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暗い熱帯雨林の中の明るい陽斑

研究ノート

唐 艶鴻

 熱帯雨林の地表あたり(林床)は暗い場所である。太陽の光は鬱蒼とした葉や枝の層を通って,その多くは吸収され,地面にはわずか数パーセント,一部の熱帯林の場合は1%以下しか到達しない。これは昼でも本を読めないぐらいの明るさである。光はすべての緑色植物の“餌”—エネルギー源である。あまり暗いとエネルギーが足りないために植物は“栄養不足”におちいり,生きていけないこともある。しかし,実際に熱帯林の中に入ってみると,かなり暗い林床でもたくさんの植物が元気に成長・繁殖している。なぜ暗い光環境の中でも林床植物が元気に生きていけるのだろうか。

 そこでまず,林床の光環境を注目してみよう。晴れた日に森の中を歩いてみると,あちこちにぽつぽつとした日差しの斑点が目につくだろう。そしてある特定の場所に注目すると,確かにほとんどの時間は日も当たらずに暗いが,ときどき日差しが注いでくることもある。このような日差しを陽斑と呼ぶ。ひょっとすると,陽斑は林床植物の大事なエネルギー源になっているかもしれない。そこで,私はマレーシアの熱帯雨林林床で様々な方法で陽斑の測定を行った。その結果,ほとんどの陽斑は暗いときの光強度より数十倍から数百倍,時に千何百倍も明るいことがわかった。このような陽斑は多くの場合数分以内しか持続しない。また,林床の一日の積算光エネルギーに対して,陽斑は場所によって10%前後から90%以上を占めることが明らかになった。すなわち,エネルギー量からみれば陽斑は林床植物にとって大変重要な資源になることがまず考えられる。

 しかし,植物側から考えると問題がある。それは,陽斑は突然来て,突然去るということである。すなわち,植物がこのように“出没の速い餌”をうまく利用できるだろうか。陸上の高等植物は葉を使って光のエネルギーを吸収する。同時に,葉にあるたくさんの小さい“口”(気孔)から二酸化炭素を取り込み酸素と水蒸気を気孔から吐き出す。このプロセスは光合成として知られている。すべての緑色植物は光合成を通じて物質を稼ぎ自分の体を形づくる。

 さて,光が葉にあたると光合成はすぐに始まる。しかし光合成の速度は光の強さに応じてすぐに高くならない。その主な理由の一つは気孔の開く速度がそれほど速くはないからである。そうすると,せっかく陽斑があたっても林床植物はそれを利用できないかもしれない。そこでいろいろ調べてみた結果,植物は条件によってかなり速く陽斑を利用できることがわかった。例えば,葉をある程度の明るさの光で十分に長い時間照射して葉を“暖めて”置くと,突然来る陽斑に対して気孔は素早く大きく開くことができる。また,一度陽斑が当たって気孔が十分に開いた葉をしばらく暗いところにおいても,次にくる陽斑に対して気孔が比較的速く開くことができる。さらに私の調査では,林床植物は生育する光環境が違うと陽斑に対する反応の“速さ”も違うようである。暗いところで育てた稚樹は明るいところのものと比べて,より短い時間に気孔を大きく開くことができる(図)。すなわち,暗いところの植物は陽斑をより効率的に利用できるだろう。

光環境の変化の図
図 弱光から強光(陽班)への急激な変化(上)に対する植物の光合成速度変化の一例(下)

 暗いところで生育した植物(または葉)は光合成速度の上昇が速い。

 これらのことから,陽斑は確かに林床植物の貴重なエネルギー源であると考えられる。ごく最近私の測定によって熱帯林床植物は一日光合成総量の20~40%を陽斑から得るとの結果が出た。ただし,陽斑をいかに効率的に利用するかは単なる気孔の開閉の問題ではない。葉における他の内的な要因や二酸化炭素の濃度などの外的要因も大きな影響がある。これらの要因の詳しい役割についてはこれから研究しなければならない。

(たん やんほん,地球環境研究グループ 森林減少・砂漠化研究チーム)

執筆者プロフィール:

中国湖南省出身,筑波大学理学博士,
<専門分野>植物生態学
<現在の研究テーマ>熱帯林の光環境の時空間的不均一性とその生態学的意義
<趣味>読書,水泳