地球温暖化研究プロジェクトのめざすもの
重点特別研究プロジェクト:地球温暖化の影響評価と対策効果プロジェクト
森田恒幸
地球温暖化問題は今,新しい局面を迎えている。
2010年に向けた対策の方針を定めた京都議定書が国際的に合意され,その達成が緊急の課題になっている。また,京都議定書以降2020年から2030年を目指した対策のあり方について,国際的な議論が始まっている。さらに,今後一世紀にわたる長期的な対策のあり方が問われている。しかも,残されている現象面の色々な不確実さを解明していかなければならない。
地球温暖化問題は,巨大な不確実性を抱えながらも,現象解明から対策研究へとその重点を移しつつある。
今までの財産を生かす
この新しい局面に対応するには,当研究所は我が国で最も条件がそろっている。その最大のメリットは,過去の研究蓄積である。
当研究所の本格的な地球温暖化研究は,1990年から始まった。温暖化現象解明と温暖化影響・対策の2つの研究チームが作られ,地球環境研究総合推進費の支援によって研究プロジェクトが始まった。そして,今までにいくつかのまとまった成果を出すに至っている。
まず,2種類の大規模な計算機モデルが開発された。一つは,「アジア太平洋統合評価モデル(AIM)」と呼ばれるもので,温室効果ガスの排出から気候変動による影響にいたる一連の過程を統合的にシミュレートすることができる。京都大学,それに中国・インド・韓国等の研究機関との共同研究の成果である。他の一つは,東京大学気候システムセンターと共同で開発してきた「大循環モデル」がある。大気と海洋の循環を結合して,本格的な気候変動予測に使われている。この二つのモデルの計算結果は,気候変動に関する政府間パネル(IPCC)で参照されているほか,色々な国際機関や政府機関で活用されるなど,その評価は国際的に定着しつつある。
また,10年以上にわたって蓄積されてきた温室効果ガスの観測データとそれに基づく現象分析も,地球圏-生物圏国際共同研究計画(IGBP)などの国際的研究プログラムの一環に位置付けられてきた重要な成果である。船舶,航空機,モニタリング・ステーションにより二酸化炭素を始めとする濃度分布変動を測定し,温室効果ガスの地球規模の循環について多くの重要な知見を提供してきた。
これらの過去の財産が,新しいプロジェクトの基盤となっている。
世界で初めての大規模モデル統合
新しいプロジェクトの最大の目玉は,「アジア太平洋統合評価モデル」と「大循環モデル」の2つの大規模計算機モデルの統合を試みることである。社会科学や工学に重点をおいた大規模モデルと自然科学に重点をおいた大規模モデルの双方を,一つの研究所で開発している例は,世界でもここだけだと思う。もし両者の統合に成功すれば,世界初の試みになる。
大規模モデルの統合によって,経済発展・気候変動及びそれらの影響を統合的に推定し,京都議定書及びそれ以降の温暖化対策が地球規模の気候変動及びその地域的影響を緩和する効果を推計する。また,中・長期的な対応方策のあり方を経済社会の発展の道筋との関係で明らかにする。さらに,これらの対応方策をアジア地域の持続可能な発展に融合させる総合戦略について検討する。これがプロジェクトの目指す一つのゴールである。
具体的には,(1)我が国,アジア,及び世界の温室効果ガスがどの程度削減可能か,(2)削減できるとしたら,全球的及び地域的に気候変動がどの程度緩和されるか,(3)このような緩和が社会的・環境的影響をどの程度軽減させるか,(4)アジアの国々は温暖化対策と他の環境対策,さらには経済発展とどう両立できるのか,の諸点の解明を試みる。
炭素循環研究と炭素吸収対策研究の統合
もう一つの目玉は,今まで豊富なデータを蓄積してきた地球規模の炭素循環研究をさらに発展させ,京都議定書で大きく注目された吸収源対策の検討との科学的統合を図ることである。ローカルな空間スケールの吸収源対策研究と,グローバルな空間スケールの炭素循環研究を結びつけることは,二酸化炭素等の排出抑制に集中していた温暖化対策研究に,新たな視点を与えるものと期待される。
このような研究の統合は,二酸化炭素同位体・酸素/窒素比測定による陸域と海洋の吸収比の推定,大気中二酸化炭素測定による森林の二酸化炭素吸収/放出量の評価,遠隔計測による森林の二酸化炭素貯留量の測定,北太平洋の二酸化炭素吸収量評価等を通じて実施される。そして,京都議定書の実施に向けて,二酸化炭素吸収量のモニタリングや認証手法の確立に向けた検討を進める。
学際的・国際的な研究組織
新しいプロジェクトは,自然科学から社会科学にいたる学際的研究チームによって進める。理学にベースを置く井上元地球環境研究センター総合研究管理官と,経済学と工学にベースを置く筆者が二人三脚で全体のお世話をし,気候モデルを担当する気象学中心の研究者集団,統合評価モデル・政策研究を担当する工学や社会科学分野の研究者集団,それに,炭素循環の観測と分析を担当する地球化学,情報工学等の研究者集団,計20名以上の多彩な精鋭が結集する。これに大学及び海外からの40名程度の研究者が加わる。まさに学際的・国際的研究集団が新しい温暖化研究に取り組む。
執筆者プロフィール
環境経済学と政策科学(統合評価理論)が専門。IPCCのしんどい作業が一段落し,妻との関係改善が今の最重要課題。
目次
- 独立行政法人国立環境研究所発足にあたって
- 独立行政法人国立環境研究所としての新たな出発
- 観測とモデルから成層圏オゾン層変動を解明する重点特別研究プロジェクト:成層圏オゾン層変動のモニタリングと機構解明プロジェクト
- 内分泌かく乱化学物質・ダイオキシンのリスク評価と管理重点特別研究プロジェクト:内分泌かく乱化学物質及びダイオキシン類のリスク評価と管理プロジェクト
- 「生物多様性の減少機構と保全プロジェクト」が目指すもの重点特別研究プロジェクト:生物多様性の減少機構の解明と保全プロジェクト
- 東アジアの流域圏における生態系機能のモデル化と持続可能な環境管理に関する研究重点特別研究プロジェクト:東アジア流域圏における生態系機能のモデル化と持続可能な環境管理プロジェクト
- PM2.5・DEP研究プロジェクトの背景,目的と研究課題重点特別研究プロジェクト:大気中微小粒子状物質・ディーゼル排気粒子等の大気中粒子状物質の動態解明と影響評価プロジェクト
- 循環型社会形成推進・廃棄物研究センターの今後循環型社会形成推進・廃棄物研究センター
- 化学物質環境リスク研究センターが果たす役割化学物質環境リスク研究センター
- 地球環境モニタリングのCOEと地球環境保全の世論形成を目指す地球環境研究センター
- 環境情報センターの業務展望環境情報センター
- 環境研究基盤技術ラボラトリー環境研究基盤技術ラボラトリー
- 新刊紹介
- 表彰・人事異動
- 編集後記