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アジア地域の環境再生を目指したバイオエコシステム技術の展開

【シリーズ重点研究プログラム: 「循環型社会研究プログラム」 から】 中核研究プロジェクト4 「国際資源循環を支える適正管理ネットワークと技術システムの構築」 より

徐 開欽

はじめに

 国際社会におけるアジア地域の重要性を考えると、先進国である日本がアジア地域の環境問題の解決に果たすべき役割は今後ますます大きくなります。例えば、アジア地域の大国の一つである中国では、かつての日本や他の工業国が経験したような深刻な環境汚染が問題視されています。水環境問題について、太湖(たいこ)、巣湖(すこ)、滇池(でんち)のいわゆる“三湖”でアオコ大量発生が挙げられます(写真1)。水不足と水環境汚染は、中国における経済および社会の持続可能な発展の重要な制限因子となりつつあります。今後、都市化、経済発展に伴い、生活排水や工業排水による水質汚濁が深刻化する恐れがあり、これらの排水の適正な処理と水質汚濁防止対策が急務となっています。このような背景から、私たちは、アジア地域での適正な資源循環の促進に貢献すべく、有機性廃棄物(液状のものを含む)の適正処理と地球温暖化対策とを両立するシステム設計および政策提言を行うため、開発途上国に適合したコベネフィット型バイオエコシステム技術開発を進めています。

写真1 中国“三湖”で発生したアオコの様子
写真1 中国 “三湖” で発生したアオコの様子

2.バイオエコシステム研究の取り組み

 バイオエコシステム技術とは、水処理工学技法としての生物処理によるバイオエンジニアリングと、生態工学技法としての水生植物・土壌等を活用したエコエンジニアリングを組み合わせた、地域で発生した汚濁物をその地域内で循環させる環境再生保全技法です。この基盤となる研究ステーションが、日中韓三ヵ国環境大臣会合(TEMM)の合意に基づいて設置されたバイオ・エコエンジニアリング研究施設(図1)です。

図1 アジア地域における水環境改善技術システム開発と国際的ネットワーク創りを目指したバイオ・エンジニアリング研究施設
図1 アジア地域における水環境改善技術システム開発と国際的ネットワーク創りを目指したバイオ・エンジニアリング研究施設(拡大表示)

 本研究施設では、生活系および産業系排水の高度処理技法、生ごみ・汚泥・植物残渣等のアルコール発酵や水素・メタン発酵等のバイオマス資源循環有価物回収技法、水生植物活用水質浄化・温室効果ガス抑制技法等について、実用化を目指した開発が実施されています。また、これらバイオ・エコエンジニアリングを物理化学的処理法である水熱反応技法と組み合わせ、浄化と資源回収の高効率化を検討しています。開発されたシステム技術は日本と韓国の国際協力機構(JICA、KOICA)合同研修プログラム、JICA太湖水環境修復モデルプロジェクト、TEMMで合意された淡水(湖沼)汚染防止プロジェクト等で発信され、国内外に認識されつつあります。こうした私たちの経験をベースとして、2006年には、中国環境科学研究院(北京)においてアジア向けの高度処理浄化槽などの汚水処理システムの性能評価装置が導入され、ETV(Environmental Technology Verification: 環境技術実証)の取り組みがはじめられており、その展開が期待されています。

 特に、近年、アジア地域の中小都市や農村地域などにおいては、生活雑排水・し尿などの液状廃棄物の適正処理が遅れている状況にあり、その対策が必要とされています。ここでは、アジア地域で適用可能な分散型で低コストの液状廃棄物対策技術としての傾斜土槽法を用いた実証試験結果を紹介します。

3.アジア地域に適用可能な分散型排水処理システムー傾斜土槽法

 傾斜土槽法は、バイオトイレと組み合わせ、生活雑排水を処理する表層土壌の自浄作用を応用した新しいタイプの水質浄化技術です。本法は、底に傾斜がついた薄い箱型の容器に土壌を充填し、排水を土壌内に浸透・流下させて浄化する方法です。通常、土壌微生物の活性は土壌の表面付近で一番高いので、その機能を効率的に活用するため、箱の中の土壌は10cm程度に薄く敷かれています。箱の底には、滞留時間の確保と偏流(水流れの不均一と偏り)防止のために遮水板が設けてあり、遮水板の高さを変えることによって土壌の湿潤・乾燥や、好気・嫌気の度合いを調節することができます。傾斜土槽に充填された土壌はフィルターの役目を果たし、汚濁物質をろ別し、吸着作用します。さらに、こうして土壌に捕捉された汚濁物質は微生物により分解されます。

