類の除草剤耐性が確認されたり(2種類の除草剤耐性ナタネが河川敷で交配したことを示唆)、セイヨウナタネと在来ナタネの雑種と思われる種子で除草剤耐性が確認されたり(除草剤耐性ナタネと在来ナタネの交配が生じていることを示唆)しています。そこで、最近では四日市地域の主要道路沿いの河川敷周辺に特に注目して調査を行っています(図2)。あわせて鹿島、博多地域でも同様に主要道路沿いの河川敷において調査を実施しています。

 毎年の調査では、数百個体の母植物と種子の試料を調べています。四日市地域におけるセイヨウナタネのうち除草剤耐性ナタネ(除草剤耐性タンパク質が検出された試料)の割合は、2008年から2016年までの平均で、母植物試料、種子試料とも約7割で、年による大きな変動はありませんでした。種の判定は、まずは外見で行いますが、外見だけでは判定できない試料については、細胞内の相対的なDNA量(種によって異なる染色体数を反映している)を測れるフローサイトメーターや、Cゲノムを特異的に検出するDNAマーカーを用いた判定を試みています。雑種かどうかもこれらの方法で分かります。

 セイヨウナタネと在来ナタネの雑種が見いだされたのはすべて主要道路沿いの河川敷(橋の下)で、除草剤耐性かどうかに関わりなく、多くても年に数個体で、増える傾向は見られませんでした。また、現在までにハマダイコンのような在来種と除草剤耐性ナタネの交雑を示唆する証拠は得られていないことと合わせ、こぼれ落ちた除草剤耐性ナタネ種子により野外一般環境(農地等ではない、道路沿いや河川敷)の生物多様性に影響が生ずるおそれを示唆するような結果は得られていない、と言うことができます。