 生活雑排水浄化の実証試験を、実際に生活している霞ヶ浦周辺の美浦村にある3家庭においてし尿と分離して実施しました(図2)。各家庭では、生活雑排水を、汚濁の程度(汚濁負荷)の高い台所排水と水量が多い洗濯・風呂等の二種類に分け、それぞれに5段積みの傾斜土槽を設置しました。排水は傾斜土槽の最上段から導水し、最下段から処理水を得るようにしました。

図2 アジア地域に適用可能な分散型排水処理システム
図2 アジア地域に適用可能な分散型排水処理システム(拡大表示)

 台所排水の処理に用いた傾斜土槽では、高い汚濁負荷にもかかわらず、懸濁物質(SS)、有機性汚濁の指標であるBOD、CODの除去率がそれぞれ87%、88%、73%と高く、良好な処理性能が得られました(図3)。これは、台所排水中の有機物の多くは溶けているのではなく粒子として存在しており、効率的に土壌により捕捉・酸化分解されているためです。水量が多い風呂、洗濯等の生活雑排水の処理に用いた傾斜土槽は、台所排水の場合とは異なり、有機物が溶けて存在しているため、SSの除去率は80%と高い一方で、BODとCODの除去率がそれぞれ59%、52%と低くなりました。これらを除去するため、処理水を再度循環させる等の運転方法の工夫が必要であるという重要な知見を得ました。富栄養化の原因となる全窒素(T-N)、全リン(T-P)については、生活排水処理に現在用いられている高度処理型の合併処理浄化槽の処理水質を満足しました。全窒素は45~67%程度の除去率でした。リンについては、約50~81%の除去率を達成しており、土壌による吸着および土壌微生物によるリンの吸収による除去の効果が大きいことがわかりました。

図3 傾斜土槽システムによる生活雑排水の除去特性(実際の3家庭に設置した実験現場の平均値)
図3 傾斜土槽システムによる生活雑排水の除去特性
 (実際の3家庭に設置した実験現場の平均値)

 なお、実証試験期間を通して処理水は、透明度が高く、色・臭いもないことから、洗浄水等の中水として十分に利用可能であることも明らかとなりました。

 以上の実証試験で、傾斜土槽法は流入水の質や量の変動に対応可能であることがわかり、処理性能とエネルギー・コスト面で次の優位性が示されました。1)簡易な装置で浄化が可能で、設置のための費用は安価であること、2)浄化に要するエネルギーや浄化に伴って発生する余剰汚泥(廃棄物)が少ないこと、3)有機性汚濁(BOD・COD)と栄養塩類(T-N・T-P)の同時浄化が可能であること、4)排水分離によってし尿の混入がないため、処理水の再利用が容易であること。

 このように、この技術は、費用対効果の高い生活雑排水浄化技術であり、特に費用面で対策がとられにくい未処理の生活雑排水や小規模事業場排水への適用が期待できます。

4.流域水環境再生のための対策のあり方と展望

 水質汚濁がますます深刻化するアジア地域の開発途上国に対し、技術援助および研究協力を積極的に行い、日本の水環境再生対策の国際化を図ることが極めて重要です。流域管理方策として土地利用の制限、市街地や農業からの面源負荷削減、小規模発生源を含めた生活排水および工場・事業場排水の窒素・リン除去の実施、および水辺帯(エコトーン)の修復が、これからは我が国のみならずアジア地域においてますます重要になるといえます。また、バイオエコシステム技術は、水質浄化だけでなく、水環境の再生に繋がらなければなりません。そのためには流入水域の状況、生物の生息状況等を含め、地域住民の協力や参加を得て環境監視、環境把握等の体系を拡充し、流域水環境保全に対する理解を深め、産官学民一体となって本技法をはじめとして展開し、水環境の再生を図っていくことが必要不可欠となります。

 

(じょかいきん、循環型社会・廃棄物研究センター 
バイオエコ技術研究室長)

執筆者プロフィール

徐 開欽

 84年10月に中国政府派遣の留学生として東北大学研究生、87年同修士、90年同博士課程を修了。東北大学助手・助教授を経て、97年9月から国立環境研究所主任研究員、現在循環型社会・廃棄物研究センターバイオエコ技術研究室長。趣味は旅行・囲碁・卓球・水泳等。最近髪の毛に白いものが眼立つようになってきたのが気がかりです。